素敵で平凡な日々
わたしの名前は小川七海(おがわななみ)
で、隣を歩いてるのが幼馴染のタロちゃん…じゃなくて五条太郎(ごじょうたろう)くん。
場所はいつもの通学路。
わたしとタロちゃんは家が3軒隣で同い年だから、小学校からずーっとこうやって二人で学校に行ってる。
中学2年の今でも一緒。
毎日よく話す事あるなあって自分でも思うんだけど、毎朝なんか話してるうちに学校に着いてるんだよね。ちょっと不思議。
今日ももちろんそんな感じで。
去年までは同じクラスだったんだけど、今年から違うから下駄箱で「バイバイ」て言って教室に行く。
その後は別々に授業受けて、放課後はたまに一緒に帰るくらい。
私は家庭部で、タロちゃんは陸上部だから、終わる時間がバラバラだし。
うちの親とタロちゃんちのお父さんとお母さんは凄く仲がいいから、週1回くらい夕飯を一緒に食べたりする。
ご飯の後は大体飲み会になってしまうから、私とタロちゃんは自分たちの部屋でゲームしたり、マンガ読んだり……たまに勉強もするけど。ホントにたまにね。
私の生活は、ほとんどこれの繰り返しだった。……今までは。
教室に行って授業の用意をしてから、机に座った。
タロちゃんはいつも少し早めに迎えに来てくれるから、座ってからHR始まるまで結構、時間があったりする。
そういう時は大体、クラスの友達のやっちゃんとナオちゃんが来て話をするんだ。
……ほらね。
「ナーナミー。見たよー、今日もアツアツじゃーん」
「ほんと、ほんと。幼馴染がいるっていいよねー」
やっちゃんとナオちゃんは勝手に近くのイスを引っ張ってきて、わたしの机の隣にくっつけた。
2人もタロちゃんと一緒で、幼稚園から小中と、ずっと同じ学校に通ってる。だからわたしとタロちゃんがいつも一緒なのを知っていて、色々言うんだよね。
もちろん冗談らしいんだけど……実は半分くらいしかわからないんだ。
だって言ってる事が難しいんだもん。
「アツアツじゃないよ。今日少し寒いし」
わたしがそう言うと、やっちゃんはガクっとこけた。お笑い芸人みたいで少し面白い。
ナオちゃんもがっくりと項垂れて
「出たよ。天然爆弾」
と言った。
天然爆弾っていうのは、二人がわたしにつけたアダ名らしい。あんまり言われないんだけど、凄く天然だからなんだって。
やっちゃんはこけた体勢から身体を戻して「ホホホ」と笑った。
「外は寒くても、二人の周りだけはあったかいっていう意味ざますのよ、ナナミさん」
「あら、それは的確な表現ですわ。やっちゃんサマ」
そう言ってナオちゃんも「オホホ」と笑った。
やっちゃんは八千代(やちよ)っていう名前なんだから、八千代サマじゃないのかなぁ。
「やっちゃんサマって変な言いかたー」
「そこに反応すんのかいっ!」
すかさずやっちゃんにつっこまれた。
……わたしまた変なこと言った?
とりあえず「ごめんね」と言うと、やっちゃんもナオちゃんも「謝らなくていいんだよ」と笑った。
ナオちゃんはわたしの机にひじをついて、こっちを見た。
「五条くん、ちょっと可哀相よね」
「ほんとにねぇ」
やっちゃんもウンウンと頷いている。
可哀相って何が?
