誠之堂 (せいしどう) 重要文化財



 明治期の大実業家だった渋沢栄一の喜寿の祝いを記念して建てられた洋風建築が二つあり、一つは飛鳥山の本邸内に清水建設から贈られた「晩香蘆(ばんこうろ)」、もう一つは世田谷区瀬田の第一銀行の保養施設内に行員達からプレゼントされた「誠之堂(せいしどう)」で、共に大正期に建造された小規模な洋館です。このうち晩香蘆は竣工当時のままで大切に保存されていますが、誠之堂のほうは20世紀も押し詰まった頃に取り壊される話が持ち上がり、そこへ渋沢栄一の故郷である深谷市が救いの手を上げて移築されることとなって、生家に程近い市内大寄公民館敷地内へ移され公開されています。

 

 渋沢栄一が数えで喜寿を迎えたのは1916年(大正五年)のこと。この年長く務めた第一銀行の頭取を引退した際に、行員達より永年の功績への感謝と喜寿の祝いを兼ねて、当時瀬田にあった「清和園」と呼ばれる保養施設に記念館として建造されたものです。その後第一勧銀合併時の1971年(昭和46年)にセント・メリーズ・インターナショナル・スクールに売却され、外国人教師の校宅として使用されていましたが、1997年(平成九年)に学園の施設拡充により取り壊す方針となって、深谷市が譲渡を申し出て移築保存することと決まり、およそ2年間の月日を経て1999年(平成十一年)8月に移築が完了しています。移築の際には施工した清水建設が再び担当し、近代建築では本邦初の「大ばらし」の手法を採用して、竣工当時の姿を損なうことなく復元することに成功しています。

 

 この誠之堂が建てられた大正中期はまだ関東大震災前の大正ロマンチシズムの香りが漂っていた頃。モダンでハイカラな洋館が数多く建造された時期にあたり、煉瓦造りによる天然スレート葺の切妻屋根が優美な曲線の反りを見せ風見鶏が乗った外観は、まるで西洋の童話にでも登場しそうなファンタジックな姿を見せています。瀬田の近所の岡本にある静嘉堂文庫も同時期の煉瓦造りの洋館で似た趣があり、早稲田のスコットホールにも同様の傾向が見られます。なんでも「英国の田園趣味に基づいたもの」という要望があったそうで、そういえばウィリアム・モリスのレッドハウスにも少し似ていますね。
 外観での大きな特徴は煉瓦の積み方。濃淡三種の煉瓦を手間暇かけて交互に巧みに積むフランス積みが採用されていて、点画風の美しい絵画的な外壁が造られています。この外観を損なわない為に、移築時に「大ばらし」が採用されました。また北側の妻下の暖炉の出っ張り部に、朝鮮風の字体で喜寿の文字が積まれています。

 

  

 設計を担当したのは清水建設の技師長だった田辺淳吉。飛鳥山の渋沢栄一本邸にある晩香蘆と青淵文庫も手掛けており、早逝した建築家の代表作が全て渋沢栄一の喜寿・傘寿のお祝い向けという点も面白い点です。何れも実務的では無い小規模で記念物的な建物ばかりなので、精緻を凝らした美術工芸品のような作風を得意とする建築家には、打ってつけの題材だったのかもしれませんね。この誠之堂でも英国の田舎風という観点からベランダが設けれらており、細部を良く見ると名栗仕上げの杉材で軒を支え、両側に鍵型の腰掛を付け、背もたれには東洋趣味風の手摺子を組み込むという手の込んだ造り。まさしく「アーツアンドクラフト」のデザイナー的なセンスが見られます。

  

 建築面積は133.3uでL字型の平面を持ち、大広間・次の間のある大きな棟と玄関・給仕室・便所のある小さな棟が繋がった構成で、その小さな棟にある玄関内部も煉瓦が積まれていますが天井部は吹き抜けてハーフティンバーとなり、ここでも英国風カントリーハウスの趣を見せています。

  

 この建物のメインとなる大広間は、暖炉と窓枠以外の壁面や天井は白漆喰で覆われ、その天井は大きなアールを描くヴォールト天井となり、リブには鶴や雲の朝鮮風のデザインによる石膏レリーフが施されています。西洋的な外観を持ちながら随所に東洋風の意匠による装飾が散りばめられている点も大きな特徴の一つ。

 

 

 正面中央の暖炉には渋沢栄一の銅像レリーフが張られており、その上部には「大正五年丙辰青淵先生躋喜寿第一銀行諸員胥議新築一同於清和園祝之請先生命名曰誠之又刻此像表敬愛之至情云」と誠之堂建設の経緯が穿たれてあります。当初は横向き胸像レリーフだったようですが、何故か3年後に今の物に交換された模様。この誠之堂の命名の由来は、儒教の「中庸」の一節「誠者天之道也、誠之者人之道也」によるもので、栄一自身が選んでいます。面白いのがこの暖炉と窓枠の煉瓦タイルはドイツ積みで行われている点。外観と風貌が全く異なっているので、見比べてみるのも面白いです。

  

 

 隣の次の間は婦人小憩用の小部屋で、ここでは天井が網代で組まれた数寄屋風の意匠が見られます。また玄関や大広間に見られるステンドグラスの図案も中国風で、西洋館に日本・朝鮮・中国の意匠が混在するとてもユニークな建築物です。国重要文化財指定。

 

  



 「誠之堂」
  〒366-0837 埼玉県深谷市起会110-1
  電話番号 048-571-0341(大寄公民館)
  開館時間 AM9:00〜PM5:00
  休館日 12月29日〜1月3日