オルト住宅 オルトじゅうたく) 重要文化財



 長崎港を一望に見下ろせる南山手地区に造られたグラバー園は、現存するものとしては日本最古の洋館であるグラバー住宅を中心に、開国当時の近代化遺産を数多く移築した観光スポットですが、そもそもは外国人居留地として開拓された住宅地に、後から市内各地に残る近代建築を次々に移築して出来たもので、グラバー住宅をはじめとする洋館群は当初から建てられたあったものです。長崎市内の街並の形成の過程は比較的明瞭で、室町後期に開港して以来南蛮貿易の拠点として発展し、中島川流域に整然とした区割りの市街地が形成され、鎖国後は河口に出島が埋め立てられてオランダ商館が出来、また市内南部の山裾にあたる館内町に在留唐人の居留地が造られて、さらにその東隣の丸山界隈に花街も出来て幕末までこの配置構成が続きました。開国後は西洋人向けの居留地として出島南の大浦地区を埋め立てて、さらにその山側の東山手と南山手の高台に住宅地を造成したのが今見られる姿で、このグラバー園は南山手居留地の一部だったものです。園内のグラバー住宅とリンガー住宅、それにオルト住宅が往時のままに残された洋館群で、いずれも国の重要文化財に指定されています。

 

 園内北端の一際眺望の素晴らしい位置にグラバー住宅が、その南側の一段高くなった場所にリンガー住宅があり、さらに園内南端の一番奥まった場所にオルト住宅があります。園内を順路に従って進むとリンガー住宅→グラバー住宅となるのですが、オルト住宅は盲腸の様にリンガー住宅から分岐しているので、気が付かないとそのままパスしてしまい、そのせいか記念写真ラッシュのグラバー住宅界隈に比べると比較的閑散としています。このオルト住宅はグラバー住宅に次いで現存するものとしては二番目に古い洋館で、幕末の1865年(慶応元年)に建造された江戸時代の洋風建築となります。市内に残る洋館としては最大のもので敷地面積は494.4uあり、外観は屋根が寄棟造りの桟瓦葺に木造石造りによる平屋建て。長方形の平面にベランダが周囲に取り巻くコロニアルスタイルの洋館ですが、ベランダにギリシャローマ風の古典的な列柱が整然と並んでおり、グラバー住宅の軽快さとは異なる重厚な趣を与えています。

 

 家主の英国人貿易商W・J・オルトは安政年間に来住した茶商人で、短期間で巨利を得てこの南山手に邸宅を持ちましたが、この時期の商人はいわゆる山師が多く、一発当てたらさっさと他所へ行くのが多いパターンの為、1871年(明治4年)にはもう売却して長崎からは消えたようです。たったの6年しか住まなかったこの建物は、邸宅というよりは外地赴任者向けの仮住居のようなもので、また風光明媚な長崎の風景を愉しむ為のチョイとした別荘みたいなものだったのでしょう。そのせいか玄関ポーチ前にはスペイン風の噴水もあってどこかリゾート調。ちなみにこの噴水も国の重要文化財の指定を受けています。

 

 切妻屋根の玄関ポーチは当初のものではなく、明治10年代に後補されたもの。オルトの帰国後は1880年(明治13年)から1882年(明治15年)にかけて近所の活水女学院の校舎として使われていたそうなので、その際に改造されたものかもしれません。外観では正面と両側面をコの字型に取り巻くベランダに特徴があり、まず天井に菱組網代を張り軒下を漆喰蛇腹で固め、その下を柔らかい砂岩系の天草石によるトスカナ様式のオーダーで支え、床をやはり天草石の四半敷きで調和を保ち、壁面も天草石を積み窓の開口部を鎧戸付きの腰高ガラス窓で構成した、華やかで開放的なやはりリゾートホテルのような意匠となっています。内部の6部屋にそのまま出入りできるので、廊下としても機能していたのでしょう。

  

 内部は中心部に廊下が走り、その両側に応接室や食堂に寝室等の各部屋が整然と並ぶ平面構成で、平屋にしては部屋数が多く10室ほどあります。この中では玄関ホール両サイドにある応接室と食堂が接客用ということもあってか整った部屋で、天井・壁は壁紙が張られ、せいの高い幅木が回り、壁には鏡付きの石製暖炉も取り付けられています。応接室は平面が多角形のベイ・ウインド形式で、白漆喰の大壁式の日本式壁を蛇腹のアクセントと壁紙で洋風に見せているのですが、この住宅を手掛けたのは国宝の大浦天主堂の請負人だった天草の工匠である小山秀之進と考えられているそうなので、当然この時期に洋風建築の職人などいようはずもなく、随所に日本建築の工法が残っていたりします。

  

 

 寝室は全部で5部屋あり、そのうち4つの寝室には専用の浴室も付属しています。この時期に水周りが完備していたのは先進的なことで、グラバー住宅には風呂もトイレもありません。寝室群は天井・壁ともに白漆喰とシンプルな意匠に変わり、暖炉も木製と変ります。近代化の黎明期に造られた洋館としては最も均整の優れた整った住宅建築で、現代でもそのまま使えそうです。(但しトイレが無い)

 



 「グラバー園」
   〒850-0931 長崎県長崎市南山手町8-1
   電話番号 095-822-8223
   開園時間 AM8:00〜PM6:00
   休園日 年中無休