日吉大社 (ひよしたいしゃ) 国宝



 関西では神戸福原と並ぶ二大ソープランド街である雄琴温泉の隣町が、比叡山延暦寺の門前町である大津市坂本。因みに有名ソープ街は何故か大寺院に近く、代表的な例として東京吉原と浅草寺や川崎堀之内と川崎大師などがあります。で、その坂本ですが、そんな甘い石鹸の香りは微塵もせず、比叡山の麓に沢山の寺院が密集していて、辛気臭い線香の香りが充満している静かな湖畔の寺町です。
 ここでユニークなのはJR湖西線の比叡山坂本駅から比叡山に向かって真直ぐ参道が伸ばされていて、その両側には50余りの寺院がひしめき合っているのですが、参道の終点には大きな赤鳥居が聳えており、神社の境内に入ってしまうこと。神社の門前に塔頭のように寺院が建ち並んでおり、近世までの神仏習合の影響が残る街並みです。この神社は全国の山王神社の総本宮である日吉大社で、延暦寺との繋がりが非常に強いお社。境内もその延暦寺の下に広大な敷地を抱いており、山中に諸殿が点在する姿は延暦寺と似た構成とも言えます。

 

 延暦寺が東塔・西塔・横川と分かれるように、この日吉大社も東本宮・西本宮と大きく境内が分かれており、ポツンと離れた位置に牛尾宮・三宮があるのも、横川が東塔・西塔と遠く離れた位置にある延暦寺と似た配置構成です。
 元々「ひえ」と呼ばれていたように比叡山延暦寺の鎮守社として繁栄したお社ですが、古墳や神社の原型である磐座(いわくら)が数多く点在していることから、古代よりスピリチュアルな神聖な場として崇められていた場所なのでしょう。鬱蒼と茂る老木の大樹が深く濃密な森を形成し、比叡山の山肌を伝って集められた大宮川の清流がその豊かな森の中を巡り、眼下の琵琶湖へと注ぎ込んで行きます。参拝はこの森の中をオリエンテーリングしながら諸社を巡るもので、小一時間ばかり森林浴気分でプラプラ進みます。楓が境内に三千本もあるので、紅葉の名所としても有名。
 その参拝の入口と出口に必ず渡るのが大宮川で、それぞれ石橋が架けられてあります。西本宮側にあるのが大宮橋と走井橋、東本宮側にあるのが二宮橋で、江戸初期の1669年(寛文9年)建造の花崗岩製の橋。以前に架けられてあった木造の橋を架け替えたとかで、デザインもそのまま踏襲しているそうです。いずれも国の重要文化財指定。

 

 

 

 参拝コースは西本宮からのようで、大宮橋を渡ってプラプラ行くととてもユニークな鳥居が登場します。山王鳥居と呼ばれる鳥居の上部に山型の破風が乗った独特のスタイルで、この日吉大社固有の形式。神仏習合を表しているとかで、合掌鳥居とも呼ばれているそうです。
 ところでこの神社は猿を神の使いとしているとかで、境内のあちらこちらに猿由縁のモチーフが点在しています。山王鳥居の手前には小さな檻があり、中でニホンザルを監禁中。猿を大事にしているというよりは、虐待に近いような気が・・・。

 

 その山王鳥居の先にあるのが西本宮で、社殿の周囲を回廊が取り囲み、正面に楼門が開かれた配置構成。この日吉大社は信長の延暦寺焼き討ちとセットでしたので、今に見る社殿群は全て信長死後の秀吉の頃。日吉丸という幼名もあって再興したそうですが、猿つながりもあるのかもしれません。1586年(天正14年)に西本宮が再建されており、その約10年後に東本宮が再建されています。
 西本宮の楼門は屋根が入母屋造り檜皮葺による三間一戸の門で、屋根下の四隅に軒を支えるように猿の彫刻があるのも猿由縁の物。秀吉由縁のモチーフとも言えますね。国重要文化財指定。

 

 楼門の奥に一列に並ぶのが、拝殿と本殿。手前の拝殿は屋根が入母屋造りの檜皮葺で、方三間の妻入りによる建物。壁の無い四方吹き放しの簡素な建物ですが、細部には屋根の妻飾りに木連格子が施され、回縁には高欄が取り付き、内部の天井は中央が一段高くなった折上小組格子天井と凝った意匠が見られます。国重要文化財指定。

 

 

