吉田家住宅 (よしだけじゅうたく)



 京の夏の風物詩である祇園祭、その祭りの中で最も華やかな賑わいを見せるのが山鉾巡行ですが、その舞台となるのは八坂神社周辺では無く、市内中心部の四条烏丸周辺のいわゆる山鉾町。特にメインストリートの烏丸通りから西側の室町通りと新町通りは山鉾を出す町会が集中しており、全32の山鉾のうち半数がこの地域から出ます。祇園祭は京の町衆のお祭りですから、江戸期から続く老舗の商人が多く住むのもこの界隈で、かつてはここが京で最も繁栄した場所でした。河原町や新京極界隈に人の出が変ってややひっそりとしたこのあたりですが、そのおかげか昔ながらの美しい京町家が最も多く残されており、今でも普段どおりの生活が営まれている貴重な場所です。山鉾巡行では北観音山にあたる新町通りの六角下ルにある吉田家住宅もそんな町家の一つで、京都生活工藝館「無名舎」として予約制で公開されています。ちなみに通りの対面は大手百貨店松坂屋の京都仕入部で、昔ながらの佇まいで今でも営業中。三井家も創業者三井高利が両替商をスタートさせたのもこの北観音山で、それだけ大店が並んでいた場所というわけです。

 

 吉田家は江戸後期の文化年間に京都府八木町から西陣へ奉公に出たのが始まりで、その後鉾町で白生地の商売で成功し、南観音山の百足屋町に移った後の1909年(明治42年)に当地へ引越して来ました。南観音山も鉾町もこの新町通り沿いなので、出世する度に山鉾町内の通りを北上したことになります。洛中は戦乱により大火に罹災することが多いことからあまり古い建物は残っておらず、特に1864年(元治元年)の蛤御門の変による元治の大火により一面焼け野原になってしまった為に、殆どが明治期以降の近代建築ばかりです。この吉田家も奥に焼け残った土蔵以外は引越した際に新築されており、その意味では1909年建造の近代和風建築なのですが、従来の京町家の構成をそのまま復元させているので、伝統的な表屋造りの町家です。通りに面する表屋は間口5間半(約10m)で、屋根が切妻造りの桟瓦葺による木造二階建て。弁柄塗りによる出格子・平格子で陰影を付けた外観に、バッタリ床机と呼ばれる揚見世を備えた風情は紛れも無く京町家ですが、商人で表屋の2階に座敷を設けるのは珍しいそうで、通常は厨子として虫籠窓が多いパターンになり、どちらかというと祗園界隈の茶屋の意匠に近くなる為、それだけ時代が新しいものということの証なのでしょう。

 

 

 この店舗部にあたる表屋の奥に住居部と蔵が連なる構成で、奥行き32mの典型的な鰻の寝床。店舗部の1階は14畳の広さによる板の間だけで、隣に6畳の玄関が連なります。この玄関は店舗部と住居部との繋ぎの間にもなっており、その奥には坪庭が広がっていて、店舗部と住居部との緩衝地帯として機能させています。この坪庭は京町家の最大の特色の一つで、採光・通風の面で重要であり、観賞用として接客に優れ、なによりも狭いスペースの中で生活を豊かにし潤いを与える工夫が生かされています。小さいながらも石灯籠や踞蹲が置かれた茶庭の露地風の趣ですが、棕櫚竹(シュロチク)を植えるのは坪庭独特の手法。風に反応しやすいので、蒸し暑い京の夏には涼しげに映ります。

 

 

 店舗部から玄関前を抜けて奥まで「トオリニワ」と呼ばれる土間が走ります。このうち住居部は「ハシリ」と呼ばれる台所となり、天井は高く吹き抜けて強靭な梁と小屋組で支えます。防火用として上部は土壁ですが、横方向の梁は殆ど無く柱を中心とした構造となっており、出火の際に縦方向に炎を逃がすことによって隣家への延焼を防ぐ意味があるとか。「火袋」と呼ばれる狭い住環境で暮らす京町家らしい仕組みです。本当に狭い土間で幅1.95mしかなく、この狭いスペースに井戸・流し・竈・戸棚等がコンパクトに要領よく設置されています。井戸水は以前は出ていたそうですが、阪急京都線の地下鉄道開通により水脈が絶たれ今は出ていません。

  

 住居部は1階が10畳の奥座敷と8畳の中の間、それに上台所と下台所が並びます。奥座敷は床の間や付書院・違い棚も設えた格調高い書院造の部屋で、普段は使われない接客用の部屋だとか。この奥に「前栽」と呼ばれる庭が広がり、坪庭よりもグレードの高い造りで、寺院の礎石や鞍馬石による靴脱石など置かれた石にも神経の行き届いた構成です。この「前栽」の奥には渡り廊下で土蔵群と離れがあり、当主はこちらが生活空間のようです。

 

 

 2階は10畳の広さの板の間と、8畳と6畳の和室が並びます。この板の間も書院造の部屋ですが、当主が日本画の画家ということなのでアトリエとして使い、また能が趣味ということで能舞台にもなっているようです。磨きこまれた床板は外光を淡く柔らかに室内へと反射させ、庭木の瑞々しい緑が反映します。

 



 「京都生活工藝館・無名舎」
   
〒604-8212 京都府京都市中京区六角町363
   電話番号 075-221-1317
   開館時間 要予約