米太平洋艦隊諜報センターの「太平洋港湾記録」
佐世保港

訳 冨塚明(ながさき平和委員会)

1.航海情報

A.港の概略(1990年1月)
 佐世保(北緯33度10分/東経129度43分)は本州の西海岸に位置し朝鮮の南西約193km(120マイル)にある。佐世保港(水深の深い港)は世界でも素晴らしい港の1つであり、60年間、日本帝国海軍の要となる港であった。
B.進入、灯台など(1990年1月)
 国防総省地図局水路測量地形測量センター発行159号(第4版1987年度)と海図97397を参照。(1989年3月)向後崎灯台は夜でも15カイリ先から見え、入港には良い位置にあった。海図の北緯33度06分50秒/東経129度45分10秒に記されている灯台はなかった。港の中では島の接線と向後崎灯台を利用して航路をしっかりと定めることができた。
C.水先案内(1990年1月)出版物159号を参照。
D.入口(1989年1月)佐世保港への入り口は多くの航海ガイドによく記されている。
E.航路(1990年1月)
 インディア・ベイスンへの航路はよく記されている。航路の中では弁天島灯台が容易に目につく。港湾条例では港内の速さは5ノットに制限されている。しかし、ほとんどの商業船はこれを守らず、後ろにいた船がすぐ近くに来る。
F.投錨(1990年1月)出版物159号を参照。
G.沈没船、障害物(1989年1月)
 弁天島周辺はたくさんの浅瀬がある。海図97600によれば難破船が北緯33度05分57秒/東経129度42分27秒にあり、完全に水没している。
H.潮汐および潮流(1989年1月)出版物159号、潮汐表、海図を参照。
 1989年版の中央・西太平洋およびインド洋の表によれば、佐世保は高さ0.7フィートで64分から83分の周期をもった静振(閉じ込められた、または半閉状態の海水の振動による定常波で、大気や潮によって引き起こされた力が中断したのちに起こり、持続する)がみられる。
I.天候および風(1989年1月)地域の状況は通信によって知らされる。
 九州は4月から12月にかけて熱帯低気圧の影響を受けるが、佐世保を襲う猛烈な嵐は6月から10月で、最大の脅威は8月である。脅威となる台風の約3分の2は佐世保に最接近する前に北東の方向へ動く。このことは熱帯地方からの台風の進路は中緯度地方の大気循環ために北東方向に再カーブし温帯低気圧にかわることを示している。時期が遅くなればなるほど再カーブしやすくなる。佐世保から離れた低緯度地方での熱帯低気圧の平均速度は10-20ノットで、緯度が北に5度増えるにつれて約4ノット速くなる。佐世保で熱帯低気圧の脅威となる範囲は3分の2以上が南である(南東から南西)。
 佐世保は空母を除けば、すべての船にとって好ましい台風の避難所である。佐世保港は陸地に囲まれた大きな湾であり、四方を丘や山によって守られている。港の地形のため北風と東風はほとんど遮られ、南風からも守られる。しかし空母は航行領域が広いため、台風の風の影響は厳しい。台風避難所の投錨能力はすばらしい。外港の台風避難所には十分な演習地がある。しかし船が特に多いときは空母は非常に制限される。内港でもまた空母はほとんど保護されない。ほとんどの場合、嵐によるうねりは最小であり、港内の浪の動きは台風の接近中はそれほどひどくない。港のサービスは素晴らしい。佐世保にとって脅威となる熱帯低気圧を分析してみると嵐をともなった大風が港の東か西を吹くことがわかる。およそ60%が東風、40%が西風である。この差が、それぞれの台風がどの程度佐世保に影響するかを決めるキーファクターである。局地的な地形のためにさらに風が遮られる。もし台風の進路が九州を横切って東によれば嵐は陸との間でいくらか勢いを失うだろう。佐世保の西を通過する熱帯低気圧の場合、進路は主に海上にある。このときもまた港は危険な半円内に入るることになる。この場合、恵比寿湾で停泊する船にとって針尾島の高さは風のバリアーとなる。波の最大の動きは西を過ぎる嵐と関係している。しかし入り口が狭いこともあり、港の形のために波の発生域が減り、台風による海の影響は最小になる。この状況でも、エビス湾では波の高さは1.5-2.4m(5-8feet)の範囲だが、インディア・ベイスンのすぐ南では1.2-2.1m(4-7feet)の範囲である。
 空母を除くすべての艦船にとっては港内に残ることがよい方法である。佐世保の外港にはすばらしい係留能力を持ったたくさんの停泊地がある。台風の時の停泊地は恵比寿湾のそばにあり、針尾島の丘に囲まれ風が遮られる。過去において台風の停泊地で鎖の不具のために船が係留地を離れる被害があった。横揺れを減らすために、第2の錨を下に落とすだけでなく二重の鎖を使ったり、ブイに向かって進むことが推奨される。嵐によるうねりは潮の0.3倍である。佐世保は潮の範囲は3-3.6m(10-12feet)なので 工作船、高速戦闘支援艦、給糧艦の大きさの船はインディア・ベイスンの第8・9埠頭で十分保護できる。さらに小さな船はウエット・ドライドックで完ぺきな保護ができる。
