千畳閣 (せんじょうかく) 重要文化財



 安芸の宮島の代名詞的な存在と言えば厳島神社ですが、この海に浮かぶ迷宮の神殿を中核として、陸の上にも色々と特徴のある興味深い物件が種々雑多と点在しています。まず社殿の浮かぶ入江を挟むようにして南西に多宝塔、北東に五重塔が高台に向かい合わせに対にして建ち、この2つの塔を結ぶ線の中心点を社殿の拝殿にあてて、有名な大鳥居と丁度三角形を描くように配置されています。つまり船で大鳥居を潜ろうとすると左右の高台にタイプの異なる2つの塔を均等の距離に見ながら社殿へ進むという趣向のようで、劇的な効果を狙ったものなのでしょう。ちなみにこの2つの塔は室町期の建造で、厳島神社が整備された平安期には無かったようです。その五重塔のすぐお隣に周囲を睥睨するような巨大建築が鎮座しています。千畳閣と呼ばれる厳島神社の大経堂で、この建物も桃山期の建造されたもの。つまり当初あった海の神殿の周囲に、後からドッカンドッカンと目立つ建物を配置していったようです。

 

 千畳閣は豊臣秀吉が戦没者慰霊の為に、毎月一度の千部経を転読供養する施設として安国寺恵瓊に造営を命じたのがそもそもの由来。1587年(天正15年)に建造が始まりましたが秀吉の急死によりに中断してしまい、そのままほったらかしていたもので、今は厳島神社の末社として秀吉を祀る豊国神社の本殿となっています。秀吉が係わった建造物は概して大型化する場合が多く、京都の方広寺大仏殿が有名ですがこの千畳閣も御多分に漏れず長大な建物で、大きさは桁行正面十三間と背面十五間に奥行八間もあります。外観は屋根は入母家造りの本瓦葺で、桃山期の壮麗な建物らしく軒丸瓦や唐草瓦に金箔が押されています。国の重要文化財指定。

 

 外観はいくら立派でも中身は中途半端に造ったものだから、天井板は無いわ壁も扉も階段も無く、床も板敷きのプリミティブな造り。千畳の名の通り全部で857畳分の広さがあり、その床には逞しい巨木による柱が116本も林立して並べられています。上を見上げると、剥き出しになった屋根裏には、自然木を巧みに組み合わせられた豪壮な梁組みが見られ、神社仏閣の建物というよりは、豪農民家の土間や寺院の庫裏に近い構成。京都妙法院の国宝の庫裏にも似ています。

 

  

 海を見下ろす高台にあり、おまけに壁や扉が無いので吹きっさらしの風がバンバン通り抜ける、展望台みたいな様相。厳島神社が丸見え状態です。夏になるとゴロンと横になり昼寝する御仁もちらほら。江戸期でもやはり納涼用に使われていたようで、明治中期頃までは物売に芝居・相撲の興行や博覧会にも使用されていたことから、宗教施設というよりは庶民の憩いの場として機能していたようです。その名残か大きな絵馬やしゃもじが柱上に掲げられていて、当時の歌舞伎役者一行の名前や川柳などが刻まれています。

 

 すぐお隣にある五重塔。室町前期の1407年(応永14年)に建造された丹塗りの優美な塔婆で、国の重要文化財に指定されています。

  



 「厳島神社末社豊国神社本殿」
   〒739-0500 広島県廿日市市1-1
   電話番号 0829-44-2020(厳島神社)
   拝観時間 AM10:00〜PM4:00
   拝観休止日 年中無休