川上貞奴邸 (かわかみさだやっこてい) 登録有形文化財



 名古屋市東区の白壁町・主税町・橦木町は市内きっての御屋敷ゾーンで、広いお庭付きの豪邸が立ち並ぶ名古屋の白金か芦屋みたいな場所。有名料亭や小洒落たレストランも点在し、美術館や新興宗教の本部もあったりします。元々は名古屋城の東に位置することから中級武士の屋敷街だったそうで、明治期以降に中京財界の御大尽が次々と御屋敷を建てたのがその謂れ。ということで武家屋敷街だったことからバブリー洋風物件は殆ど無く、比較的純和風の落着いた街並が保たれていて、今では「文化のみち」として市観光協会が力を入れているスポットです。
 その「文化のみち」のメイン施設として「二葉館」という建物が橦木町にあり、東区東二葉町(今の白壁3丁目)にあった川上貞奴の邸宅を移築して公開しているもので、土日になると多数の観光客で賑わいをみせています。日本の女優第一号だった貞奴が愛人の実業家福沢桃助と暮らしていた住宅で、正面はアメリカ風の外観ですが奥は日本建築で造られた和洋折衷の建物です。

 

 竣工したのは1920年(大正9年)、貞奴は当時既に女優業を引退していて、輸出向けの高級絹織物の製造販売というやり手の女実業家としてならしており、そのパートナーだった桃介とこの地に居を構えたのがその始まり。「マダム貞奴」として海外で活躍した女優だったせいか洋風趣味の強い建物で、当時新進気鋭の住宅専門会社「あめりか屋」に依頼したとてもハイカラな住宅です。当初は2000坪も敷地があったそうですが、戦前にしてすでに切り売りされて西洋館の部分は破却され、2000年(平成12年)に現在地に移築されたもの。ということで移築は和館部分になり、洋館部分は資料を元に復元されました。

 

 正面玄関は洋館部分にあり、入るとすぐ大広間になります。ここは大きなステンドグラスに暖炉や螺旋階段もある絵に描いたようなゴージャス空間で、いわゆるサロンとして機能していたようです。貞奴・桃助は政財界や文化人・ジャーナリストとの交流が盛んだったので、このような社交場が必要だったようです。さながらパリサロン文化の花形だったサラ・ベルナールのような存在だったのでしょう。復元された部分ですが、一部創建当時の部材が使ってあるそうです。

 

  

 洋館部分の奥の和館部分は創建当初のままで、ここの箇所だけ国の登録有形文化財に指定されています。1階は貞奴の私室と茶の間があり、貞奴の部屋は数奇屋風の小粋な佇まい。元々芸者だったせいか祗園あたりのお茶屋の趣きもあります。ここで桃介相手に三味線でも爪弾いていたのでしょうか?茶の間の隣に2畳の小部屋があり、桃助の書斎でした。洋館の豪華さに比べると、地味で落着いた風情の空間で、プライベートでクールダウンするにはこのような部屋が必要だったのでしょう。
 和館の2階は10畳+8畳の座敷で、特に10畳の座敷は貞奴の親しい友人が通された端正な書院造りの部屋。廊下側は窓が全開できるので、明るく見晴らしの良い部屋です。外観がハイカラなのに対して内部は純和風が色濃いのは、西欧においてオリエンタリズムの一つであるジャポニズムの象徴だった自身が反映しているようにみえます。

 

 

 玄関ホールから鍵の手に奥の和館まで長い廊下が走っており、裏口の玄関は車寄せ付きの正面玄関と正反対のこじんまりとした純和風のもの。普段はこちらを使っていたのでしょうね。

  



 「文化のみち二葉館」
   〒461-0014 愛知県名古屋市東区橦木町3-22
   電話番号 052-936-3836
   開館時間 AM10:00〜PM5:00
   休館日 月曜日 12月29日〜1月3日