求道会館 (きゅうどうかいかん) 東京都有形文化財



 東京大学は第二次世界大戦中の米軍による空襲対象地域からは外されていたようで、東大本郷キャンパス周辺の本郷・西片・根津・谷中地区は罹災していません。この界隈は戦前の様々な階層の人々が暮らす住宅地でしたから、それぞれ味のある街並みが残されていたりしますが、東大正門前の森川町(現本郷6丁目)は下宿屋や修学旅行相手の木造旅館が軒を並べる学生街だった場所で、今でも往時を彷彿させる物件がちらほらと見かけられたりします。
 その代表的な建物だった木造三階建てによる下宿屋の本郷館は、東日本大震災により惜しくも喪失してしまいましたが、そのお隣にあるやはり戦前に建てられた学生寮の求道学舎は数年前のリノベーションにより耐震構造化されて安泰だった模様で、今でもそのモダンでスタイリッシュな姿を留めています。
 その求道学舎リノベーションの発端となったのは、求道学舎の前に建つ求道会館という建物の維持費用を捻出する為に計画されたもので、この求道会館自体が東京都の有形文化財の指定を受けており、文化財保護の観点から行われました。居住者に定期借地権を譲渡して出資してもらい、その費用で求道会館の保護活用の運営に充てるという仕組みです。

 

 この求道学舎と求道会館の二つの施設を創設したのが、明治期の浄土真宗大谷派(東本願寺系)の僧侶だった近角常観(じょうかん)。東本願寺系が強い近江湖北地方(大通寺や五村別院)の寺院に産まれた常観は、上京し東大に入学して哲学を学び、卒業後は僧侶の道を進みましたが、何故かここで東本願寺本山から欧州視察の命を受けて渡欧することになり、約2年間程英米独仏墺洪を見て回って先進な空気に触れて帰国したのが1902年(明治35年)のこと。派遣先の米国でのYMCAの活動に着目し、自らも学んだ東大の真ん前で、青年学生と寝食を共にしながら仏教の研究を行う学生寮として求道学舎が造られました。
 ここで毎日曜日に常観が講話を開いていましたが、その内容が評判となり聴衆が増えて手狭になったことから、付属施設として会堂を建てることを思い立ち、1915年(大正4年)11月30日に誕生したのがこの求道会館です。
 煉瓦造り一部鉄筋コンクリート造りの二階建てによるこの建物は、戦前の関西の代表的な建築家だった武田五一が設計を担当。なんでも塾生の一人であった荻野仲三郎(歴史学者)と五一が親しいことから仲介があり、また常観と同時期に渡欧して当時の西欧の先進な文化に触れていたことに呼応するものがあったようで、承諾したようです。ちなみにこの求道会館竣工後10年程して、五一の設計により今の求道学舎の建物が再建されています。
 建築面積は307.47uで、大きさは桁行14.274m奥行24.029m。屋根は石綿スレート菱葺で一部銅板葺で、外壁はモルタル塗り。正面ポーチの柱は鉄筋コンクリート製。外観はどう見てもキリスト教の礼拝堂のようなマスクですが、内部はアッと驚く摩訶不思議な空間が広がります。

 

 内部は天井まで吹き抜けた広い大会堂一室と、その裏側の一階に小さな事務室と応接室、二階に床の間付きの畳敷きによる小会堂による構成です。中心となる大会堂は常観が講話を行う会場で、祭壇に向かって木製の長椅子が整然と配置され、両脇に会衆が参列する二階席を並べた外観同様にキリスト教の礼拝堂のような形式となっていますが、ここで驚嘆するのが正面壁面に鎮座する六角堂の存在。純和風の白木による銅板葺屋根のこの小さなお堂は内部にキチンと仏像も安置されており、この空間だけ見ると純然たる仏堂の意匠となります。
 設計の際に五一は常観から、「この会館が耶蘇教の会堂のように見えても困るが、さりとて従来の御寺の様な風に見えても困る、また普通の煉瓦造りでも困る」と注文があったとかで、教会建築に仏教建築を内包させるという他に類を見ない新しい手法で独創的なスタイルの建物が創造されたというわけです。五一は伝統的な和風建築にも造詣が深く、その一方でモダニズム建築の名手でもありましたから、このような和洋折衷の意匠を任せるにはうってつけの人材だったのでしょう。

 

 

 またこの六角堂の背面にはアーチ状の石膏レリーフがあり、このレリーフの内側と外側で漆喰の色を変えてあります。仏の後光を表現しているものですが、内側の薄いピンク色はそのまま一階の壁色となり、外側の薄いクリーム色もそのまま二階の壁色となっています。その質感は非常に温かく柔らかく、仏の慈愛を巧みに見せています。レリーフ自体も天平式彫刻による唐草模様で、18個の石膏板を繋ぎ合せた秀麗なもの。細部にも様々な工夫やアイデアが散りばめられてあります。

 

 特に天井部は木造を用いて鉄骨のように組む当時最新式のトラス構造が採用されており、限られた予算の中で強度が図られています。その予算も寄付金を募って集められたものですから本当に少なかったようで、設計を依頼してから実際に着工したのは12年後のこととか。二階席を支える柱にガス管が転用されているのはその証。

 

  

 二階席の表通り側に5連のアーチ窓があり、その上部にステンドグラスが嵌め込まれています。このあたりの意匠も礼拝堂そのものなのですが、その図案は大きな菩提樹に小鳥達が留まりお釈迦様の話を聞いているという、仏教に基づいた内容のものです。
 現在は建築家でもある孫の真一氏が管理を行っており、毎月第四土曜日の午後に内部公開を開催して、常観のエピソードも交えながら判り易いお話で紹介されています。

 



 「求道会館」
  〒113-0033 東京都文京区本郷6-20-5
  電話番号 03-6804-5282
  開館時間 毎月第4土曜日PM1:00〜2:30