 空母は海へ回避したほうが良い。佐世保の近郊海域は制限されているので、回避は早く始めなければならず、台風の接近する2日前に始めるべきである。回避ルートの計画は NAVENVPREDRSCHAFC 技術書 5-76 の第1章と付録の1Aを参考にすると良い。
 基本的な回避方法は2つある。もっとも通常の方法は船を熱帯低気圧の南へ進ませ、航行可能な半円内に行くことである。もう1つの方法は北に進んで黄海や日本海へ行くことである。北の高緯度地方へ進むことは、海水の表面温度が下がるので嵐の勢いが弱まり、船の操作は容易になる。北緯35度での台風の中心風速は64ノット以下である。

2.係留および諸施設

A.停泊、波止場など(1989年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 水陸両用揚陸艦を付けられる場所は3ケ所ある。
 元 船 1隻
 飽 浦 1隻
 ジュリエット・ベイスン 1隻
 湾内の埠頭
  停泊地   水深(m/feet) 長さ(m/feet)
 インディア1  11.3/37    225/839
 インディア2  10.7/35    182/598
 インディア3  11.3/34    182/598
 インディア4  11.4/34    193/634
 インディア5  10.7/35    193/634
 インディア6  10.7/35    193/634
 インディア7  11.3/37    183/601
 インディア8  11.3/37    183/601
 インディア9  11.0/36    152/498
赤崎貯油所
 埠頭1      11.6/38    176/557
 埠頭2      11.4/37    176/557
 埠頭3      12.2/40    176/557
本船貯油所
 埠頭1      10.5/34    80/262
 埠頭2      9.8/32    80/262
横瀬貯油所埠頭  11.4/37    81/265
庵崎貯油所埠頭  11.0/36    81/265
 4.6 X 9.1m (15 X 30feet)の浮き箱は燃料補給埠頭から船を進ませるために用意されている。
B.燃料、潤滑油、ディーゼル油(1989年1月) (佐世保艦隊基地司令部)
 ここでは十分な燃料の補給を受けられる。燃料に関する要求はまず LOGREQ にすべきである。そのあとの要求は、燃料とディーゼル油は海軍燃料分遣隊に、潤滑油は補給部に連絡をとること。
 すべてのパックされた POL(石油・油・潤滑油)の要求は補給部に出さなければならない。潤滑油は208リットル(55ガロン)ドラム缶で供給される。ガスボンベが利用できる。
 ディーゼル油F76とJP-5は YON DELIVERED からいろいろな継ぎ手を通して毎時158,937リットル(1,000バーレル)を利用できる。F76とJP-5は燃料補給埠頭で利用できる。
C.機械取り扱い設備(1989年1月)
 操作部には2つの浮きクレーンがある。補給部は貯蔵作業をするための十分な施設が備わっている。固定式・移動式のクレーンも佐世保基地司令部施設部内で利用できる。
D.ドライドックおよび修理施設(1989年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 佐世保には広大な契約造船所とほとんどの種類の艦船の修理が可能なドライドックが2つある。契約業者は質の高い技術力を有し納期を守るので評判が良い。海軍艦船修理部佐世保分遣隊は、佐世保の米海軍の船のすべての修理作業を手配し、それに対する供給・計画・見積・質の保証および監督まで成し遂げる。佐世保での修理に関する通知は海軍艦船修理部佐世保分遣隊、横須賀海軍艦船修理部および佐世保艦隊基地司令部に提出すべきである。加えて、海軍艦船修理部佐世保分遣隊は佐世保での修理の援助が必要なすべてのCASREPSを実際に扱うべきである。佐世保での作業のほとんどは日本企業と契約されているので、機密扱いの兵器、電子機器、暗号装置の修理は横須賀海軍艦船修理部からの増員で行われる。海軍艦船修理部佐世保分遣隊の金属研究所はほとんどの機械的、電気的補修能力を有しているが、船同士の連結装置の修理と佐世保の能力を超える補修作業は通常、横須賀へ移される。携帯用の道具はレンタルで利用できる。
 郵便宛先: 米海軍艦船修理部佐世保分遣隊担当官, 私書箱16, シアトル艦隊郵便局 98766-2011. 
