曼殊院 (まんしゅいん) 重要文化財



 京都の天台宗寺院は門跡が多い所で、比叡の山嶺に沿うように、北から大原の三千院、洛北の曼殊院、東山の青蓮院に妙法院、それに山科の毘沙門堂と続き、何れもまさしく御殿のような格式高い住宅建築が建ち並ぶ寺院群です。特に修学院離宮近くの曼殊院は、京都市中を見下ろす森に囲まれた小高い田園地帯にあり、お寺というよりは高貴な方々の別荘といった風情で、皇室の御用邸のような雰囲気の場所。境内は楓も多いことから紅葉の名所としても知られています。

 

 この曼殊院は、元々は比叡山の西塔で開山され、その後京都御所の北東に置かれて、明暦2年(1656年)に現位置の風光明媚な比叡の山麓に移りました。宗派は天台宗比叡山派で、座主が代々皇室の皇子皇孫が務める門跡であることから、当時は八条宮智仁親王の次男良尚親王が務めていました。父八条宮智仁親王は桂離宮の初期造営を、兄智忠親王が二次造営を、さら従兄弟で養父の後水尾上皇が修学院離宮を造営された頃で、前年に修学院離宮が完成したことからご近所でもある当地を選んだようです。
 御所近くにあった当時の建物を移築して再構成されているようで、広い敷地に本堂や庫裏・書院が整然と並びますが、かなり大幅にアレンジを加えているらしく、特に桂離宮の影響が色濃く反映されている点が大きな特徴です。
 拝観は西側の表門ではなく北側の台所門から入ります。門奥には室町期に建造された庫裏(国重文)がありここから中へ。渡り廊下で南の玄関部へ入ると、狩野永徳筆の襖絵「竹虎図」(国重文)や岸駒筆「松に孔雀図」が並ぶ華やかな空間。さらに渡り廊下で本堂へ至ります。

 

 本堂は大書院とも呼ばれ、元々書院として造られたものを、明治初期に本堂だった宸殿を破却した後に上段の間を仏間に改造したもので、宗教的な空間という雰囲気はかなり薄いです。外観は屋根が寄棟造りで柿葺で、大きさは桁行14.7m奥行10.8mの平屋建て。国重要文化財指定。
 特に内部空間では桂離宮の影響が最も強く、上段の間である「十雪の間」の違い棚は、様式・用材ともに桂離宮の新御殿化御粧ノ間の裏桂棚と同じで同時期に作られたもの。次の間である「滝の間」との欄干も卍崩しでここも桂離宮新御殿の影響が見られます。
 また入り口の杉戸の引手には、瓢箪と扇の形が掘り込まれており、細部に散りばめられた工芸品のような意匠も見所の一つ。

 

  

 本堂の奥に続くのが書院。本堂の大書院に対して小書院とも呼ばれており、本堂が対面所としての格式高い接客空間とすれば、こちらは院主の御座所としての私室となります。外観は屋根が柿葺の軒が深い軽快な平屋建で、大きさは桁行10m奥行8.9m。国重要文化財指定。
 本堂に比べてより軽やかな数寄屋の趣が強くなり、外周りの堅桟を吹き寄せにした板戸や手摺の格狭間透の嵌板など瀟洒な造りとなります。ここから眺める南側の庭園はハイライトの一つ。

 

 内部は9畳の主室の「黄昏の間」と8畳の「富士の間」から構成され、北側に隠れるように茶室「八窓の席」が並びます。黄昏の間には出書院のある台目二畳敷きの上段の間とその左手に床脇棚が付けられており、上段の間は吹寄格天井に格縁は黒漆、鏡板は朱漆塗りによる豪奢なもので、玉座として使われていました。
 特にこの床脇の違い棚は、五枚の棚と二つの袋戸棚が組み合わされた歌書棚の造り付けで、柿・桑・欅・栃・楓等の約10種の樹木を用いた精妙なものとなり、曼殊院棚と呼ばれて名高いものです。
 また次の間である富士の間との欄干には組格子の中に14個の菊家紋が嵌め込まれていて、元禄模様の先駆をなすものと呼ばれています。繊細な数寄屋の意匠で統一されていますが、皇室由縁の寺らしく数寄屋といえども風流なくだけた感じにはならず、そこかしこに格式の高さを見せる貴賓性が強い空間です。

 

 富士の間の西側に一畳台目の茶立所があり、小さいながらも床があり炉も切られています。書院で茶会を開いてもこの茶立所内のみでも都合の良いユーティリティな空間。書院南側の梟手水鉢は名品として有名。

 

  

 書院東側には縁側から庭に降りられる様になっており、飛石伝いに八窓の席の茶室の露地へと繋がっていきます。
 黄昏の間のちょうど裏側にある「八窓の席」は、三畳台目の間取りによる小間の茶室で、二畳半の控えの間と五畳半の水屋が付属します。深三畳の下座床になる為に窓が東側にしかなく、大小計8個の窓が幾何学的に並ぶ風景は数ある茶室の中でも相当にユニークなもの。烏賊墨を混ぜた黒壁にそれぞれの窓から射し込む外光は効果的で、特に「虹窓」と呼ばれる小さな下地窓はプリズムのような光の回析現象により緑から赤へと色が変化する不思議な窓。ル・コルビジェの設計したロンシャンの礼拝堂のような茶室ともいえます。国重要文化財指定。
 事前に予約が必要ですが、この曼殊院の最重要ポイント。

 

 書院の南側に広がる庭園は小堀遠州作と伝わる枯山水の庭。奥に石組による蓬莱山を築き、手前の白砂に鶴亀島を置いた蓬莱形式のもの。秋の紅葉の頃も見事ですが、躑躅の花が美しい5月の頃もお薦め。

 

 



 「曼殊院」
   〒606-8134 京都府京都市左京区一乗寺竹ノ内町42
   電話番号 075-781-5010
   拝観時間 AM9:00〜PM5:00
   拝観中止日 無休