駒井家住宅 (こまいけじゅうたく) 京都市指定文化財
「哲学の道」で知られる琵琶湖疎水、その疎水も観光客で騒がしい銀閣寺の前を過ぎると、北白川の閑静な住宅街を何事も無かったかのように緩やかに流れていきます。この北白川界隈は桜並木の疎水縁に、瀟洒な中流階級の住宅が建ち並び、近くには修学院離宮や詩仙堂といった景勝地もあり、交通の便もしごくよく、「響」「藤芳」「河道屋倖松庵」等の美味しい蕎麦屋も多く(実は京都は蕎麦屋の良店が多い)、もしも京都に住むならこのあたりが良さげな感じ。すぐ南に京都大学があるので、戦前から大学の教員達が住まいを多く構えた場所でもあり、ノーベル化学賞の福井謙一博士も住んでいたという、文化レベルも高い云う事無しの町です。その疎水縁に京都大学の理学部教授だった駒井卓博士の邸宅があり、財団法人ナショナルトラストに寄贈されて今は週末の金・土曜日に公開されています。
駒井卓博士は遺伝学の権威だった学者で、この北白川に住居を求めたのは1927年(昭和2年)のこと。友人の喜多博士と一緒に土地を購入し、北側に駒井氏、南側に喜多氏がそれぞれ邸宅を建てて暮らしました。喜多氏の家は藤井厚二設計の近代和風建築なのですが、この駒井氏は米国人建築家兼伝道師のウィリアム・メレル・ヴォーリズに設計を依頼し、アメリカンスパニッシュスタイルの洋館を構えました。なんでもアメリカに留学して帰国したばかりだそうで、このような洒落たモダンな家を建てた模様です。アメリカンスパニッシュスタイルとは戦前に流行した植民地趣味の様式で、構成は左右対称で装飾は玄関周りに集中する以外はシンプルとなり、色鮮やかなスペイン瓦を乗せ漆喰に骨材を混ぜたスタッコ壁がその特徴。この駒井邸もその様式を踏襲して玄関にアーチ状の入り口を設け燭台のような装飾をのせています。そのいっぽうで、屋根の瓦は本来は丸瓦のところ赤色の桟瓦が葺かれており、予算の関係でこうなった模様です。
駒井博士がヴォーリズに設計を依頼したのは、静江夫人がヴォーリズ夫人の一柳満喜子氏と神戸女学院時代の学友だったことから。駒井博士は子供がいなかった為、夫婦が静かに過ごせるコンパクトな家を所望し、ヴォーリズもこれに応えて部屋数の少ない機能的な住み易い家を造りました。特に1階は居間と食堂とが一続きで、中折れの仕切り戸を開けると18畳もの広さとなり、近所の教授同士のちょっとしたサロンにも使われていたそうです。居間の庭側には出窓の下に造り付けの腰掛があり、たしかにホームパーティには丁度良い感じ。
居間の南側にはサンルームがあり、三連のアーチ窓が印象的。真ん中のアーチ窓は扉となり、庭への出入り口にもなっています。
この居間と食堂でユニークなのが、ドアノブに透明なクリスタルが採用されているのですが、そのうち玄関ホールとのドアノブだけアメジストが採用されていること。どうやら差別化を図ったようです。
室内にある調度品などは当時のものがそのまま置かれています。食卓・ピアノ・食器棚など。夫人がアメリカから直接輸入したそうで、これだけの洋家具は国内では手に入ることが出来なかったからとか。ピアノはドイツ製でなんと鍵盤は象牙。今でもピアノは調律師が来てきちんと音が出せる状態になっているそうです。ここでかつてホームコンサートでも開かれたのでしょうか?
サンルームの西側には6畳の和室があります。やっぱり和の空間も欲しかったようで、ちゃんと床の間もあり、囲炉裏まであります。ただ外観が洋館なので窓は上げ下げ式の洋式とし、内側に障子や欄間障子を入れて違和感を和らげています。
玄関ホールから2階へと続く階段部はヴォーリズらしい意匠で、吹き抜けに緩やかな曲線で順次変化していく階段と、ハープのような繊細で優雅な手摺、それに礼拝堂のような半アーチの黄色のステンドグラスと、伝道師だったヴォーリズならではの教会の牧師館みたいな意匠です。ヴォーリズは黄色のガラスが好きだったようで、この窓は西向きなので夕暮れ時になるとこの空間いっぱいに西日が差し込み、黄色く染まって崇高な趣きさえ漂う空間になるようです。
2階の廊下の上には屋根裏部屋の物置があり、昇降用の隠し階段が据付けられていて、寝室横の壁にクランクがありそれで上げ下げします。このようにこの家は収納に色々と工夫があり、玄関の靴入れ等に巧妙な仕掛けがあります。
2階は博士の書斎と寝室が2つ並びます。主寝室の南側には1階同様サンルームがあり、普通は南西側に窓をとるところここは東南側にとられており、比叡山の眺望を楽しむ為だとか。降り注ぐ陽光を浴びながらロッキングチェアに身を委ねて、静かに読書でも楽しんでいたのでしょうか?ちなみに黒澤明監督の京都大学滝川事件を扱った「わが青春に悔いなし」は、この家でロケが行われました。
「駒井家住宅」
〒606-8256 京都府京都市左京区北白川伊織町64
電話番号 075-724-3115
開館時間 金・土曜日 AM10:00〜PM4:00 入館はPM3:00まで