起雲閣 (きうんかく) 熱海市指定文化財



 昭和の大歓楽地として大いに活況を馳せた熱海も、時代の変調に付いて行けず観光客は激減、街並も中途半端なレトロ風情でしょぼくれまくり、あちこちに廃業した旅館ホテルの跡地が穴ぼこのようにさらされているちょっと哀しい温泉地。秘宝館だの新興宗教の本部だのがあってトホホ感もみなぎるのですが、かつては財閥の御大尽や文豪達がこぞって別宅を持ちリッチな一時を過ごした場所でもありました。そんなセレブな方々のお住まいも戦後は人出に渡る事が多くなり、旅館や民間企業の保養所になったりと姿を変えて遺されて来ましたが、ここ数年の不況のあおりで一気に手放されて、一部が熱海市の観光施設として公開されるパターンが増えています。ブルーノ・タウトが設計した旧日向別邸や坪内逍遥の旧居もその例で、東武鉄道の根津家の別荘だった起雲閣も市が管理運営し公開されています。

 

 1919年(大正8年)に当時海運王とも呼ばれた内田信也の別荘として造営されたのが始まりで、その後1925年(大正14年)に東武鉄道の経営で知られる鉄道王の根津嘉一郎が購入、戦後の1947年(昭和22年)からは旅館として運営されて、谷崎・志賀・太宰・三島といった文豪達の縁の宿として知られていましたが、1999年(平成11年)についに廃業し、翌年熱海市が購入して現在に至ります。敷地は3000坪にも及ぶ広大さですが、当初は600坪ほどのもので、敷地が拡大していくに従って趣向凝らした建物が増築され、時代の変遷とともに様々なスタイルの建造物が立ち並ぶユニークな園内です。

 

 1919年(大正8年)に初めて建てられたのは和風建築の二階建ての主屋と孔雀と呼ばれる離れの建物。主屋はそれぞれ一階が麒麟、二階は大鳳と命名されていて、共に床の間や付書院を設え畳廊下を廻した純和風の構成ですが、壁が畳や障子とのコントラストの強い群青や紫色に配色されたモダンな印象の内装。縁側は一面に手磨りガラスの嵌った戸となり、美しい庭園の眺望を取り込んだ贅沢な趣向です。

 

 

 孔雀と名付けられた離れスタイルの建物は、麒麟・大鳳同様に純和風の設えによる数寄屋風の意匠で、主屋に比べてこじんまりとした落着いたプライベートルームの佇まいです。ここはかつて著名な作家が逗留して代表的な作品を仕上げた部屋で、武田泰淳の「貴族の階段」や舟橋聖一の「雪夫人絵図」などが書き上げられました。

 

 根津家に渡って最初に建てられたのが金剛と名付けられた洋館で、1929年(昭和4年)の建造。贅を尽くした豪華な内装の建物ですが、隣接してローマ風浴室が造られており、ステンドグラスや湯出口の意匠が印象的な空間です。

 

 金剛の次に1932年(昭和7年)に建造されたのが玉姫・玉渓と呼ばれる洋館で、こちらは正統的洋館の金剛よりも和洋折衷的な内装の洋館です。外観は山荘風のバルコニースタイルですが、内部は玉姫には神社建築に見られる蟇股や折上格天井に、アルーデコや中国風の装飾が入り混じったかなりゴッタ煮的な内容。隣接する玉渓も中世英国のチューダー様式を基本としながら、サンスクリット語の装飾や竹天井を用いた不思議な空間。玉姫にはサンルームが付属していて、天井にはステンドグラスが嵌められています。

 

 

 



 「起雲閣」
   〒413-0022 静岡県熱海市昭和町4-2
   電話番号 0557-86-3101
   開館時間 AM9:00〜PM5:00
   休館日 水曜日