日奈久温泉 (ひなくおんせん)



 その昔は熊本から鹿児島へ向かうには、八代から球磨川沿いに人吉経由で進む山越えルートがメインだったそうで、当初のJR鹿児島本線もこのルートでしたし、現在でも九州自動車道がこちら側を通ります。水俣経由の海沿いルートは昭和初期になって開拓されたもので、当時はこちらが肥薩線と呼ばれていました。特に八代-水俣間は最後まで工事が残った箇所で、海沿いの平地の少ない入り組んだ地形が交通の便の悪さを招いており、さらに塩の強い痩せた土壌で農業が難しいことなども水俣病の遠因にもなったようです。
 それでもこの区間はリアス式海岸と天草諸島の遠景が織り成す風光明媚な美しい景色が広がる地域で、特に歴史の古い鄙びた温泉場が点在しており、美しい入江を持つ漁師町と年季の入った温泉旅館が建ち並ぶ湯治場とが合体したような街並みが見られるのが最大の魅力。
 八代市郊外にある日奈久温泉もそんな温泉場の一つで、遠く天草を望む海辺の静かな温泉町は独特の旅情感を湛えており、漂泊の俳人種田山頭火がその街の風情をいたく気に入り、度々来訪し逗留したことでも知られています。今は第三セクター肥薩おれんじ鉄道の無人駅となった日奈久温泉駅には山頭火の木像も置かれ、ホームに降り立つ乗客をお出迎え中。駅は温泉街からは少し離れているので、足腰の弱い高齢者の為に竹杖も自由に貸し出されています。山頭火のように杖を突きながらのんびりと散策しろってことなのでしょうか?

 

  

 なんでも開湯は室町期に遡るそうで、江戸期には熊本藩主の細川家の藩営温泉に指定され、八代城主や薩摩の島津家の御殿様もお通いになった熊本県下最古の温泉場。街の中心部を古街道の薩摩街道が細くクネクネと貫いており、この街道を中心に路地が細かく張り巡らされ、いい感じに出汁の利いた物件(旅館・土産物店・スナック・マッサージ等)が軒を連ねて建ち並ぶ、チープでディープなレトロ温泉街の光景が見られます。慰安旅行向けの大型ホテルが無いあたりに好感持てますね。

 

 

 街中には共同浴場も4ヶ所ほど点在しており、その名の通り街東にある「東湯」と街西にある「西湯」は地元住民向けの外湯。街中心部には藩主御用達の御前湯があったそうで、跡地には温泉センター「ばんべい湯」として近年リニューアルされて運営中。サウナや露天風呂・家族風呂も完備し三階には展望台もあって、不知火海に浮かぶ天草諸島の眺望も楽しめます。外には足湯も有り。

 

 

 それと昔ながらの木造旅館がよく残されており、特に「金波楼(きんぱろう)」は1910年(明治43年)に開業した当時の木造三階建ての建物で今でも営業する百年旅館。まるで舞台のような劇的な空間を見せる玄関部や、中庭から射し込む光で明るい長い廊下に、凝った紋様を見せる磁器タイルが貼られた洗面所など、見所満載のレトロ建築はこの温泉街のシンボル的な存在で、国の登録有形文化財の指定も受けています。日帰り温泉も運営中。

 

  

 で、この金波楼の対面にあるのが片山蒲鉾店。なんでもこの日奈久温泉はちくわが有名だそうで、街中あちらこちらに蒲鉾店が点在しており、各自独自の製法でちくわを焼き上げて販売中。不知火海名産のハモを練り込んであるそうで、プリンプリンした弾力のある食感が美味。風呂上りのビールのおつまみにでも。

 

 街のすぐ裏手は山となり、温泉街の背後を肥薩おれんじ鉄道(旧鹿児島本線)の線路が貫きます。この山の麓に温泉神社があり、何故か境内には相撲桟敷があります。江戸期に有志がこの桟敷を造ったそうで、近年までは九州各地から強豪力士が集まる奉納相撲が開催されていたとか。段々状の野外劇場のような造りなので、今でもイベント等に使われているようですね。
 高台にあるので眺望がとても良く、晴れの日には遠く天草の島影も望めます。

 

 



 「日奈久温泉センター」
   〒869-5135 熊本県八代市日奈久中町316
   電話番号 0965-38-0617
   営業時間 AM10:00〜PM10:00
   休業日 第三火曜日

 「金波楼」
   〒869-5134 熊本県八代市日奈久上西町336-3
   電話番号 0965-38-0611
   立ち寄り湯 平日PM3:30〜9:00 土日祝PM0:00〜9:00