三富新田 (さんとめしんでん)



 埼玉県南部に所沢市とふじみ野市に挟まれた三芳町(みよしまち)という小さな町があります。行政区分で言うと埼玉県で一番南にある町だそうで、東京から一番近い町でもあるこの三芳町、一番の特徴は交通の便がすこぶる悪い所。まず鉄道が町内を走っておらず、関越自動車道が中心部を貫通していますがパーキングエリアがあるだけで、肝心のインターチェンジが無い為にただ通過するだけです。近隣の西武新宿線や東武東上線の最寄り駅からバスもありますがあまり本数も多くなく、特に上富地区は2時間に1本程度の不便さ。池袋から20km程度の距離にあるとは思えないほどのカントリーな土地柄なのですが、それだけ開発の波にあわずに済んでいるとも言えるわけで、今では貴重な武蔵野の美しい田園風景が残る場所でもあったりします。
 特に上富地区は土地の大半が農作地で、上空から見ると畑と雑木林が整然と並ぶまるでタペストリーのような風景が見られる場所です。

 

 この上富地区を含めて隣接する所沢市に中富・下富地区があり、全部ひっくるめて三富(さんとめ)新田とも呼ばれています。なんでも江戸初期の元禄年間に、当時はまだ川越藩主だった柳沢吉保が開墾事業に着手しており、だだっ広くて平坦なだけの痩せた土壌のこの土地に新田開発のプランをぶちあげ、水はけの悪い関東ローム層に大量の堆肥をブチ込んで肥沃な土質に変え、深井戸をバンバン掘って水源を確保し、関東名物の強い季節風を遮る為に防砂林としての屋敷林や茶畑を造って、茅が生い茂った広大な原野を豊かな農村に変貌させたいうわけです。このあたりの詳しい経緯が、上富地区にある茅葺農家の旧島田家住宅内で紹介されています。
 この島田家住宅は、江戸後期の化政年間(1804年〜1829年)に建造された寄棟造四間取りの民家で、広い土間の囲炉裏に火がくべられ、側ではボランティアの方が常駐して解説されています。ちなみにこの建物は町指定文化財。

 

 この島田家住宅の前を県道さいたま上福岡所沢線が走っており、道路沿いに欅の大木がトンネルのように並ぶ美しい欅並木が続きます。またその傍らには井戸や鎮守様も祀られていて、新田開発当時の名残を見せる物件も点在しています。

 

  

 三富新田の景観で一番の特徴は、各自の農耕地が短冊状に異様に細長いこと。まず新田開発当初の地割の決め方として、正面に当たる道に面して間口40間(約72m)奥行375間(約675m)と割り振り、道に面する敷地を屋敷林とし、その背後に横長の耕地が続いて、一番奥に雑木林を配置するという構成で、これが横並びになることによって各農家の屋敷林・耕地・雑木林が数珠繋ぎのようになり、鰻の寝床のような各農耕地がクラブハウスサンドのように幾層にも重なることから、上空から見るとタペストリーを敷き詰めたような風景に見えるわけですね。表側の屋敷林には生垣が並び、欅並木との美しいコラボが展開します。
 ところでこの上富地区の銘産はサツマイモ。川越といえば芋が有名ですが、その主力生産地は実は当地で、欅並木沿いの農家では秋になると芋の直売を行います。シーズンになると幟が仰山出ています。

 

 

 武蔵野といえば近頃はうどんも有名で、この界隈にも「永井」という個人経営のうどん屋も有ります。一軒家の一階部分を改造した吉野屋風のコの字型カウンターと座敷に上がって食する店で、定番の肉汁に鴨汁・きのこ汁とつけ汁が色々と選べ、周辺が畑なのでごぼう・にんじん・玉ねぎ・南瓜等の豊富で新鮮な地の野菜の天ぷらをトッピング(安い!)して頂く、地産地消の美味しいうどん屋さん。

 

 近世に入って新たに造成された農村ですから、お上としては管理統制する為の装置として寺院を造る必要があったようで、江戸初期に開基された寺院が点在しています。欅並木の外れたポイントに「多福寺」という臨済宗の禅寺があり、開拓農家の菩提寺として開かれた寺で、鬱蒼とした武蔵野の雑木林に囲まれて伽藍が整然と並び、峻厳たる雰囲気を醸し出しています。
 武蔵野にはこういった広大な雑木林を境内に持つ臨済宗の寺院がわりと見られ、例えば新座の平林寺や八王子の広園寺などがその代表的な例。鎌倉街道も走っているので鎌倉五山の影響もあるのかも知れませんね。楓も多く紅葉の穴場です。

 

 

 この多福寺のさらに西に、今度は「多聞院」という真言宗のお寺があります。こちらは開拓民の祈願所として創建された寺で、密教寺院らしく虎や鬼などの様々な石造物が点在しており、毘沙門堂には災いを身代わる寅として夥しい数の「身がわり寅」が奉納されています。このあたりも現世利益の真言密教らしいエピソードでしょうか。こちらも紅葉の名所。

 

  

 ところでこの三富新田でひとつ忘れてならない事象として、産業廃棄物の一大焼却場となったこと。バブル期以降における都心部を中心とする再開発ラッシュにより、解体された建築廃材が”くぬぎ山”地区に大量に持ち込まれ焼却されて、テレビ朝日の「ニュースステーション」で”葉物からダイオキシン”と報道されて大きな反響を呼んだ地域です。葉物とは近くの狭山茶の煎茶から検出されたものでしたが、80箇所に及ぶ焼却場が雑木林の中に密集し、森の上空に灰色の煙が充満する異様な光景を見せていた場所でした。都会に近い里山がヤクザな連中に狙われて傷つけられたわけですが、今はその焼却場も無くなって再生事業が進められています。
 但し焼却場は無くなりましたが処分場は今でも健在で、雑木林の中の細い未舗装の小道を、産廃満載の巨大ダンプが通り抜けていく姿は、とても不可思議な眺めです。

 

 



 「旧島田家住宅」
  〒354-0045 埼玉県入間郡三芳町上富1279-3
  電話番号 049-258-0220
  開館時間 AM9:00〜PM4:00
  休館日 月曜日 国民の祝日 12月28日〜1月5日

 「手打ちうどん 永井」
  〒354-0044 埼玉県入間郡三芳町北永井264-2
  電話番号 049-258-2984
  開店時間 AM11:00〜PM3:00 金土日のみPM5:00〜7:30も営業
  定休日 月曜日