震災記念堂 (しんさいきねんどう)



 1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災、相模湾を震源とするM7.9の巨大地震により東京神奈川は甚大な被害を受け、死者行方不明者10万5千人余りを数える未曾有の大惨事となりました。この死者数は建物の倒壊に依るものよりも圧倒的に焼死者が多く、特に東京の下町に集中しています。これは台風シーズンに起きた大地震だった為に、当時日本海を進む台風に向かって風速20mの南風が吹き込んでおり、瞬く間に下町一帯が火の海に包まれたことがその原因。元々避難場所の少ない本所両国界隈の住民たちは少しでも開けた所へと逃げ場所を求め、折からの再開発の為に更地となっていた旧陸軍の被服廠跡に次々と集まって来ました。今の国技館の北東にあたる場所です。ここで悲劇が起こります。
 午後4時頃から台風の影響により竜巻の様な火災旋風が発生し、2時間にわたって地獄の業火の様な紅蓮の炎が吹き上げてあらゆるものを焼き尽くし、鎮火した後には3万8千体に及ぶ黒焦げの焼死体がうず高く積まれた地獄絵図の世界が広がりました。東京全体の死者数5万8千人の65%を当地で記録しています。
 罹災者の供養と追悼から慰霊堂を建立することになり、あわせて一帯を園地化したのが今に残る東京都横網公園で、その中核となる施設が震災記念堂です。

  

 

 園内中心部に正面を東に向けた震災記念堂は、1930年(昭和5年)8月に竣工された大型の近代和風建築で、設計を担当したのは伊東忠太。築地本願寺や京都の祇園閣などエキゾチックでコスモポリタンな和風建築を数多く手がけた異端の建築家らしく、ここでも神社仏閣やキリスト教の礼拝堂などの意匠が融合したユニークな世界が展開しています。
 まず東側に唐破風屋根の向拝を付けた銅瓦葺入母屋造りの講堂を置き、その背面の西側に三重塔による納骨堂を繋げた構成で、講堂自体も南北に向けて左右に翼を広げたような姿をしており、上から見ると十字架状の教会の礼拝堂の様な平面をもっています。また講堂が奥行きがあって東西に長く妻入りでもあるので、正面から見ると善光寺本堂にも似た外観です。何の施設かわからないと、怪しげな新興宗教の本部かと見紛ってしまいそう。
 震災の追悼と復興を願う施設ですから当然耐震耐火が大前提で、構造部には鉄骨鉄筋コンクリートが採用されているのですが、その一方で意匠には伝統的な純和風建築の様式を纏うという方針でプランが進められており、屋根や塔などの大概だけではなく、細部を見ても木鼻・舟肘木・垂木・組物など構造上必要のない木造建築様式の意匠が、装飾としてi違和感なく復元されています。

 

 

 外観で一番目を惹くのは背後に聳える三重塔。土台部は石積みの納骨堂となっており、その上に塔婆を乗せた構造で、塔の高さは41mあります。納骨堂ということから釈迦の遺骨を納めたストゥーパ(仏舎利塔)に因んだ建物なのですが、忠太はこのタイプのストゥーパを大量に全国に造っており、アジア的なエキゾチシズムが漂う物件ではあります。そういえば祇園閣にも似た様な雰囲気がありますね。

 

  

 そのアジア的なエキゾチシズムが漂うのは、外観だけではなく細部の装飾に色濃く出ており、特に動物をモチーフとする彫刻やレリーフを多用する点にあります。この慰霊堂でも講堂の屋根には大巨獣ガッパを思わせる鳥の像が乗り、正面向拝の懸魚や軒の付け根の木組にも鳥の図案によるレリーフが隠されています。

  

 200坪程ある講堂の内部は、奥に祭壇を祀った縦長の身廊とその両サイドに狭い側廊を配し、身廊と側廊には列柱を整然と並べて身廊の上部から光を内部へ落とす、キリスト教会礼拝堂のバシリカ形式と全く同じです。外観はオリエンタリズム濃厚なのに、内部は西洋建築様式で組まれている不思議な空間。
 その一方で白を基調とする壁面や身廊の淡い色彩による絵天井は神社建築を連想させ、また側廊の上部には禅宗様仏堂の意匠である海老虹梁が架けられるなど、各宗教の様々な建築様式の意匠が混在するコスモポリタンな世界ですが、慰霊堂という主旨による厳粛で荘重な空間を造り出すことには効果を上げています。

 

  

 ここでも忠太独特のユニークな彫像が見られ、ブラケットと呼ばれる照明器具は怪獣が電球を咥え込んでいます。天井から吊り下げられたシャンデリアは、八葉の蓮華の形から。

  

 園地内には震災時の被害状況と遺留品を展示する復興記念館もあり、こちらは伊東忠太が顧問にあたった建物で、記念堂完成翌年の1931年(昭和6年)に竣工しています。正面付け柱の上部に怪獣の彫刻が睨みを利かせているあたりが忠太らしい箇所でしょうか。
 ちなみに1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲による犠牲者も合祀されており、戦後は東京都慰霊堂として3月10日と9月1日に慰霊大法要が行われ、この記念館でも大空襲に関する展示も行われています。

 

 



 「東京都慰霊堂 復興記念館」
  〒130-0015 東京都墨田区横網2-3-25
  電話番号 03-3622-1208
  開館時間 AM9:00〜PM5:00
  休館日 月曜日 祝日の翌日 年末年始