坂越 (さこし)



 JR山陽本線の相生駅を過ぎると、鉄路は岡山へ向かって2つのルートに分かれて西に進みます。メインルートの山陽本線は、瀬戸内海とは遠く離れて山側のルートを辿りますが、サブルートの赤穂線は海沿いの静かな漁村を巡って、やがて東岡山駅で両者は再会し岡山駅へと至ります。このうち海側の赤穂線は、瀬戸内らしい明るい海浜地区をのんびりと進むローカル線で、その沿線には天然の良港だった日生や牛窓、備前焼の伊部、それに刀鍛治の備前福岡と、中世から続く伝統的な街並がいくつも点在する地域。京・大坂に比較的近く、瀬戸内航路が流通の大動脈だったことから往来が盛んで、温暖で安定した気候が人々が集まる大きな理由なのでしょう。相生駅から2つ目の坂越もやはり中世にまでその歴史が遡る古い港町で、坂越浦という入江の奥にひっそりと残る風光明媚な場所。景観問題でも話題になった鞆の浦同様に瀬戸内航路の潮待ち港として栄えた町です。ところで最寄り駅の坂越駅は、この坂越港とは山一つ隔てた二級河川の千種川沿いにあり、ここから坂越港まではその山の切通しを越えて行かなければなりません。実はこの切通しが坂越の景観の最大の特徴でもあり、他に類を見ない珍しい街並が広がります。

 

 駅周辺は閑散とした住宅街で、ここから坂越港まで向かうバスも発着していますが、切通しをショートカットしてしまうので少し遠いですが歩いていきたいもの。駅から5分程歩くと千種川にぶつかり、橋を渡って案内板に導かれて住宅街を抜けると、切通しの川側に辿り着きます。この千種川はかつて高瀬舟の運航が行われており、その船着場と港との間の狭い切通しを積荷の往来が盛んに行われて、海運と川運とのジャンクションとして繁栄した場所でした。その為この街並は切通しに沿って幾つもの町家が数珠繋ぎに並びながら港へ向かって降りて行く景色と、港一帯に広がる迷路のような路地に甍屋根の漁師家が密集する景色と、タイプの異なる2つの景観が合体した非常に珍しい構成。切通しの頂上には消防車庫があり、これも周囲の景観に合わせた町家風の佇まいです。

 

 この消防車庫を過ぎると道はなだらかに海へと向かって降りてゆきます。この道は坂越大道と呼ばれたメインストリートで、古い街道に多く見られるように適度に蛇行しており、その両側に格子造りの町家が整然と並んで建てられています。概ね江戸後期から明治初期にかけての町家が中心で、虫籠窓の開いた厨子二階建ての古い形式のものから、総二階建てで二階にも格子を嵌めた明治期らしい造りのものまで、その美しい町家が建ち並ぶさまはタイムスリップしたような感覚に襲われてしまいます。

 

 

 その一画には漆喰による大壁造りの重厚な建物も御目見えします。これは大正期に建造された奥藤銀行の坂越支店だった建物で、現在は「坂越まち並み館」として観光案内の公共施設として公開中。また300年続く造り酒屋の奥藤家も同じく漆喰の店舗で営業中。ちなみにこの奥藤家は、本邸は非公開ですが隣の酒蔵で「奥藤酒造郷土館」として公開中。プラプラ冷やかして先を進むと程なく浜に出ます。

 

 

 突き当たりは三叉路で正面は海となり、その浜沿いに今度は漁師町が広がります。この三叉路あたりが町の中心地で、その角に「坂越浦会所」があります。江戸後期の天保年間である1831年に建造された二階建ての木造建築ですが、会所は江戸期における行政・商業の事務所となることが多いものの、風光明媚な土地柄かここは赤穂藩の茶屋としても使われた施設だそうで、二階には「観海楼」と呼ばれる眺望の良い藩主用の座敷もあります。たしかに遠く小豆島も望める展望の素晴らしい部屋で、特に夏場は浜風が通り抜ける涼しげな座敷は、思わず転寝を打ってしまいそうな心地よさ。無料で公開されていますし、麦茶の接待もあります。

 

  

 会所の眼前は坂越浦の波穏やかな静かな入江。磯遊びや釣に興じる人々が、ひだらのんびりと過ごしています。浜の対面には生島という無人島がポッカリと浮かんでいて、いかにも瀬戸内らしい風景。この生島は神域として立入禁止の為に手付かずの原生林がよく残っており、モチノキ・カゴノキ・モノコク・カクレミノ・ヒメユヅリハ・イブキ・イヌマキといった常緑樹の森が、国の天然記念物に指定されています。

 

 入江の一番奥に引っ込んだあたりに、鳥居と集落の奥へ続く石畳の道があり、突き当りの石段をトントンと登ると坂越一帯の鎮守様の大避神社があります。漁師町らしく船の絵馬や船の模型が奉納されていますが、ここの船祭りは瀬戸内の三大船祭りとして有名だとか。ちなみに生島はこの神社の霊域。

  

 この大避神社の横には展望広場もあり、足元に坂越一帯が一望の下に見渡せます。甍を乗せた重量感ある漁師家の街並と生島が浮かぶ青い海原とのコントラスト、さらに遥か遠くに見える小豆島の風景は、確かに御殿様が度々遊興に訪れるのも頷けるほどの美しさです。

 



 「旧坂越浦会所」
   
〒678-0172 兵庫県赤穂市坂越1334
   電話番号 0791-48-7755
   開館時間 AM10:00〜PM4:00
   休館日 火曜日(ただし祝日と重なった場合はその翌日) 12/28〜1/4