黒江 (くろえ)



 JR和歌山駅から鈍行の紀勢本線に乗って三つ目の駅が黒江駅。よくある地方都市の町外れの寂れた静かな駅ですが、すぐ御近所に甲子園常連の智弁学園和歌山があり、生徒専用の昇降口もあって朝夕の通学時には生徒達でホーム満杯になる学校御用達の駅と化しています。
 この黒江駅、1966年(昭和41年)に開設された比較的新しい駅の為か、駅前は気のきいた商店街など有るわけがなく、学校以外は住宅と田畑が広がるのみ。駅前を県道135号線が走っており、南へ進路を取るとやがて山間の切通しとなって黒江坂と呼ばれるつづら折りの坂道となり、海南市の港へと降りていきます。かつての熊野街道だったこの黒江坂近辺から年季の入った物件が増えだしていき、やがて甍と黒壁に鈍く煙った黒江の街並みが眼下に広がっていきます。

 

 その昔は和歌浦湾沿いに広がる静かな漁村で、その風光明媚な景色が万葉集にも詠われていたようですが、とうの昔に埋め立てられて住友金属の事業所や関西電力の海南火力発電所が操業中ですから、そんな気配は微塵も感じられません。高度経済成長期に全国の海岸線が醜く歪んだ姿がここでも見られます。
 その工場街からちょいと裏手に入ると風景は一変し、軽自動車もアウトの狭隘な路地に古い町家が軒を並べる独特の風情ある街並みが広がっていたりします。この黒江は紀州漆器の里で知られており、その漆器職人達の住居兼作業場がこのパンチの効いた街並形成の由来。なんでも室町期に近江の永源寺から木地師達が移り、さらに秀吉による根来寺討伐により僧が当地に逃げて根来塗が伝わり、藩の後押しもあって漆器生産が盛んになったとか。幕末には1300余りの町家が軒を並べていたようです。
 が、他所の地場産業も同様なのですが安い人件費のアジア諸国には勝てないようで衰退してきており、交通の便もあまり良くないことからエアポケットのようにうら寂れた街並みがそのまま残されたというのが実情で、昨今のレトロブームに乗っかって街並み自体の景観を観光スポットとして売り出し中のようです。でもここの街並みは重伝地区のように小奇麗に整備されておらず、生活感出まくりの何か雑然とした風景で、例えば高山や今井町のような姿を求めてしまうと無理があります。

 

 この街並みの最大の特徴は各家の区割り。それぞれ家の前に三角形の空きスペースを設けており、上から見るとノコギリの歯のようにギザギザした街並みが見られます。今は道路となっていますがかつては運河が流れていたそうで、この空きスペースに漆器等の荷物の上げ下ろしが行われていたのでしょう。各家の前に運河が流れ小船が往来する姿を重ねてみれば、江戸期にはなかなか趣のある風景が広がっていたのでしょうね。

 

 

 黒江の名の由来は、和歌浦湾の入江に黒い牛の姿に似た大岩があったことから。その岩があったとされる場所は埋め立てもあってグッと内陸に入っているのですが、その地点から程近い丘の中腹に中言神社という鎮守様があり、そこに「黒牛の水」という水が湧いています。紀州名水の一つだそうで、大きな黒牛の像が鎮座。

 

 で、この名水を使って幕末から酒造業を営んでいるのが、「黒牛」ブランドで販売中の名手酒蔵。全国の日本酒ファンにも知られる和歌山の銘酒ですが、その建物も重厚な面構えで周囲を圧倒しており、今でもこの内部で美味しい酒造りが続けられています。

 

 お隣には「黒牛茶屋」なる蔵元小売店もあり、内部ではきき酒もあり。純米酒と吟醸純米酒をきき比べが出来、あてに瓜と西瓜の奈良漬も付いてきます。この奈良漬けも自家製だとかで円やかな味わいで美味。

 

 

 この黒牛茶屋の対面には、「温故伝承館」という資料館もあります。元精米場だったとかで、木造二階建ての町家です。酒造りの道具・装置を展示した施設で、黒牛茶屋で受付をしてから入館します。

 

 内部は水車式の米つき機や石掛式の酒槽など、近代的設備の無かった時代の知恵を巡らした様々な装置が判り易く展示されており、なによりその吹き抜けの高い空間に大規模な木製の装置が並ぶ様は中々の圧巻。
 一階の道路の展示室には名手家の家族が使用した生活用品が展示されているコーナーがあり、戦時中の教科書や玩具なんてのも置かれています。

 

 

 今でも漆器職人の住居兼工房が街並みに点在しており、それぞれギャラリーとして公開もしています。メインストリートの川端通りの裏手にある黒江ぬりもの館もそんな町家を使ったギャラリーで、店内で様々な漆器を販売中ですが、数年前からカフェも始めており、ランチには紀州地鶏のカリーやタイ風茄子のグリーンカリー等個性的なカレーで営業中。お薦めは黒江スイーツセットで、黒いバウムクーヘン・黒いパウンドケーキ・黒いクッキーと3種類の黒いスイーツがご賞味できます。ちなみにこの黒は、紀州備長炭を粉末にして混ぜているとか。パウンドケーキには黒牛酒蔵のお酒も入っているそうです。

 

 

 町の中心部に伝統産業会館「うるわし館」があり、リーズナブルなお値段で漆器を販売中。週末には要予約で蒔絵体験教室も実施中。早春の雛祭りの頃には、漆器の小さなお雛様も展示販売しています。

 



 「黒牛茶屋・温故伝承館」
   〒642-0011 和歌山県海南市黒江846
   電話番号 073-482-0005(名手酒蔵)
   開館時間 AM10:00〜PM5:00
   休館日 1月1日〜3日

 「黒江ぬりもの館
   〒642-0011 和歌山県海南市黒江680
   電話番号 073-482-5321
   開館時間 AM10:00〜PM4:00
   休館日 月・火

 「うるわし館」
   〒642-0001 和歌山県海南市船尾222
   電話番号 073-482-0322
   開館時間 AM10:00〜PM4:00
   休館日 第二日曜日