雅俗山荘 (がぞくさんそう) 登録有形文化財



 阪急東宝グループの創業者だった小林一三は実業家としての顔だけではなく文化人としても知られており、俳句や小説を書く文人であり、古美術家の蒐集家であり、何よりも”逸翁”の雅号で知られる茶人でもありました。大阪池田にある自邸だった雅俗山荘は、没後にその優れた逸翁コレクションの公開保存を行うギャラリーとして機能していましたが、近年別の場所に「逸翁美術館」が新築されてそちらへコレクションは移され、自邸の方は改めて「小林一三記念館」として生前の多岐にわたる様々な業績を紹介する施設に変更されています。
 ハーフティンバーによるチューダー様式の洋館は、一階の一部が高級レストランとして営業されていますが、意外と和室も多く庭には茶室も多く造られ、昭和期の代表的な茶人だった逸翁の面影が見られます。洋館の手前に庭園へ出られる入口があり、自由に茶室見学が可能です。

 

 

 以前は五棟ありましたが現在は三棟。最初に登場するのが「人我亭(にんがてい)」で、この茶室は没後に移築されたものですから逸翁とは無関係です。なんでも生前に同名の茶室があったそうで、没後七年の1964年(昭和39年)に近隣の家にあった茶室を移築したものです。四畳半切りの標準的な又隠型の茶室で、毎年命日の1月25日にここで茶事を行うとか。
 茶室本体よりも目を惹くのが水屋前の通路がタタキ土間になっており、そこに修学院離宮上の茶屋の隣雲亭の一二三石のコピーがあること。移築の際に茶室研究で著名な岡田孝男が携わっているので、そこに由来するものなのかもしれません。

 

 

 洋館の前をグルッと廻り込んで庭の一番奥にあるのが「費隠(ひいん)」。こちらは逸翁自身の手により移築された茶室で、元は京都の寺院にあったものを戦時中の1944年(昭和19年)に邸内へ移されています。
 外観は屋根が切妻造りの銅板葺で、東側だけに庇を付けた形状をしており、建築面積は7.8u。北西隅に躙口を設け、その上に連子窓を開けた構成で、西側の妻上に扁額が掲げてあります。席名は近衛文麿によるもので、第二次近衛内閣の商工大臣を務めたことによる関係から。

 

 内部は二畳に浅い室床が付く構成で、待庵と似た平面となりますが、まず腰張りに古文書である郷民の連判状が使われている点と、西側に大きな花頭窓が開けられている点が変わっています。禅寺にあったものなのでしょうか、室内に差しこむ花頭窓が描きだす影は、厳粛な気配を漂わせています。

 

 

 そして最後の茶室が洋館内の広間に接続する形で建つ「即庵(そくあん)」。こちらは戦前の1936年(昭和11年)に建造された茶室で、逸翁自身の設計によるものです。外観は屋根が入母屋造りの桟瓦葺で、銅板の庇を取り回した形状です。一番に眼を惹くのは躙口や貴人口等が一切無く、出入り口が全てガラス戸で仕切られている点で、茶室と言うよりは一般の商店のような面構えです。

 

 内部もそのガラス戸に沿って南側と西側に瓦敷きの土間が走り、上の天井は化粧屋根裏の開放的な構造で下には椅子席が置かれています。一方内側はオーソドックスな三畳台目の席となり、土間との間に障子を嵌めれば一般的な三畳台目の席としても使えます。
 いわゆる立札式の席で、明治期以降の西洋文化の影響を受けて出現した新しいタイプの茶室ですが、逸翁自身が宝塚歌劇団や阪急百貨店梅田本店大食堂等の先進性を盛りこんだアイデアマンとして知られる実業家でしたので、既存の概念から解き放たれた新しい茶道を目指してこんな茶室を造ってみたのでしょうね。
 「即庵」と「費隠」は国登録有形文化財指定。

 

 

 庭園には様々な石燈籠や蹲踞が点在していますが、この御屋敷は戦後すぐにGHQに接収されていましたし、「即庵」以外の席は移築されたり新規に造られたものなので、どこまで逸翁の手によるものなのかは不明。

  

  

 この雅俗山荘にあった茶室の内、「大小庵(だいしょうあん)」という名の席が、近くの池田文庫内に移築されています。この茶室は元は「田舎家」と呼ばれていたもので、実は二代目のもの。先代の「大小庵」は古くなって他所へ譲られて、1941年(昭和16年)に再建されたものです。逸翁が愛用していた席だそうで、没後の1960年(昭和35年)に当地へ移築されています。
 外観は屋根が切妻造りの桟瓦葺で、四囲に柿葺の庇を取り回し、妻側に破風板を打ちおろした瓦屋根が取り付く形状。茶室にしては少し重厚な面構えで、少々野暮ったい風情から、逸翁が「田舎家」と呼んでいたようです。
 妻側に掲げられた扁額は、三井家当主でやはり茶人仲間だった三井高保によるもの。

 

 この茶室も「即庵」同様に躙口や貴人口が無く、障子戸によって仕切られた形状で、庇の下は土間となっています。また内部は四畳半台目の席ですが、広さは違えど意匠が「即庵」と似た構成となっており、もし仮に庇土間を内部に取り込む構造にすると「即庵」とほぼ同じような茶室となります。このスタイルがお好きだったようですね。
華美にならずに奇をてらわず明るく開放的なその傾向は、阪急東宝グループのイメージに近いのでは。

  

 



 「小林一三記念館」
  〒563-0053 大阪府池田市建石町7-17
  電話番号 072-751-3865
  開館時間 AM10:00〜PM5:00
  休館日 月曜日

 「池田文庫」
  〒563-0058 大阪府池田市栄本町12-1
  電話番号 072-751-3185
  開館時間 AM10:00〜PM5:00
  休館日 月曜日