明々庵 (めいめいあん) 島根県指定文化財



 松江は茶道のとても盛んな土地柄で、それは藩主だった松平治郷の賜物。不昧公の愛称で知られるこのお殿様は、江戸期の代表的な大名茶人としてとても名高く、京都大徳寺孤篷庵を再建させたり、東京の御殿山に巨大茶室テーマパークの大崎園を造営させたりと茶道界きってのスーパースターとして大活躍だったのですが、何よりも地元松江で茶道を奨励し庶民層にまで浸透させて、高い文化レベルを持つ地方都市に育てたのが一番の貢献度。今でも市内あちらこちらに由緒のある茶室が点在し、美味しい和菓子が味わえるのも街の魅力の一つで、このあたりは北陸の金沢と似ています。
 不昧公好みの茶室も幾つか残されており、特に有名なのが国重文に指定されている菅田庵。ここは一般の民家なので事前に予約が必要ですが、もう一つ武家屋敷街の広がる塩見縄手北方の住宅街に「明々庵」というお茶室が移築されており、こちらは公的な文化施設として公開中。この場所は松江城も見渡せる高台にあり、道路からは木立の中の石段を登って苑路を進むと、正面に梅見門が見えてきます。

 

 ”めいめいあん”と呼ばれるこの茶室は、江戸中期の1779年(安永8年)に市内殿町の家老有沢家の本邸に不昧公自ら指図して造らせたもので、菅田庵より10年程度古く不昧公28歳の時の作品。この茶室は移築が多く、明治期になって子孫の東京の松平邸に移築され、1928年(昭和3年)に菅田庵の隣接地に里帰りしましたが荒廃し、1966年(昭和41年)に現在地に移築され整備されて今に至っています。このあたり国宝茶室如庵と似た境遇。
 その整備された露地は二重露地で、表門の梅見門の奥は白砂に飛石と延段の配された外露地。井筒と石燈籠も設置されています。砂雪隠も兼ねた腰掛待合を過ぎると内露地に入ります。

  

 外観は屋根が入母屋造りの茅葺で、背面に桟瓦葺による切妻屋根の広間が取り付く構成となり、妻入りとなります。この妻入り茅葺で背後に広間が連なるのは不昧公好みに共通したもので、菅田庵や普門院観月庵と同じスタイル。妻側軒下に柿葺の土庇が延ばされ、その下の壁面に躙口と小さな下地窓が開けられており、右手奥に刀掛が取り付きます。躙口の上が大きな連子窓でなく小さな下地窓となっているのは後年の菅田庵や普門院観月庵とは異なり、当初師事した三斎流の細川三斎好みの大徳寺高桐院松向軒と似ています。外観で一番の特徴はその厚ぼったい茅葺の屋根。まるで古民家の農家を思わせるプリミティブで重厚な姿です。

 

 

  

 内部は躙口のある小間が二畳台目で、奥の広間が四畳半。小間は躙口の対面に床があり、床柱は赤松皮付で床板は杉柾板5枚半を削ぎ合せた奥行き6寸3分の浅い造り。天井は床前が白竹の竿縁で、点前側が簾張の落天井。一番の特徴は中柱や袖壁の無い点前畳の向切りで、給仕口がなく茶道口で兼ねる為に邪魔になってしまうからでしょうね。壁下に洞庫があるのはその為の配置構成。窓も少なく(全部で3つ)給仕口も無く中柱も無い余計な物は削ぎ落したシンプルな意匠は三斎流の影響なのか、はたまた外観のプリミティブな姿に呼応させたものなのでしょうか?

  

 広間の方は貴人口となり天井は竿縁に台目床による本勝手の茶室。小間との間に鎖の間があり、水屋が付属していますが、本席の小間と鎖の間・水屋以外は再三再四の移築で当初のものが失われているそうなので、この広間が当初の意匠そのままなのかはわかりません。県有形文化財指定。

 



 「明々庵」
  〒690-0888 島根県松江市北堀町278
  電話番号 0852-21-9863
  開館時間 4月〜9月 AM8:30〜PM6:30
         10月〜3月 AM8:30〜PM5:00
  休館日 年中無休