藤井彦四郎邸 (ふじいひこしろうてい) 滋賀県指定文化財



 近頃は”てんびんの里”として観光キャンペーン中の五個荘の町、その街巡りスポットの中心となっているのは金堂地区で、掘割を廻らした水路に商人屋敷が建ち並ぶさまはたしかに風情があり、文化庁の重伝地区に選ばれるのもなるほどなと思わせますが、五個荘は近江八幡と違って農民が農閑期に兼業で商売を始めた由来から判るとおり本来は農村が基盤となっており、その意味ではこの五個荘では田畑の無い金堂は逆に特殊な地域。金堂地区から少しばかり離れると、途端に田圃や畑が延々と続く長閑な田舎になります。金堂地区に集中する近江商人屋敷と共に、この町の豪商屋敷巡りの一つとなっている藤井彦四郎邸も、そんな田畑のど真ん中の宮荘地区に豪邸を構えていて、今は行政に寄贈されて近江商人屋敷の一つとして公開されています。

 

 藤井彦四郎邸は「スキー毛糸」で知られる株式会社藤井の経営者だった当主が、1934年(昭和9年)に生家の隣に造営した別邸で、敷地面積が8155u(約2500坪)という広大なもの。本邸は戦前の御大尽らしく京都市左京区の鹿ヶ谷(哲学の道界隈)にあったようです。ちなみに株式会社藤井は平成不況にドップリ嵌り、アマちゃんの世襲同族企業がこのグローバル化社会を生き残っていける筈も無く、2000年9月にあえなく倒産しました。「スキー毛糸」は別の会社で今も販売中。
 でこの豪華な別邸は皇族方や貴賓客を迎える為の迎賓館として造営されたそうで、広大な敷地に主屋と客殿と洋館が建ち並び、さらには化粧棟や土蔵もあるという、正真正銘のセレブの御屋敷。御立派な門の奥に、まず客殿の来賓用の玄関があり、ここから内部へ入ります。

 

 この客殿は1933年(昭和8年)に建造された木造平屋の和風建築で、県の文化財に指定されています。建築面積は220.3uあり(約67坪)、屋根が入母家造りの桟瓦葺。内部には書院造の座敷が3列並び、その南側を縁側が取りまき、庭側を全てガラス張りにした明るく眺めの良い空間。照明器具も漆の枠に組子細工を施したモダンな和風といった意匠です。この広い廊下は日当りも良く、庭を眺めて転寝でもしてみたい気になります。
 座敷は何れも上質の檜を使い螺鈿細工等の高級調度品が施された豪華な部屋で、特に上段の間は床の間が黒漆の床框に花頭窓、さらに折り上げ格子天井を施したVIP向けの空間。実際に皇室の方々もこの部屋で歓待されていた模様です。

 

  

 この客殿の南側には広さ800坪という広大な地泉回遊式の庭園が広がっており、特に上段の間からが一番の眺め。庭には琵琶湖を模したという池があり、その周囲を大小様々な燈籠や珍石・名木を配し、築山や石橋を造って琵琶湖周辺の美しい風景を再現したとのこと。借景式にもなっているようで、個人の庭とは思えないほど雄大でスケールの大きな庭園です。

  

 客殿を中心にして主屋と洋館があり、それぞれを結ぶ渡り廊下がまた中々凝った造りで、長枌板を用いた化粧屋根裏天井に、小丸太の垂木を添えた軽やかな数寄屋風。この渡り廊下は国の登録有形文化財の指定を受けています。

 

 その渡り廊下で繋がる奥の洋館は、1934年(昭和9年)に建造された山荘風の建物で、木造平屋建ての屋根が切妻造りの赤瓦の桟瓦葺。外壁は丸太張りのログハウス風で、なんでも当主が欧州視察の際にスイスを訪れて、その時に滞在したロッジを倣ったとか。広さは客殿の半分の104.4uで、内部は洋間一つだけ。

 

 内装も山荘風で統一され、杉皮の格天井に凝った照明器具、ハーフティンバーの壁にマントルピースと、アルプスの山小屋の中の如く。調度品も往時の物が残されていて、中央のテーブルは1920年代に製造された英国製のオーク材によるドローリーフ・テーブル。戦前の大富豪は和館と洋館を並列することが多く、特に外国人バイヤーとも取引のあった当主は、このような洋館が必要だったのでしょう。この洋館も県の文化財指定。

 

 客殿から洋館の反対側へ連なるのが主屋で、元々は別の場所で当主の住居兼仕事場だったもの。当主の父親が息子の為に本家の横裏に購入していたもので、寛政年間に建てられた町屋造りの建物です。当主が莫大な財を蓄えて京都に豪邸を構え、この地に別邸を造営した際に、昔を忘れないようにということで1932年(昭和7年)に別邸内に移築しました。木造二階建ての屋根は切妻造りで桟瓦葺。建築面積は255.8u(約77.坪)で、国の登録有形文化財に指定されています。

 

 内部は整形四間取りに作業場としての広い土間が付きますが、1899年(明治32年)に座敷部を増築し奥に土蔵を繋げています。この四間取りの部分は差鴨居を嵌めた強固で重厚な造りで、華美なものは一切無い質実剛健な空間。帳場や家族の茶の間として使われていたようで、あくまでも質素な倹約に重んじた生活ぶりが伺えます。
 土間も天井が高く吹き抜け、採光用の天窓が開かれ、竈に井戸と生活感漲る場です。客殿で催事が催された際にもここが使われたのでしょう。

  

 増築された座敷部も凝った意匠の無いシンプルな座敷で、当主がここに滞在する時の生活空間だったのでしょう。庭は客殿のとは違い、品の良い落着いた露地風の設え。

 

 



 「近江商人屋敷 藤井彦四郎邸」
   〒529-1404 滋賀県東近江市宮荘町681
   電話番号 0748-48-2602
   開館時間 AM9:30〜PM4:30
   休館日 月曜日 12月28日〜1月4日