霊は光の自分 肉体は陰の自分
霊光燦然と輝く、陽光燦然と輝く霊は光の王国、
物質は陰性といって陰の自分、
陽と陰の法則は光と陰の法則、
光と陰のバランスによって全ての万象万物は成れりということです。
しかし、世の中は陰の世界を見てしまって、
光の世界を見失ってしまっています。
ほとんどの人が物質思考をして、
マイナスという陰性を追いまくっています。
観るべきものはプラスの側面、光の側面、内なる光です。
肉体という陰は、霊という光の操り人形なのです。
その光は宇宙に一つ、
この霊は善人にも悪人にも平等に注がれています。
それが霊太陽といわれているものです。
自分を霊だと観ている人はプラス思考の人、
自分を物質だ'と見ている人はマイナス思考の人です。
物は全てプラスとマイナスのバランスによって存在しています。
誰も陽と陰の法則を犯すことはできません。
それは愛の法則だからなのです。
霊は能動原理物質は受動原理物質自らは無です。
肉体自らは無です。
その肉体という陰には、必ず霊という光が宿っています。
一つなる光に基づいて万象万物は生かされています。
“神は光なりき"です。
それは普遍光、無限光、永遠に消えない聖なる光なのです。
外なる陰は内なる光には勝てなかった。
それが光と闇の戦い、ハルマゲドン、ジハード、聖なる戦いのことです。
霊に満たされるということ、光に満たされるということは同じことなのです。
その時、全細胞から光が放射されます。
その時、陰のあなたから光のあなたに変性され、
変容が起こり、初めて霊化された肉体、光化された肉体となるのです。
そして皆さんの全細胞から放射された内なる光、
オーラとも後光ともいわれる光が差すのです。
“我は世の光なり"とイエスキリストはいわれました。
皆さんは肉体全体を隅々まで霊という光で満たしたことがあるのでしょうか。
霊的体験とは光の体験のことです。
この知花は5・6歳の時、霊的体験をしたことがあります。
神様に“神様を見せてください"とお願いした時、
見るもの聞くもの全て光なのです。
全てが黄金に輝いていました。
私は怒りました。
神は白い洋服を着て、扇を持って立っていると思っていたからです。
そしたらまた、光しか見せてくれない。
その時、神は光であることを体感したのです。
後で分かったことは、神は光なり、全ては光なりきということです。
その光がなくては陰という形は存在できないのです。
霊的体験とは、光の体験のことです。
神こそ絶対実在、光こそ絶対実在ということです。
光と陰は表裏一体外を見れば陰の世界、
内を観れば光の世界、内なる光を内なる天、内なる神ともいわれています。
その神との対面を光との対面といわれるのです。
それは明想を通してしかやってこないのです。
一神への一心集中、光への一心集中、その光は智慧にして力なのです。
光はエネルギー、光に勝る智慧はない、
光に勝てる力はない、光ある所智慧があり、
光がある所力があるということです。
内なる光、内なる霊を目指さなければなりません。
智慧の泉、力の泉は汝の内に在りです。
陰は死に定まっていますし、光は永遠に定まっています。
これが霊不滅の法則、光不滅の法則というのです。
本当のあなたは“我は霊なり、光なり"といわねばなりません。
“我は霊より語る、光より語る"といわねぱなりません。
光のあなたのことを神我といい、陰のあなたのことを偽我といいます。
霊を観ている時は明想であり、物質を見ている時は陰を見ているのです。
光と陰は表裏一体、霊肉一体、肉という陰は光の操り人形なのです。
陰陽の法則、これは絶対なる愛の法則であります。
皆さんは物質という一側面だけを見るのではなく、
霊という光の側面とのバランスをとることが大切なのです。
光明思念と闇思念、
内なる霊を観ている時は光明思念、
外なる物質を見ている時は闇思念です。
内なる光と物質という闇との戦いをハルマゲドンといいます。
その戦いは姶まっています。
勝利しているか、敗北しているかは、あなたが一番よく知っています。