タロちゃんは元気だし、不幸でもないと思うけど。多分。
へんなのって思って首をかしげたら二人がため息をついた。
「ナナミがそれじゃあ、いつまでたっても五条くんの気持ちが報われる日は来ないね」
「あー、可哀相。ヨボヨボになるまで何にも無いんじゃないの?」
「ありえる……ありえすぎて泣ける」
やっちゃんが「よよよ……」とか言いながら目頭を押さえてる。
「ナナミはさー、いつまでも幼馴染でいいわけ?」
ひじをついたまま見上げるみたいにしてナオちゃんが言った。睨んでるっぽく見えて、ちょっと怖い。
「幼馴染でいいっていうか……幼馴染じゃなくなることってあるの?」
だって幼馴染をやめるとか、できるの? 大人になっても、幼馴染はやめれないと思うけどなぁ。
不思議な事を言うナオちゃんを見ると、少し考えてから言い方を変えた。
「幼馴染をやめるんじゃなくて。ちょっと違う関係に変わるの」
「違う関係って?」
またもやよくわからない……。
するとやっちゃんがニヤっと笑って
「つまり、彼氏とか。旦那とか。愛人とか」
と言った。
「愛人だけは無いね。ナナミが愛人なんて即バレだよ」
すかさずナオちゃんが言うと、やっちゃんも「そりゃそうだ」と笑った。
「えーと……幼馴染と彼氏は違うの?」
わたしの質問に二人は顔を見合わせてから、こっちを見た。口がぽかーんって開いてる。
「はあ?!」
「だ、だってぇ。タロちゃんがいいって言ったもん。今のままでいいから、彼氏と彼女になろって……」
そこまで言うと、二人は頭をかきむしりながら「えええええっ!」と叫んだ。
昨日の放課後。
珍しく部活が早く終わったタロちゃんが、わたしを待っていてくれた。わたしの方は逆に遅かったから外は少し暗くて、ちょっぴり怖かった。
「えとね、今日タロちゃんが待っててくれて良かったぁ。暗くなるのが早くなったから1人だったら、ちょっと怖いかも。ありがと」
中2にもなって暗いところが怖いなんて恥ずかしいんだけど、タロちゃんにちゃんと「ありがとう」したかったから言ってみた。
するとタロちゃんは白くなって昇っていく息を見上げてから、こっちを向いた。
なんだろ? って見つめると、凄く真面目な顔でびっくりした。
「……ナナミ、俺と付き合って。彼氏と彼女になろ?」
「え?」
意味がわからなくて聞き返すと、タロちゃんはふふっと笑って、大きく息を吐いた。
タロちゃんの顔のあたりが一気に白くなる。
「難しい事は考えなくていいから。とりあえず何も変わらないし」
えーと……彼氏と彼女っていうのは好きな人どうしがなるんでしょ?
つまりタロちゃんがわたしを好きで、わたしもタロちゃんを好きなんだし、いい……のかな?
「彼氏と彼女になると、何が違うの?」
「んー『ナナミは俺の彼女なんだぞー!』って皆に言える事かな。ナナミはそのままでいいよ。言いたかったら言ってもいいけど」
「ううん。そういうのはタロちゃんが知ってればいいや」
ぷるぷるって首を振ると、タロちゃんが屈んで、わたしの顔をのぞきこんだ。
「だからさ。今のままでいいから、彼氏と彼女になろ?」
……いいんだよね? 多分。
よくわかんないし、なんとなく不安だけど、タロちゃんは嫌な事は絶対にしないって知ってるから、だから頷いた。
「うん、いいよ」
昨日あったことを全部はなすと、やっちゃんとナオちゃんは、またもやガクっと項垂れた。
「ナナミ……そりゃやばいでしょ」
「え? 何が?」
「期待した私たちがバカだったわ……」
「???」
二人は思いっきりため息をついた。
なにがやばいんだろう。やっぱりわたし何か間違ったのかな?
急に不安になって、ナオちゃんを見ると「困ったなぁ」って感じの顔をして肩をすくめた。
「ナナミはさ。付き合うっていう事の意味わかってないと思うんだよね」
「えっ。好きどうしだから付き合うんじゃないの?」
確か「好きな人どうしが彼氏と彼女になる」って教えてくれたのは、ナオちゃんだったような……。
「うーん。ナナミが言う『好き』と五条くんが言ってる『好き』は違うんだよね。多分」
「???」
む、むずかしい……。好きってそんなにいっぱいあるの?
