猫かぶり御曹司とニセモノ令嬢 パパのためのサンタさん カーテンを開け、寝室の窓からそっと夜空を見上げる。 あまりの冷え込みに、もしかして……と思ったけれど、空には薄く雲がかかっているだけで何も降る気配はない。 「ホワイトクリスマスには、ならなかったなー」 窓ガラスから伝わってくる冷気のなか、独りごちる。先日から到来しているという寒波がもう少し活発になれば、雪が降るかもしれないと朝の天気予報で言っていた。 歳のせいか最近、冷え症気味だし、雪が降って困ることもあるけど、少しでも積もれば子供たちが喜ぶ。ホワイトクリスマスを素敵だと思うより先に、子供のことを考えてしまう自分が可笑しいやら嬉しいやらで、苦笑いを浮かべた。 後ろで寝室のドアが開く音がする。啓也がお風呂から上がったんだろう。振り返れば、窓辺にいる私を見た彼が不思議そうな顔をしていた。 「そんなところでどうしたの……というか、その格好は……」 「サンタよ」 「うん、それはわかってるけどさ」 軽く手を広げてみせた私は、パジャマの上にサンタの定番スタイルである、白いファーのついた赤の上着を羽織っている。頭にはもちろん同じ色の三角帽子。 「この前、幼稚園でママさんコーラスの発表会があったって言ったでしょ。その衣装なの」 「へえ」 子供たちが通う幼稚園には、保護者参加のコーラス隊があって、クリスマス会の中で発表を行うのが毎年の恒例になっていた。衣装はその年ごとに違うのだけど、今年の選曲はサンタの出てくる歌が多かったから、全員でこの格好をすることになったのだ。 「せっかく揃えたんだし、クリスマスイブに着なきゃ勿体ないかなって。変?」 「いや。可愛すぎて驚いた」 サッと頬がほてる。二人の子持ちでもういい歳なのに、さらっと「可愛い」なんて言われるのは気恥ずかしい。出逢った頃と変わらない啓也に向かって、少し拗ねてみせた。 「も、もうっ。そんなことばっかり言って」 「でも事実だしなぁ」 近づいた彼の腕がゆるく身体にまわされる。見上げると、瞼に唇が触れた。 「それで、どうして今頃、着替えたの?」 夕飯がてら家族でクリスマスパーティをしたあと、興奮覚めやらぬ子供たちを寝かしつけるのに時間がかかった。おかげで後片付けを終えた今は、もう零時近くになっている。 彼の言葉の奥に、子供たちへの配慮を感じ取った私は、ゆっくりと微笑んだ。 「啓也に見せたかったから。あの子たちは発表会の時に一度見ているからいいのよ」 保護者が出演者となって、園児たちを観客として迎えるクリスマス会は、演目に出ない父兄の観覧を認めていない。あくまで子供が主体だから。 仕事で忙しくしている啓也は当然、出演できる訳もなく、結果、話で伝えるだけになっていた。 彼の胸元に手をあて、伸び上がる。驚いたのか、わずかに目を瞠った啓也の頬へキスをした。 「……いつも頑張ってくれてるパパサンタさんに、ありがとうって言いにきたサンタなの」 ちょっと照れくさいと思いながら、おどけてみせる。少し顔を離して目を合わせようとしたところで、逆に思いきり抱き締められた。 「あ、あの、啓也?」 痛いくらいきつく締まる腕のせいで、身動きが取れない。名を呼ぶと、彼は私の肩口に顔を埋めたまま低く唸った。 「あー、もう。嬉しすぎる」 「え?」 態度からすると嫌そうっていうか、苦しそうにしか見えないけれど、喜んでくれている……の? 経験上、感情が振り切れるくらい喜んだ時の啓也は要注意だ。まずい兆候に身がまえるより早く、すぐ横のベッドへ押し倒された。 弾むスプリングで身体がゆれる。間を置かず圧しかかってきた彼の胸を、力いっぱい押し返した。 「ちょ、ちょっと啓也っ」 「なに?」 止められると思っていなかったのか、啓也は少しムッとして私を見下ろす。彼の熱っぽい視線に流されかけたものの、クリスマスイブの今日だけは譲れないと、きっぱり首を振った。 「プレゼントとか、どうするの。あの子たち楽しみにしてるのよ?」 まだサンタの存在を信じている子供たちに、プレゼントを届けに行かなきゃいけない。 最近はコーラスの発表会の準備で忙しかったし、下の子が風邪をひいたり、月イチのアレがきていたりで、えっちなことはご無沙汰になっている。もしここで始めたら、一度で終わらないことは簡単に想像がついた。 啓也が納得するまで付き合ったあとでは、届けるのが朝方になってしまうだろう。期待しすぎて眠りの浅くなっている子供たちが、気づいて起きてしまうことだってないとは言えなかった。 子供の夢を守るためにも断固拒否だと目を釣り上げる。ベッドの上に重なり無言で睨み合っていると、突然、啓也が表情を崩し、くつくつと笑い出した。 「そんなに怖い顔しなくても大丈夫。もうサンタの任務は遂行してきたから。二人ともよく眠ってたよ」 「え……」 意外な返事にきょとんとする。いつものクリスマスイブは啓也が眠る直前の、もう少し遅い時間にプレゼントを置きに行くのに…… 彼はきゅっと口の端を上げ、私の耳に唇をあてた。 「今日は汐里と仲良くするつもりだったから、早めにしたんだ。こんな可愛い格好して待っててくれるとは思ってなかったけど」 耳へ流れ込む声が、ゾクゾクと背中を震わせる。 「あ、ん」 私の反応なんてお見通しの彼は、耳の形をなぞるように舌を滑らせた。 「汐里へのプレゼントはあとでね。待ちきれないから、先に汐里の贈り物を頂戴……それにしても、きみ自身をプレゼントなんて夢みたいだ」 うっとりとした啓也のささやきに、ぎょっと目を剥く。もしかして、じゃなく、確実に、凄く色々と勘違いしている。 「ちょ、ち、ちが……あぁっ」 サンタ服とパジャマの下、裾から入り込んだ手に素肌を撫でられ、思わず仰け反る。否定しようとした言葉は、快感に押し出された声で潰されてしまった。 耳から顔をずらした啓也が、舌先でチロチロと首すじを舐める。 「うまくいったら、神様が三人目の赤ちゃんまでプレゼントしてくれるかもしれないよね。ああ、楽しみ」 「あっ、んんっ……そう、じゃ、な……くぅ」 問答無用で続く愛憮に声が途切れ、言いたいことはちっとも伝わらない。 もう、どうしてこんなに強引で、えっちなの!? これまでも何百回と浮かんだ疑問を、心の中でまた叫ぶ。 子供よりワガママなサンタさんを前についた諦めの溜息は、荒くなっていく呼吸にまぎれてわからなくなった。 End |
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