 メッセージ宛先: 米海軍艦船修理部佐世保分遣隊
E.倉庫および貯蔵施設(1989年1月)
 倉庫は一時的な貯蔵のために利用でき、供給財政部の顧客サービス係官を通して手配される(内線3417)。冷蔵所のスペースは限られている。しかし、地元のレンタル倉庫や冷蔵トラックを利用すこともできるので、到着前に手配されるよう LOGREQ を通して申し込むことが必要である。
F.荷役従業者(1989年1月)
 現地の労働力は供給サービス部を通して利用できる。供給財政部が雇う荷役従業者の仕事は荷積み、荷降ろしや弾薬、備品、食料、特殊物質の再積込に限られている。労働者の仕事には限界があり、すべての要求を満たすには不十分である。したがって船では要求を本当に必要なものに限り、できるだけ効率的に利用するよう指示される。申込先: DD 1149, CHARGEABLE TO SHIP'S OPERATING BUDGET TO SUPPLY AND FISCAL DEPARTMENT ATATING MON-DAY REQUIREMENTS
G.港の能力(1989年1月)
 佐世保を同時に訪れる艦船の数に制限はない。77の停泊地が佐世保基地に割り当てられている。停泊地の5つには長さ600-1000feetで吃水45feetまでの艦船を収容できる。インディア・ベイスンとSSK造船所の中には10の停泊地(長さ800feet)がある。
H.鉄道、道路および汽船による輸送(1989年1月)
 佐世保内外の道路はよい状況にある。日本の鉄道はひじょうに確実なサービスを与えてくれる。特急に乗れば佐世保から東京まで18時間の旅であり、新幹線を利用すればおよそ9時間である。公共輸送期間での相乗り通勤は運輸事務所(内線3326)に連絡を取るべきである。

3.役務、兵站および運用

A.はしけ(1989年1月)
 いろいろな押し船、貨物ボート、ウォーターバージ船、オイルフェンス筏(ドーナツ型)、YCバージ船、ペイント浮舟、浮き箱が港湾部で利用できる(内線3311/3442)。
 民間のタグボートと水先案内は港務部を通して手配できる。
 燃料が必要なときは海軍燃料分遣隊佐世保より利用できる。
B.浚渫船およびその他の船(1989年1月)役立つ情報なし
C.給水(1989年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 ボイラー用水は1日3万ガロンの軟水を作り出す装置4台から利用できる。携帯用水は佐世保市の水道システムからインディア・ベイスンの全部の埠頭で6.35cm(2.5inch)のパイプを通して80PSI(6.4気圧)の定圧で給水できる。岸と船の間のすべての携帯用水の接続は部署の担当係官のもとで行われる。どんな場合でも船側には岸の携帯給水システムと接続する権限はない。岸またはバージ船(容量46Mガロン)から供給される真水は塩素処理されており、さらなる同定がなければ、もう塩素処理する必要はない。佐世保海軍基地司令部の特別の許可がない限り、岸の真水供給システムを海上の船の主に消火水として使ったり、水洗用水として使うことは禁じられている。
 蒸気は備え付けのプラントからインディア・ベイスンの9号埠頭を通して1号・6号埠頭に供給される。携帯用ボイラーは2号ドライドックへ蒸気を供給するのに使われる。すべての埠頭で検査済みの蒸気を利用できる。要求があれば規格外の蒸気を利用できる。操作圧力は150PSI(12気圧)である。
 すべてのドライドックで備え付けの海水システムが利用できる。インディア・ベイスンでは利用できない。しかし消火と水洗を必要とする船は、少数だが、浮型海水ポンプが利用できる。
 真水はバージ船(容量6万ガロンで3隻利用可能)から6.35cm(2.5inch)のバイプを通して毎時3万ガロンで供給された。水は船の臭素処理システムによって扱われる。バージ船の状態とサービスの質は非常に良かった。
D.飛行場(1989年1月)
 佐世保地域には2つの大きな飛行場がある。北西128km(80マイル)に福岡国際空港が、南西48km(30マイル)に長崎国際空港がある。また福岡国際空港に併存する板付空軍基地は週2回の航空輸送軍の定期便がある。長崎国際空港では毎週火曜と金曜に横田空軍基地に向けて傷病兵輸送便が飛び立つ。この便を手配するには米海軍病院佐世保診療所支所(237-3624)を通さなければならない。
