華頂宮邸 (かちょうのみやてい) 登録有形文化財



 鎌倉は近代に入って保養地としても開拓されたことから、皇族や富裕層の別荘が次々と造営されて行きましたが、大正期の関東大震災により大きな被害を受けてしまい、市内の家屋約九割が倒壊してしまった為に明治期まで遡る古い御屋敷は殆ど残されていません。今に残る鎌倉市内の洋館は大震災後の昭和期に入ってからのものが多く、特に二人の皇女が亡くなったことから湘南地区での別荘は敬遠されて、鎌倉には皇族の別荘が無いのが現状です。報国寺先の谷戸にある華頂宮邸も実は皇族の物件では無く、施主の出自の由来から宮様の通称が付けられたもので、華頂宮の御屋敷だったことは一度もありません。国の登録有形文化財の指定も受けていますが、文化庁にも旧華頂家住宅として登録されています。

 

 その通称で語られる華頂宮邸の施主は元皇族の華頂博信氏で、伏見宮第二十三代博恭親王の三男だった人物。兄の華頂宮第四代博忠親王が甍去して華頂宮家が廃絶し、華頂の姓と候爵位を賜って皇族から離脱しており、何故そのまま華頂宮を継がなかったのは不明ですが、侯爵家としてこの鎌倉の地に邸宅を構えています。当時は海軍少尉を務めていた頃もあって、軍港だった横須賀に近い当地が選ばれており、1929年(昭和四年)の春に完成しています。敷地面積は約4500uあり、谷戸に合わせて南北に細長く取られ、北側に門と御屋敷を建て南側に広い庭園を並べた配置構成で、周囲は鬱蒼と茂る森に囲まれています。

 

 由比ヶ浜の「前田侯爵別邸」と扇ヶ谷の「古我邸」と共に鎌倉三大洋館と並び称されるこの御屋敷は、木造三階建てのハーフティンバー様式の洋館で、屋根が切妻造りの銅板一文字葺きに、外壁は木骨モルタル塗りと一階部に煉瓦風のスクラッチタイルが張られています。太い木材を多用した構造体をそのまま美しく見せるこの西洋建築の手法は戦前の富裕層の豪邸に流行したもので、特に皇族の方々の御屋敷にはよく見られます。施主の夫人の実家である閑院宮家の小田原別邸洋館も同様のハーフティンバー様式で、この華頂宮邸と同傾向の外観。装飾性はそれほど高くありませんが、切妻破風に穿たれた紋様やアーチ状のテラスなど、控え目ながら上品で端正な意匠です。

 

 

 外観では庭側よりも門のある北側に特徴があり、幾何学的なフォルムを描く複雑に構成された屋根や、ピクチャレスクと表現される玄関部の壁面タイルと門扉のアイアンワークに照明器具、それに窓枠の鉄格子の装飾や玄関内部のステンドグラスなど、まさしく絵画的でロマンティックな意匠が展開されています。

 

 

  

 実はこの洋館は華頂家が数年で引っ越してしまい、その後何度も持ち主が変わって1996年(平成八年)に鎌倉市が取得するまでに何度も増改築を繰り返しており、また設計者も不明で詳しい資料も無い為に竣工当時の様子が良く判っていません。外観に関してはそれほどの変化は無いようなのですが、内部に関してはどこまでが当初の姿なのかは不明です。ただ玄関ホールの吹き抜け部は改変があまりないようで、優美な曲線を描く手摺を添えた階段と、壁面の鏝ムラが独特の質感を生み出して、優雅で耽美的な空間を見せて浪漫的な玄関部からの連続性が図られています。

  

 

 一階部の大半は庭に面した二つの広間と食堂が占め、特に西側の広間はそのままテラスへ出られる構成。各部屋とも端正な大理石のマントルピースが設置されていますが、これはスチームヒーターのイミテーションで外観には煙突がありません。それぞれの仕切りは外せるので三部屋分の大広間でしかもテラスへも出入り自由ですから、侯爵家としてのパーティやレセプションの用途で造られたのでしょうかね。

 

 

 

 東側の広間の南にサンルームがありますがこれは増築部。市松模様の床タイルやアールデコ風の照明器具と他の部屋とは意匠が異なります。

  

 二階は洋室が階段ホールを取り巻く形で並ぶ構成で、特に一階広間上にある二つの部屋は内装に変化があって面白いです。東側の部屋はゴシック風の重厚で落ち着いた意匠となり、ハーフティンバーの天井や窓の菱型格子など全般にやや薄暗い空間。

 

 

 西側の部屋は一転して白を基調としたとても明るい空間で、天井の漆喰の装飾や刺繍の入った壁紙など、バロック調の典雅で華やかな意匠が広がります。この二つの意匠の異なる部屋が隣り合っており、両方共にベランダに出入りが出来て庭園の眺めが良いので、家族の個室として使われていたのでしょうか?

 

 

  

 この二階には和室もあり、階段ホール横の北側の小部屋と西北隅の一室。また南西隅は洋室なのに何故か畳敷きです。小部屋は使用人用でしょうか?

 

 照明器具も多彩で、特に食堂のシャンデリアは蝋燭を連ねた燭台を思わせるフォルムです。

  

 庭園は幾何学模様に特徴のあるフランス式庭園で、模様の中にはバラの庭木が植えられています。洋館は春秋の公開日以外は中に入れませんが、この庭園は普段でも一般に公開されています。

 



 「旧華頂宮邸」
  〒248-0003 神奈川県鎌倉市浄明寺2-6-37
  電話番号 0467-61-3477(鎌倉市まちづくり景観部都市景観課)
  庭園公開 4月〜9月 AM10:00〜PM4:00
         10月〜3月 AM10:00〜PM3:00
  休園日 月・火曜日
  春・秋に二日間ほど内部公開あり