飯坂温泉 (いいざかおんせん)



 新幹線も発着するJR福島駅の広い構内の片隅に、第三セクターの阿武隈急行と私鉄の福島交通が共同使用する小さなホームがあります。地方ローカル線用の侘しさ漂うしがないプラットホームで、その構造は異様に狭く短く、キヨスク等の気のきいた施設は一切皆無。ここから東急電鉄に払い下げしてもらった二両編成のステンレスカーに乗り、ちんたらちんたらと福島市郊外の住宅地をのたくた進み、古びた木造駅舎の無人駅を幾つも過ぎると、30分程で街外れの飯坂温泉に到着します。地元民の通勤通学が主体のようで、休日以外は終点まで足を延ばす人はあまりいないようです。

 

 駅前は川っ縁のやる気のあまり見られないしがない商店街。閉じたままのパチンコ屋のシャッターが侘しさを募らせます。その昔は高度経済成長期に東北一の温泉歓楽街として名を馳せ、企業の慰安旅行先として団体客が大挙して訪れて、眩いネオンサインの洪水で連日不夜城だったのはとうの昔。バブル崩壊後の景気低迷後は企業体質の変化もあって寂れに寂れまくり、廃業した旅館・ホテルが幽霊屋敷となって火事やボヤ騒ぎを連発、今では忘却の彼方に消え入りそうなマイナー落ちした温泉街に変わってしまいました。中心部を流れる摺上川の両岸に、築数十年以上の大型ホテル群が虚ろ気にその姿を川面に晒しています。
 その大型ホテル群の中でも一際目を引くのが「聚楽」。かつてはCMでバチモンのモンローが「じゅらくよ〜ん」と悶絶していたホテルですが、今でもあの「世界のショー」は健在なのでしょうか?

 

 それでも日本武尊が入浴した伝承を持つほどの古い温泉ですから、歴史の長さが感じられる街並みも残しており、迷路のように入り組んだ狭い路地に木造の日本家屋の商家や住宅に蔵造りの旅館が建ち並び、神社や寺院がその中に点在する鄙びた湯の町風情も見られたりします。
 三階建て土蔵造りがとても印象的な「なかむらや旅館」は江戸末期に建造された歴史的建造物の旅館で、国の登録有形文化財にも指定されています。今でも旅館として営業中。

 

 そんな温泉街の一角には、近在の庄屋だった「堀切邸」という旧家も残されており、自治体に寄贈されて整備され無料で内部公開されています。敷地1200坪を板塀で囲んだ立派な御屋敷で、まずは重厚な門構えで御出迎え。

 

 邸内は明治14年建造の木造一部二階建ての主屋と、安政年間に建てられた大きな十間蔵を中心に離れや蔵等が建ち並ぶ豪邸で、主屋も10部屋が整然と並ぶ近代和風建築となり、正統的な書院造の部屋を持つ格式の高い内容のもの。天井の高い部屋が並んでおり、12畳半の奥座敷の手前にある10畳の次の間はその天井部がアール状になっています。

 

  

 邸内の奥には新たに足湯と手湯が設けられているので、休日にはここで湯に浸かってまったりする人が多く見られるようです。

 

 温泉街にも足湯が点在しており、「なかむやら旅館」の前には「あ〜しあわせの湯」があります。この近辺は温泉街の中心部で、すぐ傍には温泉の守り神である鯖湖神社があり、お湯掛け薬師如来像も祀られています。またその隣にはこの街のシンボルである給湯塔もあり、その隣の鯖湖湯も含めてこの一帯が一番情緒あり。浴衣に下駄が似合いそうです。

 

 その鯖湖湯はこの飯坂温泉の発祥地でもあり、温泉街最大の共同湯。ちなみに街中には9つの共同浴場が点在してあります。松尾芭蕉の「奥の細道」にも登場する古式ゆかしきこの温泉は、総ヒバ造りの伝統建築で組み上げられた美しい建物で、内部も高い天井に御影石を張った情緒溢れる姿。面白いのがカラン・シャワーが無いことで、湯船からお湯をそのまま汲んで体を洗います。飯坂温泉の外湯はこのスタイルが基準だそうで、お湯は46℃もあり鬼のように熱いです。

 

 他にも「導専の湯」「仙気の湯」「切湯」「八幡の湯」等が点在してあります。飯坂温泉は弱アルカリ性の単純温泉で、効能は神経痛・筋肉痛・関節痛等。なんでも「仙気の湯」はヘルニアに良いそうで、「切湯」はその名の通り切り傷に効くとか。効能もそれぞれちょっとづつ違うようです。

 

 風呂上りにチョイと小腹がすいたら、街のあちこちで手に入る「ラジウム玉子」がお薦め。いわゆる温泉卵なのですが、大正初期に販売開始した当時、この飯坂温泉でラジウム泉が日本で初めて発見されたことから命名されたもので、別にラジウムを含んでいるわけではありません。70℃の源泉に30分程浸して半熟に茹でてあり、トロリとした食感が滋味深くて美味。鯖湖湯近くの「玉手商店」が元祖で、一個からでも購入可能。風呂上りのビールのお友に。

 

 他にも松前漬の数の子抜きみたいな”いかにんじん”や、卵メインによる瓦煎餅の”巻せんべえ”と、ユニークな御当地グルメが色々あります。いかにんじんは俳優の佐藤B作氏の実家が駅前にあり、その家業の八百屋「佐久商店」で販売中。
 数あるグルメ商品の中でも一番有名なのはおそらく餃子。餃子を鉄鍋で円盤状に敷き詰めて焼き上げる円盤餃子に特色があり、玉手商店近くの「照井」「ひたち」で味わえます。薄皮で包みカリッと香ばしく焼き上げた小振りな餃子は、スナック感覚で幾らでも胃袋に流し込めそう。夕方からのみの営業の「照井」は中々混む店なので、外の足湯で気長に順番を待ちましょう。

 



 「鯖湖湯」
   〒960-0201 福島県福島市飯坂町湯沢32
   電話番号 024-542-2121(パルセいいざか)
   開館時間 AM6:00〜PM10:00
   休業日 月曜日