 佐世保では2つのヘリ発着所を利用できる。崎辺(北緯33度07分16秒/東経129度44分00秒)は主に乗員、荷物の積み降ろし、小型機の短時間の駐機場として利用できる。海軍燃料分遣隊が管理する元船(北緯33度08分26秒/東経129度42分29秒)発着場は主に飛行機燃料の補給用である。乗員の乗り降りを含むヘリ発着所の管理の手配は艦隊港務/通信部(内線3311/3442)を通さなければならない。すべての燃料補給作業は海軍燃料分遣隊(内線4136/4126)を通してなされねばならない。
(1)飛行計画書の提出は佐世保地域では必要ない。佐世保地域ではいかなる飛行でも、前もって港務/通信部(内線3311/3442)にヘリコントロール周波数385.0MHzで連絡すること。
(2)昼間は有視界飛行だけであり、LSEが利用できる。夜間の飛行は緊急時以外は制限されている。
(3)ヘリ発着場には固定具や急発着のための装備はない。
(4)航空機の墜落や火災の訓練を受けた乗務員は配置されていない。すべてのヘリ操作には消防自動車や消防士を用意できる。
(5)埠頭に横付けされた艦船からは通常、定期的なヘリコプターの操縦は行われない。(限定された)特別な操縦は以下のように依頼されることがある。
インディア・ベイスン 港務/通信部 内線3311/3442
米海軍燃料分遣隊 港務/通信部官 内線4136/4126
E.通信(1989年1月)
 佐世保地域での電波通信は毎日24時間業務でNTP4と適切な出版物、実施計画、指導書にしたがって行われる。カリフォルニアのノースアイランドのNAVCOMPARSを通じての遠隔情報交換ターミナルを備えた自動デジタルネットワークの能力。ほとんどの船にはオーバー・ザ・カウンター・サービスが備わっているが人的制約のため大型艦船の通信保護シフトの受諾ができない。メッセージセンターの電話番号は3519と3443である。佐世保でオーバー・ザ・カウンター・サービスにスムーズに移行するためには以下が求められる。
(1)NAVCAMS WESTPAC PARA CHARLIEと佐世保艦隊基地間の通信保護シフト
(2)ZKP保護リストが必要。西太平洋NAVCAMSから要求できる。佐世保艦隊基地が写しを受け取っているか確認すること。
(3)メッセージの送受信委任リスト 氏名/階級/艦船番号/許可証/など
(4)OCR DD-173の受諾。紙テープ(せん孔型)が望ましい。
(5)緊急行動作戦の通知と上述の電話による呼び出し。早期警戒網のコマンドは利用できない。
(6)STU音声保護電話の利用
(7)CMUH UHF放送の待機(350.6MHz)
(8)(もし必要ならば)横須賀海軍通信局への中継のための受信機のサポートとUHF/陸線の接続
(9)防衛ガイドシステムに対するコントロールポイントの整理
(10)特別なテレタイプの補修管理
(11)非完全周期端末または主要な船/陸上回線
 基地の電話交換からの電話回線はすべての埠頭と2号ドライドックで利用できる。太平洋地域の回線はすべてダイアル自動音声操作ネットワークで直接アクセスできる(日常業務優先)。自動音声操作ネットワークサービスはアメリカ本土にむけて利用できし、優先コールは太平洋地域内である。
F.医療(1989年1月)(佐世保艦隊基地)
 日本の生活水準は世界でもトップクラスである。医療施設や公衆衛生の水準は合衆国の水準と同等以上である。
 酒の乱用がなされており、アルコール飲料は容易に手に入る。佐世保地域は薬物については入手ができず、また法律が厳格な施行されているので、問題はない。売春は非合法であるが、見受けられ、一般的に非常に高い。佐世保地域では保菌者からの性感染症は非常にまれである。
