長崎新聞の朝刊みると、昨日(4日)揚陸艦ジュノーの艦長交代式が、同艦であったと報道している。艦長交代も興味があるが、何よりのショックはジュノーが帰港していたという事実だ。どこにいたのかといえば、立神6岸でしかない。毎朝弓張り下で監視してきたが、6岸の艦影はセーフガードとばかり思いこんでいた。それではセーフガードはどこにいったのか。ジュノーはいつ帰ってきたのか。
教訓を引き出すことは避けられない。
ジュノー艦長交代式について(長崎新聞報道から)
日時:1月4日、場所:立神岸壁接岸中のジュノー艦上で。艦長交代は、R・ヘンダーソン大佐から(1年2ヶ月の任務。このあと空母ジョン・F・ケネデイの艦長に着任する予定)C・マッコリー大佐(前の任務は原子力空母カール・ビンソンの副艦長)に変わった。式典には基地関係者と同艦乗り組み員ら約400人が出席した。ヘンダーソン大佐のあいさつ「米海軍佐世保基地の警備には、日本人も米国人も協力して充分任務にあたってくれた。友好的だった佐世保市民に感謝した」
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