依水園 (いすいえん) 名勝



 奈良と言えば鹿、実は結構凶暴な鹿が東大寺の南大門あたりで、雲助紛いの風情でゴロ巻いていたりするのを良く見かけますが、そんな食欲旺盛な鹿たちも足を踏み入れられない素敵な日本庭園が南大門のすぐ隣にあります。東大寺の境内の南西隅にあたる場所に、「依水園」と「吉城園」と趣の異なる二つの庭園があり、普段は観光客で落着かない周辺の喧騒さからひととき逃避できる空間になっています。このうち依水園は茶室が点在する池泉回遊式の庭園で、併設として東洋陶磁器を中心とした古美術コレクションを所蔵する寧楽美術館が敷地内にあります。

 

 「依水園」の命名は南大門の門前を横切る吉城川が引き入れられていることによるそうで、確かに水に纏わるモチーフが色濃い園内にはなっています。平面図で見ると瓢箪状に前園と後園とに分かれた構成となっており、入り口の木戸を抜けて入る前園は、大池に中島を造り茅葺の数寄屋風建物「三秀亭」を配置した江戸期の池泉回遊式の庭。17世紀に奈良の富豪の清須美道清の別邸として造られたものです。この前園は東大寺の敷地と言っても可笑しくない場所なのですが、元々は興福寺の塔頭だった摩尼珠院の跡地だった所で、江戸期に荒廃して園地化されたもの。三秀亭は食事も可能で、麦とろやうなとろが主なメニュー。

 

 前園の奥は苔むした敷地に茶室が点在する露地庭となっており、平面図でいうと瓢箪の窄まった所にある為に、さらに奥の後園へのコントラストを与える役割を担っています。裏千家の名席「又隠」の写しである「清秀庵」や、新薬師寺の古材が用いたり桂離宮の書院を模した床の間もある「氷心亭」など、数寄屋風建築のオンパレード。樹木に囲われてやや暗い敷地に、後園からの流水が茶室の側を抜けて前園へと辿り、二つの庭園との明暗と水の連続性が図られている模様です。

 

  

 この仄暗い露地庭を抜けると明るい後園が広がります。広い敷地に大池を掘り、中島をこさえて橋を架け、築山を盛り、石を組み、滝を造って水車小屋まで設えて、そして遠景に若草山や南大門の屋根を借景とした奥行きのあるスケール豊かな庭が造られています。元々は東大寺の境内でしたが明治期に裏千家の十二世叉斎が設計した庭で、前園共々1939年(昭和14年)に神戸の富豪中村家が購入し現在に至ります。茶室がゴチャゴチャした露地から一転して後園のカーンと抜けるような広大な空間が現れる時がこの庭園の最大のウリなのでしょう。

 

 



 「依水園」
   〒630-8208 奈良県奈良市水門町74
   電話番号 0742-22-2173
   開園時間 AM9:30〜PM4:00
   休園日 毎週火曜日 年末年始 盆休み