 佐世保艦隊基地での医療管理は海軍病院佐世保診療支所が行っている。医療スタッフと治療設備が少ないために予約制である。定期的な往診はしない。急患はいつでも診てもらえ、予約は必要ない。診療所では入院患者のケアはできない。入院を必要とする患者は地元の日本の病院に運ばれたり、最寄りの軍事病院に救急輸送される。診療所には3人の医学士官、2人の看護陸軍士官、および約9人の病院衛生兵がおかれている。診療支所におもむく患者は自分の健康記録をもち、適切な病歴と照会してきた理由にもとづいて正確で完全な診断(SF-S13)を受けなければならない。予定をはかどらせるためにLOGREQによる事前通知が求められる。診療所の能力を超える治療を必要とする患者は西太平洋地区の陸・空軍施設である横須賀海軍病院やアメリカ本土の医療施設に輸送される。輸送が必要なこれらの患者は診療支所の傷病輸送課を通して調査されなければならない。患者の親部隊は治療命令、TANGO数、経理データのためにTADを提供しなくてはならない。船の医療部の代表者がまとめた報告はどんな受診施設に提出されても、その患者の医療上の問題についての背景がわかるような十分なものである必要がある。訪問する船には到着した際に利用できる診療所のサービスに関する完全な情報が提供される。
 歯の治療は佐世保歯科診療支所が行っている。歯科スタッフと治療設備が少ないために予約制である。すべての治療は3人の一般歯科医と5人の下士官兵が行い、歯科専門医(口内外科医、歯科療法専門医、歯周病専門医)はいない。あらかじめLOGREQによる身体検査を含む予約を知らせることで予定をはかどらせるために必要である。到着すると医療隊員はただちに与えられた予約のスケジュールと歯科治療が可能かどうかを確認するために歯科診療所から内線3747か3886で艦隊連絡代表者に連絡をとらねばならない。
 地元の個人開業の医師や歯科医にかかることは奨励されていない。
 ねずみ駆除の証明と検疫証明書を要求された。係官が乗船してきた。ねずみ駆除剤の使用が大いに勧められる。米艦船を除くすべての船に海軍病院の係官が乗船してくる。
G.ガソリン(1989年1月)
 海軍取引所が操業しているガソリンスタンドは基地中央の102号ビルの中にあり、公用車に燃料を補給する訪問船のために使用される。
H.食料品(1989年1月)
 新鮮な青果の質と量はすばらしく、補給/財政部を通して注文できる。新鮮な生産物を配達してもらうためには少なくとも2日前に知らせる必要がある。パンと日用品はDD様式1149を用いて補給/財政部に申し込む。ミルク工場からは普通、毎週月曜と金曜に配達される。配達の手配は乗船したときに補給/財政部の顧客サービス官によって確認される。
 佐世保艦隊基地が開いている小さなマーケット(313号ビル)は主に陸上基地や小さな船のためのものである。駆逐艦やそれより小さなサイズの船は配給の範囲内で、マーケットから緊急の要求をすることができる。マーケットの買物リストのMoney Value onlyというDD様式1314請求書はマーケットの経営者に提出される。
I.ゴミ処理(1989年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 埠頭ではくずは基本的に毎日来るトラックや要求があれば8:00〜16:00の間に船によって回収される。係留地ではごみ運搬船が基本的に1時間ごとに、または24時間手配される。いかなる調停やトラブル相談も、通常の時間内は施設部長(内線3484)に、時間外は内線3535の施設部トラブル受付に連絡を取ること。

4.対人関係

A.来訪(1989年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 訪問旗を掲げる通常の訪問:
  佐世保市長
  海上自衛隊佐世保地方隊長
  佐世保商工会会頭
  日米協会会長
 記念品の交換ははさわしい。すべての地元の役人の訪問や返礼は必要ない。訪問は佐世保の管理部によって準備される。
B.栄誉礼(1989年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 佐世保艦隊基地は礼砲を打つ場所としては指定されていない。もし礼砲を打つ必要がある場合、管理部は必要な許可が日本政府から得られるよう48時間前に届けなければならない。通過礼はインディア・ベイスンに入港、出港または埠頭を変えるすべての船に対して行われる。

5.寄港情報

