武藤山治邸 (むとうさんじてい) 登録有形文化財



 戦前は関西富裕層のリゾート地だった神戸の舞子は、白砂青松の風光明媚な景観がセレブな方々に殊の外珍重され、瀟洒な御屋敷がこぞって構えられた場所でした。リゾートという非日常的な空間ですから洋館が数多く建てられたようで、砂浜の海岸に洋館が点在する絵画的な美しい光景が広がっていました。が、バブル期の地上げや明石海峡大橋の建設により次々と失われてしまい、今に残る物件は数件ほど。舞子ホテル(旧日下部邸)や舞子公園内の移情閣は、往時のリッチでエレガントな雰囲気を偲ばせてくれる数少ない物件ということになります。そしてこの移情閣のお隣に、もう一つの貴重な物件である武藤山治邸が近年移築され、改修工事を終えて公開されています。

 

 施主の武藤山治は鐘紡の社長を務めた御仁で、舞子に別邸を構えたのは1907年(明治40年)6月のこと。現在の舞子公園内より東へ150m程の位置に建てられたもので(今のアジュール舞子近辺)、竣工当時は洋館・和館・付属棟(厨房等)の他に撞球棟も建ち並ぶ豪華な別邸が構えられましたが、施主没後に鐘紡に寄贈されて「鐘紡舞子倶楽部」として福利厚生施設として利用されていたものの、1995年(平成7年)に明石海峡大橋建設に伴う国道2号線拡張工事の為に洋館のみ垂水区狩口台へ移築されて他は取り壊され、そうこうするうちに今度は鐘紡が維持できなくなって2007年(平成19年)に兵庫県へ寄贈されることになり、2010年(平成22年)に県立の舞子公園内へ移築されて公開になったという流転の建物です。国登録有形文化財指定。

 

 で唯一残された洋館ですが、木造二階建てに屋根が天然スレート葺で、壁面が下見板張りによるコロニアル風の外観をもちます。大きく前に張り出した円形のバルコニーが海辺の別荘という趣向を強く主張していますね。施主が若かりし頃に2年間ほどアメリカへ留学した経験もあるので、尚の事そういった傾向が強くなったのかもしれません。

 

  

 設計は国会議事堂も手掛けた大熊喜邦の初期の作品。まだ横河工務所に在籍していた頃の作品です。二回の移築により当初の部材はあまり残されてなく、特に構造材の大半は新規のもので、花崗岩の石積みだった基礎は鉄筋コンクリートに変えられているほどです。但し内装に関しては当初のものが残っていたようで、シャンデリア根元の天井飾りや、各部屋に設えられた大理石などのマントルピースは当時のものです。家具や調度品も同様。往時の上流階級の優雅な生活ぶりが伺えます。

 

 

  

 またステンドグラスも当初のものが残されており、階段ホールにある三連の大きなガラス窓に嵌め込まれています。外側と内側とでは図案の印象が変わります。

 

 一階は広間・応接間・食堂が並びますが、二階は施主夫婦の寝室二つと、施主の書斎が並びます。西側にある夫人室は西南の隅を切り取って三角形のベランダを設けており、この方向は淡路島の眺望がとても良く、夕暮れ時の海浜の光景を楽しんでいた模様です。現在でも可能。

 

  

 お隣の施主の寝室は東南に窓を多く開けた明るい部屋で、海風が吹き抜ける開放的な空間です。窓の扉を開けるとそのままバルコニーに出入り可能。北側に並ぶ書斎は一転して窓の少ない閉鎖的な空間で、静謐性を重んじた部屋です。

 

 



 「旧武藤山治邸」
  〒655-0047 兵庫県神戸市垂水区東舞子町2051
  電話番号 075-785-8610
  開館時間 AM10:00〜PM5:00
  休館日 月曜日