六窓庵 (ろくそうあん)



 上野の山の東京国立博物館(通称”東博”)は、元々は寛永寺の本坊跡に設立された博物館。東叡(東の比叡山の意)とも称された徳川家の菩提寺として絶大な権勢を誇った巨大寺院も、彰義隊との衝突で一夜にして粉塵に帰し、あとは明治期になって動物園が出来たり団子屋が出来たりと園地化されたのが今の上野恩賜公園の姿です。で、この東博は寛永寺の本坊跡だったということは、京都あたりのお寺にありがちな庭園も当然あったわけで、本館の裏っ側に今でも遺されています。普段は非公開ですが、春の桜の開花時期と、秋の紅葉時期に合わせて公開されており、東洋館奥の「ラコール」というレストラン(実態は上野精養軒)の横手に入り口があります。

 もっとも江戸期の寛永寺時代の風情を留める物は殆ど無いそうで、入り口横手の築山と中央の池の一部に往時の面影を残しているようです。ということで、この庭園の見所は寛永寺の庭というキーワードよりも他にありポイントは2つ。1つはその樹木の多様性で、例えば桜の木が各所に点在して植わっているのですが、ソメイヨシノはわりと少なく、エドヒガンサクラ・ショウフクジサクラ・オオシマザクラ・ミカドヨシノ・ギョイコウザクラ・サトザクラ・セキヤマザクラ・ケンロクキザクラと、9種類もの桜があり、春の公開時期に行けばソメイヨシノが終わっていたとしても、まあなんかは咲いてはいます。これは博物館創設当時に「天産部」という動植物を取り扱う部門があった為で、植物のコレクションみたいなもの。ちなみに動物分野が今の上野動物園の前身だったそうです。隠れた花見の穴場。

 

 ポイントのもう1つは茶室が多いことで、大小合わせて全部で5つほど。中世の室町期以降は茶が密接に文化に係わる事が多く、この東博も松永耳庵や三井高大といった茶人達の優れたコレクションを保有しており、建造物による芸術品とも言える茶室もそのコレクションの一分野として捉えられているため、名だたる茶室を移築したのがその由縁。今でもお茶会用によく貸し出しされていますね。
 その数ある茶室の中で最も良く知られているのが、池向こうの木立の中に隠れるようにひっそりと佇む「六窓庵」。明治初期の博物館創設当時から残る茶室です。

 

 茅葺屋根による入母屋造りのこの草庵風の茶室は、江戸初期の代表的な茶人の一人である金森宗和好みと伝えられています。屋根の妻側に柿葺の庇を付けて連子窓と躙口を開け、右手に刀掛を設けて足元に大きな刀掛石を置いた、武家の茶人らしい奇をてらわない端正で穏やかな外観です。
 この茶室は色々と面白い逸話を持っており、まず博物館創設期に茶室の移築が計画され、当時の館長だった町田久成氏が利休の造った山崎の待庵を購入しようと現地に赴くと、茶室は近所の農家の納屋として使われていて荒れ放題。これではアカンと奈良に向かい、当時興福寺が廃仏毀釈で衰退しその塔頭だった慈眼院も無住寺となり、奈良の三名席と呼ばれたこの六窓庵も風前の灯だったのをなんとか購入し一安心したと思ったら、今度は部材を積んでいた船が伊豆で暴風雨により転覆。海に流失したものの運良く入江に流れ着き部材を回収し、1877年(明治10年)に当地に移築されたという物語。そんなこんなで広く知られたお茶室です。ちなみに購入を断念した待庵は移築を免れてその後修復されて、今は国宝となっているのも少し因縁めいています。もし購入されて移築されて難破していたとしたら今は国宝となっているのでしょうか?

 

 内部は三畳台目の間取りで、客座三畳の中央に台目の点前座が配置された平面となります。客座三畳の奥に台目床を置き、床柱は棕櫚の皮付丸太で框は黒漆塗り、落掛は杉材を採用。天井は床前二畳が野根板の竿縁で、点前座は網代の落天井となり、躙口寄り一畳が掛込天井となります。
 席名の由来となったように窓が6ヶ所あり、躙口上に連子窓、点前座に風炉先窓と下地窓と連子窓、それに客座側に連子窓と下地窓が開けられています。この点前座の窓が奇妙な構成となっており、宗和は古田織部の流れを汲み小堀遠州とも交流のあった茶人で、双方の影響を受けているのですが、普通この箇所の窓は織部好みの色紙窓を採用する場合が多いのに、ここでは上下に大きく離れた下地窓と連子窓や、縦長の風炉先窓と魔可不思議な組み合わせ。また織部得意の墨蹟窓も無く、中柱もくせがあり曲がりの強い太木が使われており、ノーブルで端正な美しさで知られる宗和好みとは対極的な意匠です。おそらく運搬中の部材流失の際に全てが回収出来たわけではなく、全体のレイアウトは踏襲されているのに各部材は新規に付け替えられており、また当時は関東に茶室建築の優れた大工がいなかったのか、このような奇妙な取り合わせで組み上げらてしまったのが実情なのでしょう。同じ宗和好みとして知られる京都紫野の大徳寺真珠庵庭玉軒と比べてみても、その差は明らか。

  

 露地も造られており、茶室の前の手水鉢には「四方仏水盤」と呼ばれる形式のものが置かれており、四面に石仏が掘り込まれた寺院の石塔を改造したもの。茶室とは無関係だそうです。寄付は織部好みの藪内宗家燕庵の形式を踏襲したもので、茶室移築後に新規建造されたもの。

 

 



 東京国立博物館
   〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
   電話番号 ハローダイヤル 03-5777-8600
   開館時間 AM9:30〜PM5:00
   休館日 月曜日 12月28日〜1月1日