A.一般情報(1989年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 佐世保は20世紀以前から海軍の港だった。日本帝国海軍の拡張計画に関連して東郷平八郎少佐(後に元帥)は1883年に佐世保を訪れた。彼は佐世保港の隔離性、水深、広さが気に入った。東郷少佐の明治天皇への推薦の結果、佐世保港を海軍基地に発展させるために何百万円もの費用が使われた。1890年4月25日、明治天皇が公式に開設した佐世保基地は、帝国海軍艦船の修理・後方支援のための広範囲にわたる総合センターとしての役割を果たした。1930年代中頃から第二次世界大戦の終了まで港は秘密のベールで覆われ、大和や武蔵などの戦艦がこっそりと出港できる秘密基地へと変貌した。基地の将校クラブで山本五十六元帥が真珠湾攻撃の計画を練ったと言われている。
 1945年9月14日、米艦船シャノン(DM-25)が佐世保港に入港し、佐世保基地の非公式の受け渡しのために船上でK.石井海軍少将と彼らの参謀と接見した。1945年9月22日、米海兵隊が佐世保港を接収した。海兵隊に続いてすぐ陸軍占領部隊がやってきて陸上の主要部分を接収した。海軍がドライドックを含む港全体を接収した1945年11月に佐世保への永久滞在が確立した。海軍は現在主要基地のある半島に兵舎を構えた。
 1950年6月、朝鮮動乱の勃発で佐世保は朝鮮での軍事行動における最初の支援をする主要な海軍基地となった。弾薬を使用するテンポにあわせて物資を輸送する船も大規模となった。需要の増加が見込まれたため米海軍佐世保兵器廠が開戦の8ヶ月後に確立された。活動は佐世保艦隊基地司令官の軍事的またはそれと同等の指揮下で計画された。割り当てられた任務は指示又は要求された弾薬や物資の受入、保管、整備、配給であった。
 朝鮮戦争の間、海軍佐世保兵器廠は日本で第一の海軍弾薬貯蔵所となり、弾薬の再補給活動をする死活的リンクとなった。この時点での第一の機能は米艦隊補給船に弾薬を補給し、海上の戦闘艦や陸上の海兵航空部隊の弾薬を交換することであった。1951年に扱われた弾薬の量は31万トン以上であった。
 朝鮮戦争の休戦後の数年間は佐世保での作戦のテンポはいくらかゆっくりとなった。平事の需要減少にともない、海軍兵器廠に遊休地ができ始め、日本政府に返還を始めた。
 1966年までの兵器廠の主要な任務はベトナム共和国の米海兵隊にあらゆる陸上タイプの弾薬を直接補給することであった。ベトナムに米軍兵力が確立した後、海軍兵器廠は西太平洋で第一の弾薬貯蔵所となり、ベトナムで戦う第三海兵隊水陸部隊の使用するすべてのクラスV弾薬の補給所となった。ベトナム戦争のピークの1966年から1970年の5年間、兵器廠は百万ショートトンの弾薬を扱った。(※クラスVは第5種補給品のことであらゆる種類の弾薬及び関連品目をさす。1ショートトンは約907kg)
 1973年、ベトナム戦争の終結で佐世保艦隊基地は平時任務に戻った。3年後の1976年6月30日、佐世保艦隊基地は海軍兵器廠に統合された。その時以来、基地の役割は大きくなった。第七艦隊艦船が訪問や修理のために佐世保に入港する回数が増加した。1979年5月、米潜水艦ダーターが、海外家族居住計画の一環として佐世保に配属された。このような中、1980年7月1日、艦隊部隊の支援を含める命令と、併せて佐世保艦隊基地の再任命が出された。1983年9月に米艦船セントルイスが海外家族居住計画の一環として米艦船ダーターに加わり、米艦船デビューク、バーベル、サン・ベルナルディノがそれぞれ1983年8月、1983年10月、1986年4月に母港を佐世保に移した。最近佐世保に配属された米艦船ビューフォートとブランズウィックはそれぞれ1987年12月、1988年7月に佐世保に着いた。