 奥の本殿は国宝に指定された代表的な神社建築で、特に日吉造と呼ばれるこの神社独自のスタイルで建造されたとてもユニークな建物です。まず屋根が正面から見ると檜皮葺の入母屋造りに見えますが、背部に回ると途中で上からスパッとブッタ切れており、正面と背面ではマスクがまるで異なります。大きさは桁行五間奥行三間ですが、内部は三間×二間の内陣に一間の外陣を正面と側面に取り回した構成で、背面に外陣が無いことから屋根の形状も途中で途切れてしまっているというわけです。一番影響が出てしまう背面の庇の端部は、縋破風(すがるはふう)によって優美な曲線で上手く収められています。
 外観も神社というよりは仏堂を思わせるもので、ここでも神仏習合の影響が見られますが、正面に嵌められた蔀戸や浜床、柱上の舟肘木に縁高欄など細部に中世の貴族住宅の名残が見られ、やはり特異性に満ちた社殿と言えるでしょう。

 

  

 この西本宮の東側には摂社の宇佐宮と白山宮のそれぞれ本殿・拝殿が並んで建てられており、特に宇佐宮の本殿が日吉造による社殿です。何れも桃山期の慶長年間に再建された社殿群で、国重要文化財指定。
 ここで面白いのが、境内全体の社殿群の配置構成で、西本宮・宇佐宮・白山宮が直列に三連並び、離れて摂社の早尾神社と産屋神社が置かれ、さらに離れて東本宮がある平面構成は上から見ると北斗七星の配列パターンとなること。なんでも西本宮は天智天皇が大津京を遷都した際に奈良の大神神社から分祀されているそうで、この大神神社の真北に位置することから中国の北辰信仰の影響があるのではないか?とのことです。

 

 白山社を離れて深閑とした仄暗い森の中を進むと、もう一つの本宮である東本宮に辿り着きます。西本宮同様に社殿群の南側に楼門が置かれた構成で、この楼門も同様に屋根が入母屋造り檜皮葺による三間一戸の門です。1573年〜93年(天正〜文禄2年)にかけて建造されており、国の重要文化財指定。
 この楼門に続く参道の手前に猿そっくりの岩が置かれており、参拝客を見送りしているとか。

 

 社殿群は西本宮と同様に楼門の奥に拝殿と本殿が直列に並ぶ構成ですが、ここではその拝殿の前に摂社樹下神社の拝殿・本殿がお互いに向き合うように建てられており、その二つの社殿の動線が楼門・拝殿・本殿との動線とクロスする珍しい配置。
 樹下神社拝殿は屋根が入母屋造りの檜皮葺で、方三間妻入りと西本宮拝殿と似た構造ですが、こちらは吹き放しではなく柱間に格子や格子戸が入る点が異なります。本殿は屋根が三間社流造りの檜皮葺で、軒下の構成は日吉造と似た意匠の社殿です。ちなみにこの二つの社殿は夫婦だとか。それぞれ1595年(文禄4年)に建造されており、国の重要文化財指定。

 

 平坦な西本宮と違ってこの東本宮は傾斜地となっており、樹下神社拝殿・本殿からは一段上がる形で拝殿・本殿が並びます。この東本宮は大神神社から分祀された西本宮とは違って古来から伝わる地主神「大山咋神(おおやまくいのかみ)」を祀っているお社なので、西本宮よりも新しい社殿群ながらより古い様式で建造されている点に特徴があります。
 拝殿は屋根が入母屋造りの檜皮葺で、方三間の妻入り吹き放しと西本宮と全く同じ構成ですが、内部の天井が小組格天井となる点が異なります。1596年(文禄5年)の建造で、国の重要文化財指定。

 

 

 西本宮同様に国宝に指定されている本殿は、屋根が日吉造の檜皮葺で、桁行五間奥行三間とこれも西本宮と同じ構成。たしかに前から見ればコピーのような社殿なのですが、実は裏に回ると中央三間の回縁と高欄が一段高くなっており、柱上も四隅を除いて舟肘木を用いず直接桁が受けており、西本宮の側面に開けられていた連子窓がありません。元々は三間×二間の身舎に前面と側面の三方向だけ庇を取り回した簡素な社殿が進化して今見る姿となっているので、この背面中央部の回縁と高欄が高くなっているのは前身の建物の名残なのでしょう。細部の意匠が拝殿同様に西本宮と比べてシンプルになるのも、それだけ古式を伝えている証ですし、1595年(文禄4年)と西本宮より8年遅い建造なのにより古い様式を踏襲しているのは、この東本宮がアニミズム的な気配が強い場所ということなのでしょう。

 

 



 「日吉大社」
  〒520-0113 滋賀県大津市坂本5-1-1
  電話番号 077-578-0009
  参拝時間 AM9:00〜PM4:30 年中無休