下諏訪 (しもすわ)



 諏訪地方では、諏訪大社の本宮がある上諏訪と、下社のある下諏訪とでは、かなり色合いを異にした町の空間が形成されています。上諏訪は湖畔を中心に大型ホテルが林立する団体客向けの観光温泉街で、間欠泉にエミール・ガレやルネ・ラリックのガラス工芸のギャラリー、はてはヨット・ハーバーまである明るく開放的なリゾート空間を持っています。一方下諏訪はと言えば、格子造りの町屋風の建物が立ち並ぶ静かな宿場町。遊ぶと言うよりは住まうといった落ち着いた空間を持っています。

 

 下諏訪宿は、江戸時代の五街道である中仙道と甲州街道の合流地点であり、甲州街道の終点でもありました。また中仙道はこの宿場を挟むようにして和田峠と塩尻峠と難所が待ち構えている為、旅人が一服入れるの格好の場所ですし、道中唯一の温泉場でもあった為、往時は相当の賑わいを見せた模様です。
 その中仙道と甲州街道の合流する諏訪大社秋宮脇は、今でも数件の旅籠屋の風情を残す旅館が営業を続けています。その旅館に囲まれるようにして本陣「岩波家」があります。この岩波家の主屋は京大工の手による京風の数奇屋建築で、広い奥座敷から見た庭園の見事さと共に格式の高さを感じさせてくれます。ただ、玄関を入ってすぐ左手にいるお婆ちゃんにいきなり「そこにお座りなさい」と指図され、約10分間のレクチャーを拝聴するのには少し閉口します。

 

 

 この本陣の斜め向かいの古い旅館街には、町屋風建築の下諏訪町立歴史民俗資料館があります。明治期に建てられたものだそうですが、中々江戸情緒の残された建物で、表は「縦繋格子」「出格子造り」の大戸入り口、中は「見世」と呼ばれる広い板の間に囲炉裏が切られ、その脇に箱階段で二階に上がる構造を持ち、大戸入り口から「通り庭」という裏庭に抜ける構成と、江戸期の商屋建築の特徴を備えています。

 

 この裏庭に続く通り庭には、たたきの上にこの地方産出の鉄平石を飛び石上に配置してあります。この鉄平石は自然に薄く剥がれるそうで,丈夫で堅牢なことから、この地では屋根材として使用されていました。
 京都の町屋の様に鰻の寝床のように間口が狭く奥に深い配置になっているのですが、これは間口の広さによって課税が決められた為だそうです。
 ここの2階の座敷は風通しもよく、庇が深いこともあって夏でも涼しく、緑も多いので目に優しく、尚且あまり人が訪れていないせいか大変静かで、転寝をうつには絶好の場所でしょう。

 諏訪大社は上諏訪に本宮と茅野に前宮、そして下諏訪には春宮と秋宮と計4ヶ所あります。春宮は町を見下ろす北の小高い丘に、秋宮は宿場街に程近い町の東に鎮座されています。秋宮は本殿が無く、拝殿の背後の森が御神体になっています。拝殿は安永6年〜9年(1777年〜1780年)に建立され、江戸から来た立川流の立川和四郎富棟の手によるもの。正面上部の凝りに凝った装飾が、当時の職人の技巧の高さがわかり素晴らしいです。ところが拝殿の手前に巨大な神楽殿がある為、皆そちらを本殿と勘違いして御参りを済ませてしまう観光客が多い模様ですね。拝殿・神楽殿ともに国の重要文化財に指定されています。

 