B.上陸許可(1989年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 OFRPと訪問船は港にいる間、一時的に陸上パトロールをしなくてはならない。陸上パトロールと沿岸警備に必要なものはCFACINST 5000.1E(SOPA管理部)に示されている。埠頭に係留されている船では75人に1人の陸上パトロールが割り当てられ、ブイや錨で係留されている船ではさらに沿岸警備が割り当てられる。軍警察本部隊員は陸上パトロールを夜19:00に船に迎えに行く。沿岸警備は割り当てられた毎日の陸上パトロールとともに軍警察本部に打ち合わせと連絡のためにおもむく。陸上パトロールは午前2時頃まで、またまだ乗率している隊員の数によってはそれ以降も行われる。陸上パトロールの任務を当てられた隊員は船内で夕食をとらなくてはならない。陸上では食事は用意されていない。軍警察本部では軽食と炭酸水の自動販売機が利用できる。陸上パトロールの制服はネッカチーフの付いていない青または白、クリップ留めタイの付いたウィンターブルーの服であり、リボンや名札はつけない。船はまた白い布ベルト、警棒、パトロール腕章を備えなければならない。船の人員配置によっては1人から3人の徹夜警備が要求される。
C.クラブおよびバー(1989年1月)
   名称     場所     金額 酒の種類
 ブルームーン セイラータウン 4米ドル すべて
 アトラス      〃     〃    〃
 パブ ルーシー   〃     〃    〃
 グラモフォン    〃     〃    〃
 スコルピオ     〃     〃    〃
 サウナエイト   繁華街    〃    〃
  注:サウナエイトには日本式の風呂、サウナ、マッサージ(33ドル)がある。
D.レストラン(1989年1月)
 和食、中華、洋食レストランはたくさんある。金額はほとんどが高くない。和食専門店はあるが非常に数が少ない。
E.ホテル(1989年1月)
 日本式、洋式のホテルがたくさんある。アメリカの基準がらすれば狭くて高い。
   名称      場所 金額(米ドル) 食事/飲物
 ホリデイイン   長崎市 83.00/ダブル  できる
 ワシントンホテル  〃  59.00/ダブル   〃
 ターミナルホテル  〃  59.00/ダブル   〃
 ヨークホテル   佐世保 59.00/ダブル   〃
 セントラルホテル  〃  59.00/ダブル   〃
 洋々閣(日本旅館) 唐津 100.00/シングル 旅館スタイルで夕食・朝食付
 佐世保シティホテル 佐世保59.00/ダブル  できる
F.運動施設(1989年1月)
 佐世保には運動や競技を含む様々なレクリエーションが楽しめる。到着前に船には佐世保の寄港情報が電報によって伝えられる。他の必要なものはLOGREQに連絡すること。レクリエーションは近代的で十分な設備の備わった体育館(内線3595)でできる。球技場とピクニックの場所は予約制である。ソフトボール、ゴルフ、ボーリング、バスケットボール、フットボール、バレーボールや他のスポーツ競技は地元のアメリカチームと日本チームまたはそのどちらとでもできる。
G.海水浴場(1989年1月)
 公共バスで唐津(1時間半)と白砂(45分)に行け、更衣室とスナックがある。サーフィンやサーフィンが楽しめるが、どちらの海岸とも引き波がある。
H.教会(1989年1月)
 宗教プログラムの情報源は佐世保艦隊基地司令部の従軍牧師事務室(96号ビル、内線3380)を通して利用できる。プロテスタントとロマンカトリックの礼拝は(基地内の)聖パトリク教会で通常のスケジュールの後に行われる。誰でも従軍牧師事務室が企画した宗教プロジェクトに参加することができる。プロジェクトには子どもや老人、障害者のいる家庭も含まれる。
I.輸送(1989年1月)
 タクシーの基本料金は3.5ドルで円で払える。タクシーの数は多い。23時を過ぎると基本料金は上がる。佐世保のタクシー運転手は誠実でサービスがよいことで知られている。
 鉄道の駅は“銀座”(ショッピングモール)から3ブロックのところにある。鉄道の便はよい。陶器で有名な有田には40分で行く。鉄道の駅の前にはバスターミナルがある。バスは九州各地にまで行く。佐世保市内のバスの便も非常によく、基地のメインゲート前にも頻繁に止まる。
J.旅行(1989年1月)
 長崎、別府、阿蘇、唐津、有田(陶器)や他の場所へいろいろな旅行が用意されている。料金は旅行の種類によって異なる。夜行ツアーも用意できる。もっと知りたければ基地の福利厚生部旅行事務所(内線3433)に連絡をとること。
