西明寺 (さいみょうじ) 国宝



 琵琶湖の周辺は、総本山比叡山延暦寺の影響の下、天台宗の寺院が多く点在する地域。大津の園城寺(三井寺)や坂本の西教寺、草津の芦浦観音寺など、湖南地方の近江八景と称される明朗で風光明媚な土地に、大規模な寺域を構える場合が多く見られます。ただ天台宗は密教ですので、いわゆる山岳宗教の面も持ち合わせており、湖から遠く離れた山中に、修験道場としての寺院を構えるものも多く見られます。代表的な例として、三重県境の鈴鹿山地の中腹に点在する湖東三山の寺院群があり、関西では紅葉の名所としても知られている地域です。一番北に位置するのが西明寺で、別名「池寺」とも呼ばれる名刹。国道307号線沿いの山門を潜り、原生林に覆われた石段状の長い参道を進むと、山坊跡の石垣が現れてきます。かつての修行場だった名残で、例によって信長の焼き討ちにより荒廃してしまったもの。

 

 西明寺は834年(承和元年)に仁明天皇の勅願により三修上人が創建した寺で、中世には修業道場として繁栄しましたが、戦国期の信長の焼き討ちにより衰退、その後江戸初期に天海僧正により復興された歴史を持ちます。寺域は相当に広く、参道の途中を名神高速道路が走っているほど。長い参道をやっとこ登りつめると迎えてくれるのは二天門で、門の両脇間に二天像を安置することが命名の由来。屋根が柿葺の三間一戸の八脚門で、室町初期に建立された和様による端正な門です。国の重要文化財指定。

 

 二天門の奥に正面に位置するのが国宝の本堂で、信長の焼き討ちにも残った数少ない遺構の1つ。大きさは桁行7間奥行7間で、屋根が入母屋造りの檜皮葺。正面に3間の向拝が付きます。鎌倉期に建立された仏堂なのですが、少なくとも3回の改造を経ており、室町期の様式も混入した意匠となっています。飛騨の工匠が手がけた逸話を持ち、釘を一本も使用していないことから「瑠璃殿」とも呼ばれる優美な仏堂で、国宝建造物の第1号に指定されました。
 同じ湖東三山の金剛輪寺本堂が太古的で男性的な仏堂ならば、この西明寺本堂は繊細で優雅な女性的な仏堂とも言え、大陸から大仏様や禅宗様が輸入された鎌倉期でありながら純和様で組み上げられた、最も美しい仏堂の一つ。外観は正面7間は蔀戸が嵌められ、側面前方3間は板扉とする開放的な造りで、中備の蟇股や木割りの細い部材等に、中世貴族の住宅を彷彿せるものがあります。

 

 

 この仏堂の大きな特徴の一つに、内部における内陣と外陣の構成差があり、外陣は折上小組格天井に対し、内陣は虹梁叉首組の切妻化粧屋根裏と、天井部に大きな違いが認められ、外陣は外観同様に繊細で優美な意匠ですが、内陣は簡素で古風な意匠でまとめられています。密教寺院ということから、内陣と外陣との性格的な役割を意匠によって際立たせているのでしょう。またこの仏堂は当初は方5間の小規模なものに、鎌倉後期に正面と側面に1間ずつ拡張し、さらにその後背面に1間増築されて現在の形になっており、増築時期によってその意匠も大きく異なっています。特に外観では、蟇股が側面に内部と同様の鎌倉初期のシンプルなものを、向拝には室町期の手の込んだ彫刻を入れたものが使われ、側面後部に禅宗様の花頭窓が開けられている点が特徴。それぞれ増築や改造があった証拠です。

 

 

 本堂の南に国宝の三重塔が建っています。本堂同様に信長の焼き打ちに罹災しなかったもので、仏堂と塔が両方国宝に指定されている数少ない例。建立は本堂より少し遅れて鎌倉中期と見られており、高さ23.7mで屋根は檜皮葺の和様建築です。外観では初重から二重への逓減が大きく、初重が高く軒出が深いことから安定感の強い、美しいプローポーションを持つ点に特徴。この塔の最大のポイントは内部の障壁画にあり、極楽鳥・宝相華・鳳凰・蓮華・牡丹、それに仏画が極彩色に柱・長押・天井いたるところにびっしりと描かれ、目も眩むような豪華絢爛たる涅槃の世界を表出させています。今は長い年月により剥落が激しいのですが、一部復元されている箇所を見ると、往時の華麗さが偲ばれます。この障壁画自体も国の重要文化財に指定されており、別料金で少々高いのですが拝観されることを薦めます。

 

 

 二天門の手前の参道横に本坊があり、そこに蓬莱庭と呼ばれる庭園があります。心字池に鶴島・亀島と良くあるパターンですが、石組がそれぞれ薬師如来・日光菩薩・月光菩薩・十二神将を表しているそうで、薬師如来が住む瑠璃光浄土を再現させたもの。本堂内の仏像群も、薬師如来を中心に日光菩薩・月光菩薩・十二神将と並ぶので呼応しているのでしょう。仏像も国重文クラスの見ごたえのある優品が多く、この庭園も国の名勝に指定されている文化財の宝庫です。

 



 「西明寺」
   〒522-0254 滋賀県犬上郡甲良町池寺26
   電話番号 0749-38-4008
   FAX番号 0749-38-4388
   拝観時間 AM8:00〜PM5:00
   拝観休止日 年中無休 三重塔内は春季4月8日から5月8日、秋季10月8日から11月30日まで 雨天中止