 拝殿の前には左右に御柱が突き立てられています。あの死人が出ることもある一番危険なお祭り「御柱祭」は、干支が寅と申の年に6年毎に行われます。上社は八ヶ岳の御小屋山、下社は霧が峰の八島高原からそれぞれ大木を切り出して、社の守り神としてきました。が、最近は開発や酸性雨などの自然破壊が進んだせいか選定に値する大木が見つからないようで、特に上社は八ヶ岳を諦めて下社と同じ霧が峰に求めたり、蓼科の女神湖付近の国営林まで足を伸ばして求めているそうです。
 下社の背後には鬱蒼とした森が広がっており、その森に連なる更に奥地の原生林より切り出された太古の眠りから覚めた原始の大木が、自然界に潜むエネルギッシュな生命力を放出して、杜を浄化し荘厳な領域に変えるべく、大地に屹立し、天上の蒼穹を貫いています。諏訪大社は諏訪湖の竜神も司っているので、この御柱は天に駆け上がる巨大な竜にも見て取れます。
  秋宮と春宮にはそれぞれ4本づつ計8本が立てられています。秋宮拝殿右手にある一之御柱が一番太い物。

 町外れにある春宮は、観光客で賑わいをみせる秋宮と違って、地元の人々がぽつねんと木陰で憩う、静かな落ち着きを見せる鎮守の森です。やはりここも本殿が無く、背後の原生林がその御神体。拝殿は秋宮が江戸から来た職人に良い仕事された為、地元の大隈流の伊東儀左衛門と柴宮長左衛門がその面目をかけるべく、腕によりをかけて拵えた物。秋宮同様正面上部の装飾が見事です。

 

 

 春宮と秋宮との間を結ぶのは甲州街道と中仙道。秋宮の門前を西に甲州街道を進み、本陣を過ぎてほどなく中仙道とぶつかります。ここで甲州街道は終点。先を進む中仙道はいったん下り坂になり、鄙びた雰囲気の温泉街を抜けます。さらに町並みも町屋風の建造物が増えていきます。このあたりは下の原東町と呼ばれる集落で、中々風情のある景観を持っています。さらに進むと緩い上り坂になり、益々情緒たっぷりの建物群が続き、道端に一里塚があったり、「竜の口」と呼ばれる江戸期に出来た水場があったりと、旅情感も増す頃に町外れの静かな春宮に到着します。

 

 

 町のあちこちには、銭湯スタイルの温泉が点在しています。その中で最も古くからあるのが、下の原東町の中仙道に面して立つ「旦過湯」。なんと鎌倉時代からの開湯で、最初は慈雲寺を訪れる大勢の修行僧の為に作られたそうですが、切り傷に良く効くことから、武士たちが戦で痛めた傷を癒しによく訪れたとか。源泉がそばにありしかも湯量が豊富なので、そのまま源泉を引いてある為に非常に熱い!30秒が限度でしょう。なんでも他の温泉は皆ここから引いてある模様です。無色透明で硫黄臭さなどはありませんが、秒速で熱さが怒髪天で突き抜ける、爽快な温泉です。菅野温泉・矢木温泉・児湯など10件の温泉が町内にあります。

 

 

 さすがに歴史の古い町らしく、あちこちに趣のある物件が多数あります。かつてはお姉さま方が手招きしていたであろう建造物や、路地にひっそりと立つ祠など。全般に人通りも閑散として、リズムもゆる〜いひそやかな町といった感じです。

 



 「下諏訪宿本陣岩波家」
   〒393-0012 長野県諏訪郡下諏訪町横町木の下3492
   電話番号 0233-28-7055
   休館日 無休
   開門時間 4月〜10月 AM9:00〜PM6:00
          11月〜3月 AM9:00〜PM5:00

 「下諏訪町立歴史民俗資料館」
   〒393-0015 長野県諏訪郡下諏訪町立町3530-1
   電話番号 0266-27-8827
   休館日 毎週火曜日(但しこの日が祝日にあたるときは水曜日)
        祝休日の翌日 12月28日〜1月4日
   開館時間 AM9:00〜PM5:00

  「旦過湯」
   〒393-0016 長野県諏訪郡下諏訪町湯田町3411
   電話番号 なし
   営業時間 AM5:30〜PM9:30
   休業日 なし