 芸者特別パーティが上級士官や団体、他の下士官のグループに対して手配できる。それは長く心に残る夜会であり、食事、飲物、送迎、余興、通訳サービスの全費用は約30人として1人当たり30ドルである。
 艦隊福利厚生部旅行料金表(上陸場または船からバスで出発):
 長崎1日ツアー    1650.30ドル(44人) 958.80ドル(22人)
 ノリタケ/深川(陶器) 546.70ドル(44人) 353.10ドル(22人)
 平戸島         979.00ドル(44人) 581.50ドル(22人)
 雲仙/島原      1510.00ドル(44人) 926.10ドル(22人)
 唐津          989.60ドル(44人) 618.70ドル(22人)
加えて買物や食事に1人あたり約3000円必要である。
K.買い物(1989年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 ほとんどの品物は“銀座”で見つかる。しかし価格はやや高い。街はあまり大きくなく、少し歩けばよい商品がある。ほとんどすべての品物の価格は横須賀より安い。価格は決まっており、まけることは一般にしない。
L.劇場および映画館(198年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 基地内のショーボート劇場はすべての乗組員が利用できる。基地内の映画の料金は1.5ドルである。繁華街の映画館は大きく近代的で空調が効いており、日本語字幕のアメリカ映画を上映している。入場料は約10.00ドルである。
 佐世保では1週間に5日(月曜から金曜)NMPXを操作する。フィルム交換を希望するときはLOGREQに依頼する。
M.物的保安(198年1月)(佐世保艦隊基地司令部)
 基地の警備をするために艦隊基地司令部と契約している民間ガードマンは基地の地域と宿舎に割り当てられている。この任務で彼らにはアメリカ軍人ガードマンに期待されるものと同じ尊厳と責任が与えらわれる。佐世保艦隊基地警備官は地元や県の警察と税関と密接な連絡を行っている。直面する保安と法の施行に関する疑問や問題は以下の事務所に連絡をとる。
  保安部     内線3464
  軍警察本部   内線3446または24-6111 基地外からは内線3446
  上級調査官   内線3725
 通常の勤務時間に加えて、保安部では24時間勤務の通訳官を待機させている。陸上パトロールの電話番号を回せば連絡がとれる。
 佐世保艦隊基地を訪れる船はNAVCOMPTマニュアル042551節に、アメリカ通貨と円の使用に関しては在日米軍INST 7200.18に従わなくてはならない。米ドルは基地内でのすべての売買で必要であり、円は自治体での金融売買に必要である。円は軍事銀行と米海軍クラブで手に入れることができる。これらの取引施設は簡単に利用でき、地元の支払官から円を購入する場合に必要なことをしてくれる。米ドルの購入の場合には30日前にLOGREQに連絡することが必要である。支払官がいない船では支払業務は限られる。業務に関する要求は船のLOGREQで行われ、到着した際に乗員は疑問や問題が起きたとき、地元の支払官に援助してもらえる。船の指揮官や、小切手や現金を扱うことのできる人のサインのある地元の支払官あての手紙が必要である。軍事銀行はバックゲートのちょうど外側の154号ビル内にあり、人員支援部と補給/財政部と同じビルである。ここでは両替、財務手形の換金、債券の売買、トラベラーズ・チェックなどを含む完全な金融サービスが受けられる。営業時間は休日を除く月曜から金曜の09:00〜15:00である。軍事銀行に関する疑問/問題は軍事銀行連絡官(補給/財政部副官)の指示に従うべきである。円の交換レートは変動する。
 海軍調査サービスを必要とする部隊は保安部係官に、また連絡と有効性に関する情報は軍警察本部に連絡をとるよう求められる。佐世保艦隊基地司令部保安隊分遣隊は第一甲板(内線3446/3446)にある。保安隊分遣隊は永久配属された基地人口にかなうレベルで人員配置される。

編集:MS. KAY DeVAUL, 22PD 太平洋・艦隊諜報センター (1989年1月)