表慶館 (ひょうけいかん) 重要文化財



 東京上野の東京国立博物館(通称東博)と言えば、収蔵されている美術品の量・質ともに我国ダントツの規模を誇る文化財の宝庫なのですが、例えば建造物も芸術品という見地で捉えればこの東博の建築コレクションもタダモノではなく、因州池田屋敷黒門(国重文)に奈良十輪院校倉(国重文)や、小堀遠州に金森宗和といった名だたる茶人好みの茶室と、京都御苑にあった九条家の公家屋敷も移築された、様々なジャンルの多岐にわたる古建築が、多数点在するスポットなのです。
 博物館の展示館も敷地内に全部で5棟もあり、1棟だけでも充分にメインをはれる程の規模の大きなもので、建造時期の変遷から多彩な様式の建物が並ぶ、美術館建築の見本市みたいな所でもあります。例えば本館は巨匠渡辺仁による第二次世界大戦直前のナショナリズム勃興期の帝冠様式という和洋折衷建築に対して、隣の表慶館はフランス建築の達人だった片山東熊が設計した明治期のバロック様式による西洋建築、戦後の東洋館は美術館建築のオーソリティーだった谷口吉郎のモダンな和風、その息子でありMOMA(ニューヨーク近代美術館)も手がけた谷口吉生による法隆寺宝物館に平成館と、その時代を代表する名建築家の優れた作品が一同に会するのもこの博物館のタダモノではないところ。本館と表慶館は国の重要文化財の指定も受けています。
 その展示館の中では一番古い表慶館は、大正天皇結婚の際に慶びを表すということから計画され、建設費40万(現在で12億)で1908年に竣工された皇室の宮廷建築。当時は本館がコンドル設計による赤煉瓦の洋館だったのですが、関東大震災で崩壊してその後今の帝冠様式に変った為に、この表慶館建築当初の師匠と弟子の美しい洋館のコラボレーションは失われてしまいました。

 

 設計した片山東熊は明治期の代表的なフランス建築の設計士で、宮内庁に勤務して宮廷建築家として活躍した人物です。宮家や華族の邸宅を多く設計し、目白の細川邸や高輪の竹田宮邸(現新高輪プリンスホテル貴賓館)はその遺構。この東博以外でも京都と奈良の国立博物館の本館を手がけ(両方とも国重文)、東宮御所の迎賓館赤坂離宮はその総決算的な作品。赤坂離宮はこの表慶館の翌年に完成しているので形式に共通点が多く、試しの迎賓館とも言えます。ふつうこの時期ですとネオバロックが主流なのですが、片山東熊は17世紀の太陽王ルイ14世が治世していた時期の最初のバロック様式を参考にすることが多く、赤坂離宮同様にこの表慶館もバロック様式によるものです。

 

 バロック様式の特色として、中央からシンメトリーに翼部を大きく伸ばし、中央部に列柱を並べた突出部を造り、屋根にマンサードと呼ばれる小山かドームを載せ、壁面にメダリオンと呼ばれる凝った装飾を付け、角に段積みを施してアクセントを与える、明るく華やかで壮麗な建物という点です。ヴェルサイユ宮殿やルーブル宮が代表作品。この表慶館も華麗な装飾が随所にあり、特にメダリオンは楽器・画材・大工道具・製図用品・般若面と多彩なモチーフの図案が並ぶのですが、なぜか和風が多しです。

 

 屋根は銅板葺きで一見石積みに見えますが煉瓦積みです。色々と細かい装飾が多様に施されていて、ドーム前には青銅鋳物の香炉が載り、入り口には神社の狛犬のようにライオンが吠えています。

 

 内部は中央に高く吹き抜けた玄関ホールを配置し、そのホールを軸に三方向へ展示室が続き、南北に突き出した円形ドームに階段が配された構成で、平面図を見ると十字架の上部にあたる部分をそのまま影絵の様にスケッチした形状です。正面の階段を上って重厚な扉を開き、玄関ホールへ入るとまず目につくのが床のモザイクタイルで、7色による幾何学模様の異国風の図柄が敷き詰められています。なんでも焼き物ではなく、フランス産の大理石を嵌め込んだものとか。そして見上げると天井は高く吹き抜け、大きな円形ドームの内側に、外壁のレリーフ同様に様々な図案の画が描かれています。
 またこのホールは床や天井だけでなく装飾が豊かな空間で、円形に歪曲した壁面に窪みがあり、そこの頭部は貝殻のようなレリーフが穿たれています。

 

 

 展示室を抜けて至る両サイドの階段室は、小振りの円形ドームに合わせるように両側に螺旋階段を這わせ、その階段が合流する2階にテラスの様に張り出しを設けていて、劇的な印象があります。手摺もバロック様式らしく文字通り曲がりくねった優美な意匠のもの。

  

 階段室の入口は1階2階ともオーダー(列柱)が迎えてくれるのですが、1階はローマ建築のトスカーナ式なのに、2階はギリシャ建築のイオニア式という様式の違う構成で、何故なのでしょうね?

 

 ホールの2階部分はこの建築の最大のビューポイント。吹き抜けに合わせて回廊を廻らし、8本のイオニア式のオーダーがドームを支え、天井には油彩による女性や琴・杯・剣などの古典的西欧風なモチーフの絵が描かれており、皇室慶祝の場としての厳粛かつ壮麗な空間が創造されています。この表慶館は以前は考古学とアイヌ民族学の展示施設として常設公開されていたのですが、平成館が完成してからは特別展以外は閉鎖されることが多く、せっかく修復工事も終えたことですのでもっと有効利用されることを望みます。

  

 



 「東京国立博物館」
   〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
   電話番号 ハローダイヤル 03-5777-8600
   開館時間 AM9:30〜PM5:00
   休館日 月曜日 12月28日〜1月1日