清春白樺美術館 (きよはるしらかばびじゅつかん



 市町村合併により今では北杜市の一部となった旧長坂町の清春地区に、清春芸術村があります。このあたりは八ヶ岳と南アルプスに挟まれた台地状の高原にあたり、森や牧場や高原野菜の畑が織りなす長閑な田園風景が広がる風光明媚な地域。銀座の吉井画廊のオーナーがこの豊かなロケーションを甚く気に入り、交流のあった白樺派の文人たちが果たせなかった「夢の美術館」を具現化するべく廃校になった旧清春小学校の敷地を買い取って、美術館建設を進めたのがその始まりです。
 白樺林の広がる敷地は校庭の名残か平坦に広々としており、その中心に16角形のちょっと不思議な建物があります。これは「ラ・リューシュ」と呼ばれる集合アトリエで、パリのモンパルナスにある同名のものを復元したもの。ここで芸術家の卵たちに制作活動を行ってもらうことを意図した建物で、この芸術村のスタートなった施設でもあり、その後順次美術館等が建設されていったという次第です。1980年(昭和55年)4月に開村。

 

 ラ・リューシュの次に完成したのが芸術村の中心となる清春白樺美術館。1983年(昭和58年)に開館されたギャラリーで、北側に広がる白樺林の中にあります。一部二階建ての横長の建物で、設計はMOMAのリニューアルでも知られる谷口吉生。なんでも吉井オーナーが1970年頃に銀座の画廊の内装を父の谷口吉郎氏に依頼した時からの縁とかで、吉郎氏もこの芸術村に賛同して当地を訪れており、息子に設計をまかせたのがその経緯とか。今では世界的な美術館建築の大家である谷口吉生のごくごく初期に設計された原点ともいうべき作品です。

 

 内部は白樺派の文人達が愛した印象派の作品や、白樺派と交流のあった梅原龍三郎や岸田劉生の絵画が中心で、作家たちの自筆の原稿や手紙等も展示されています。もちろん実篤の茄子や南瓜の絵も有り。
 展示室はそう広くは無いのですが、キュービズム的な立方体を巧妙に組み合わせて展示空間に変化を与え、外光を効果的に取り入れて広く見せる工夫がなされており、ややもすると単調になりがちな鑑賞にアクセントがあるので、飽きさせることがありません。構成は東京上野のル・コルビジェ設計の国立西洋美術館に似ています。
 第二展示室の南側にはテラス状の休憩所があり、八角形のドーム状の天窓から外光が射し込んで、足元にはイサム・ノグチ設計のオブジェ風テーブルが置かれています。小休止には程好い感じ。

  

 白樺林の一角には「ルオーの礼拝堂」があります。白樺派は真っ先にジョルジュ・ルオーを日本に紹介したことからこの美術館にも数多くの作品が集められており、東京日比谷の出光美術館と並んで日本有数のコレクションを保有しています。二十世紀最大の宗教画家とも呼ばれ、敬虔なカトリックのクリスチャンだったルオーのパーソナリティに寄り添った施設ですが、芸術家の瞑想の場として意図されたものとか。設計は美術館と同じく谷口吉生で、1986年(昭和61年)4月に開堂しています。
 祭壇の十字架は17世紀の木彫りのものにルオー自身が彩色してあり、入り口上部にはルオーの手がけた「ブーケ(花束)」というタイトルのステンドグラスが嵌め込まれています。ルオーの作品に共通の諦観と慈悲が色濃く漂う静謐な空間です。
 小さなパイプオルガンもあるので、ここで結婚式も可能だとか。

  

 白樺林の北側に広がる松林の中に、白樺派と交流のあった梅原龍三郎画伯のアトリエが移築されています。東京新宿の梅原邸内に1951年(昭和26年)に完成した和風住宅建築のアトリエで、モダン数寄屋の巨匠だった吉田五十八の設計によるもの。瀟洒で小粋な五十八らしい洗練された建物で、今は新潟県上越市に移築された日本画家の小林古径邸をスモールダウンした感じです。紅殻の床の間は画家の御所望だとか。
 作品以外にも画材やパレット等をそのままの姿で展示されています。

 

 美術館や礼拝堂のある白樺林には、「夢と感謝」のタイトルによる連作の白いオブジェが点在してあります。叙情的かつ幻想的な風景。
 ロダンやセザールのブロンズも置かれており、特に美術館前庭にあるセザールの「親指」は幸運を意味するものだとか。グッと上に突き上げられたこの巨大な指は、いったい何を指し示しているのでしょう。

 

  

 村内の南西隅に奇妙なツリーハウスがあります。建築史家で建築も手がける藤森照信の設計による「徹」と命名された茶室で、村内に植わってあった樹齢80年の欅を切ってその上にこさえたユニークな作品。銅板の屋根や漆喰の壁で組み上げられており、中は7坪程の広さがあるそうです。童話かスタジオジブリのアニメにでも出てきそうなスタイルですが、建築史家らしく原始性に着目し家形埴輪を参考にしてこのような野趣に富んだ作品が出来た模様。でも本当にここで茶事が出来るんでしょうか?どことなく高台寺の時雨亭に近い印象があります。
 この清春地区は桜の名所としても知られており、この芸術村もおそらく校庭の周囲だったと思われる場所にソメイヨシノが30本程植えられています。白樺が色づく詩的な10月と、桜の開花で華やかな4月がお薦め。

 



 「清春白樺美術館」
   〒408-0036 山梨県北杜市長坂町中丸2072
   電話番号 0551-32-4865
   開館時間 AM9:00〜PM5:00
   休館日 12月〜2月