わたしはタロちゃんの事、好きって思ってるけど、タロちゃんがわたしを好きって思ってる気持ちは、わたしの好きじゃないって事で……えーと、えーと、えーと……?
突然、やっちゃんがブブッと吹き出した。
「ナナミ。頭から湯気が出てるよ」
「うそっ!?」
あわてて頭を触ったけど、別に濡れてないし、あったかくも無かった。それを見たやっちゃんが大笑いしてる。
もしかしなくても……からかわれたんだよね?
頬を膨らましていると、ポンポンと頭をたたかれた。
「とりあえず、さ。彼氏彼女になるのは、まだ早いと思うよ。ナオもそう思うでしょ?」
「……そうだね」
二人でウンウンって頷きあってる。
わたしとタロちゃんは好きどうしなのに、まだ付き合うのは早いっていうのは、どういう意味なんだろう?
まだ中2だからっていう事じゃなさそうだし。やっぱりよくわからない。
ちょうどHRの鐘が鳴ったから、やっちゃんとナオちゃんは、それぞれの席に戻っていった。
聞きそびれた「どうして?」が心の中にモヤモヤしていて、その日の授業はほとんどわからなかった。
「どうしてかな?」
やっぱりいつもの帰り道。
今日はわたしがタロちゃんを待っていて、一緒に帰る途中。
朝からモヤモヤしていた疑問に、やっちゃんもナオちゃんも答えてくれなかったから、タロちゃんに聞いてみることにした。
タロちゃんは、少しびっくりしてから、にっこり笑った。
「付き合うのが早いっていうのはさ。二人がナナミの事を大切に思ってくれているからだよ」
「え、そうなの? わたしとタロちゃんの『好き』が一緒じゃないとダメって言ってたよ?」
わたしとタロちゃんの『好き』が、どう違うのか全然わかんないけど……。
「一緒じゃないと気持ちがすれ違うかも知れないよ。って事じゃないかな。二人ともナナミが心配だから、そう言ったんだと思うよ」
「……そっかぁ」
やっぱりタロちゃんの『好き』は、わたしのとは違う『好き』で、一緒じゃないから大変だったり、ケンカしたりするかも知れないよって事が言いたかったのかな?
でも一緒じゃないと、どう大変なんだろう……。
タロちゃんはわたしの顔をのぞき込むと「ナナミはどう思う?」と聞いた。
「なにが?」
「違う『好き』だったら、付き合うの嫌? やめる?」
一瞬、ぽかーんってしてしまった。やめるとか全然思いつかなかった。
タロちゃんは付き合っても何も変わらないって言ったけど、『好き』がいっぱいあるとか、違ったら大変だとか、そういう面倒くさい事がいろいろあるんだなあって思う。
思うけど、なんでか「やめよう」って思わなかった。だから首を振った。
「よくわかんないけど……やめなくて、いい。でもタロちゃんはそれでいいの?」
タロちゃんの方を見上げたら、夕日の逆光がまぶしくって見えなかった。でも、手がぎゅうって握られて
「ナナミ。好き」
て言われた。
「わたしもタロちゃん好きだよ」
そのまま手を繋いで、いつもの道をてくてく歩いた。秋の夕方は寒かったけど、タロちゃんの手があったかいからなんだか嬉しい。
明日学校に行ったら、やっちゃんとナオちゃんにちゃんと話をしないといけないなあ。
また止められるかも知れないけど、なんとなく大丈夫って思うんだ。
大変でも、ケンカしても、タロちゃんとなら、こうやって手を繋いで仲直りできるから。
でもまた天然爆弾って言われるのかな。
カサカサの枯葉が溜まった歩道を歩きながら、そんなことを考えた。
おしまい
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