この世の物質という闇の中に光という霊の種が蒔かれています。
いつかは物質という闇から芽を出して、光の世界に皆さんは旅立つのです。
種物を植えるにも土という闇がなくては光を目指すことはできません。
自分の本性は闇ではなく、光であったと霊性という光の本性に目覚め、
“神性汝の内に在り、霊性汝の内に在り"
と光明思念へと皆さん方は旅立っていただきたいのです。
それは闇のあなたから霊という光のあなたに還ったということ、
今即霊、今即光ということなのです。
明想とは霊という光への一心集中、光明思念のことです。
光を得るためには光を凝視せねばなりません。
光明思念でなくてはならないのです。
鉱物界、植物界、動物界、人間界ことごとく一つなる光によって成れりなのです。
肉体は陰性、霊は陽性、陽光燦然と輝かせなければならない。
それは内なる霊的自覚、光の自覚に順応して現れるのです。
光が現れるということは智慧と力が現れます。
その光は永遠に消え怠い聖なる光です。
この世の物体という陰に何も恐れるものはないのです。
その陰に力を与えているのは己自身であるからです。
世の悪に力を与えているのはあなた自身です。
光はいかなるものの影響を受けません。
汝の観るもの受け継がんです。
陰陽のバランス、霊肉のバランス皆さんは自分が霊なのか肉体なのか。
これは時間あるごとに自問自答する以外に道はありません。
霊という光と陰という物質のバランスがあなたは取れているのでしょうか。
調和の取れている愛の人でしょうか。
霊と物質のバランスを取らなくてはならない。
天と地のバランスを取らなければなりません。
本当の調和とは霊・肉のバランスです。
バランスが取れていれば力が出るし、光が出ます。
陰と陽のバランスが取れていれば、智慧と力が出ます。
世の中があまりにも物質に片寄った時、病気が栄えます。
文化病といって、たくさんの病気が出てきます。
物質文明というのは皆がマイナスに片寄った状態を示しているのです。
今、地球は崩壊にあります。
これ以上の不調和の世の中を見たことはない、
地球は滅びる状態にあるのですよ。
なぜ、病気になるかということは、
能動と受動のバランスが崩れた結果ではないでしょうか。
霊と物質のバランスが取れていれば、病気は存在しません。
何故でしょうか、そこには光と力があるからです。
イエスの時代にもこういう質問がありました。
``先生、病気とは何でしょうか"と…。
イエスは``それは不調和の結果です"といわれました。
世の中に病気にならないようにすることを教えるよりも、
なぜ病気になるかということを教えるしかない。
神理を教えるしかないのではないでしょうか。
霊肉のバランス、陰陽のバランス、
光と陰のバランスを取るしかないということです。
この世はバランスで存在しているのです。
陰のあなたが光のあなたに還ることを昇天といいます。
光のある内に歩みなさい。
今、皆さんのハートに少しずっではありますが、光が差しつつあります。
光が現れれば、病・悩みという陰は消えます。
霊という光は常に完全なのです。
ここで軽く目をつむって、自分は光か陰か、
どちらが本当の自分かを見い出すことです。
ここで明想をしセいただきたい。
明想とは光への一心集中です。
(先生がマイクを通し、会場の皆さんに息を吹きかけられ、その後異言を語られます)
さあ、目を開けてください。答えは何でしたか。
陰でしたか、光でしたか。
“我は光なり"
神我への到達は光への到達です。
この世の陰は一つなる光の表現体だということを、
よくご理解していただきたいと思います。
皆さん、今日はすばらしいプレゼントがありました。
これは思いがけないプレゼントではありました。
これ(異言)は長い間起こらなかったのですが、
今日たまたまこういうことが起こりましたが、
皆さん良かったかもしれません。
私たちはもっともっと学び、
一人一人から光を放出されんことをお祈りしながら、
今日の勉強会を終わらせていただきます。
知花敏彦ホームページ