はらぺこ魔族の美味しい関係 藍に染まる空の中、西の地平線がうっすらと緋色に輝く、宵の始め。 山すそに拓けた城下町は、昼の賑わいから、酒と色の気配を孕んだ夜の喧騒へと移り変わろうとしていた。 帰宅する者、酒場へ繰り出す者。沢山の人々が行き交う大通りに面したカフェの裏口の木戸が、ゆっくりと開いた。出てきたのはエプロンをかけた華奢な少女。彼女は店の中へ笑顔を送り、愛らしい声で「お疲れ様です」と声をかけてから扉を閉めた。 まだ成人するのに数年足りないと思われる少女は、小さな鞄を胸に抱き、街灯の灯る大通りとは逆の方向に歩き出した。 「お腹すいたなぁ」 誰にともなく、つぶやいた。 幼さの残る高めの声も可愛らしいが、言葉を紡ぐその場所もまた、人目を引く。 真っ白な肌に映える、淡い桃色の小ぶりな唇。愛嬌のある丸い鼻の上には、ぱっちりとした瞳があった。全体に色素が薄く、髪も金に近い茶色。瞳は若葉のように透き通った緑色をしていた。 スカートの下から覗く細い足を、せかせかと動かして、少女は薄暗い裏通りを行く。 どうやら急いでいるらしい彼女を、近くの住宅の屋根から見つめる瞳があった。 頭から足先まで、闇を写したような黒い鳥。夜目が利かないはずの、その鴉は、暗い瞳をきらりと輝かせ高く長く一鳴きした。 月光と、時折漏れている建物の灯りを頼りに、少女は黙々と歩き続ける。他に誰もいない裏通りには、少女が石畳を踏む音だけが響いていた。 カフェの主人からは、安全を考え大通りを使って帰るように言われていたが、少女はあえて裏道を通り続けていた。 もちろん理由はある。少女は以前この通りで、見目麗しい青年を見かけていた。ちょうど、これくらいの時間に。 (もう一度会いたい。会って、この想いを伝えたい。そしてできれば、この先ずっと自分の隣にいてほしい) 少女は一目見ただけの彼に、まるで恋のような感情を持っていた。 ふと足を止め夜空を見上げる。完全に日の落ちた空は、どこまでも暗い。風がないせいで、かすかな葉擦れの音さえもしなかった。 目の端で何かが揺らめく。ハッとして目を向ければ、何もないはずの空間に、黒いもやが渦巻いていた。 もやは段々と一ヵ所に集まり、黒い鳥に変容した。 「……鴉?」 驚く少女の目の前で鴉はスッと目を細め、くちばしを開けた。 「残念。鴉じゃなくて、魔族です」 劇的に現れた割には、間抜けな返事。少女は恐怖とは違う意味で唖然とした。 ぽかんとする少女の目の前で、自称魔族は両の翼を大きく広げる。羽の先から、また黒いもやへと変化し、瞬きをする間に若い男へと変わっていた。 小柄な少女を見下ろす、黒の瞳。肌以外、全て闇色の青年は、物言わぬ少女の顎を指先で押し上げた。 「きみ可愛いねえ。ちょっと、お兄さんにご飯をごちそうしてくれない?」 物憂げな美貌からは想像のつかない軽い調子に、少女は面食らう。彼の言う「ご飯」の意味に気づいたのか、ふるふると唇を震わせた。 「そ、それって」 「もちろん、きみだよ。ああ、命とか魂が欲しいってんじゃなくってね。少し血を分けてくれるだけでいいんだ」 「あ……」 後ずさりしかけた少女の肩に、男の手がかかる。この上なく嬉しそうに笑った彼の口元には、鋭い犬歯が光っていた。 服の襟を大きく裂かれ、壁に押し付けられた少女に、漆黒のローブを纏った男が圧し掛かっている。暗がりでも浮かび上がる、真っ白な少女の首筋からは血が滴り、それを男が舐め取っていた。 「んー、すっごい美味しいけど、きみの血、少し変わった味がするね」 ぺろぺろと少女の首を舐めながら、男がのんきな感想を述べる。 吸血する魔族の中には、生娘の血でなければ飲まないなどと高尚ぶった輩もいるが、男は相手が女でさえあれば、こだわらない。しかしながら少女の血は、そのどちらとも違う不可思議な味だった。 もしかすると人種によって味の差異があるのかも知れない。 男は僅かに顔を離し、少女を見つめた。 彼女はすがりつくように男の胸元を掴み、首を反らして、おとがいを高くしていた。上気した頬と、湿り気を帯びた吐息。苦しげに眉を寄せてはいるが、痛みを感じているわけではなさそうだった。 吸血には、相手の情欲を誘う効果もある。が、ここまで顕著なのも珍しい。一味違う血に夢中になり、吸いすぎたのかも知れなかった。 掴まっていた手を離した少女は、大きく腕を広げ、男の首を抱き込んだ。 「あ……身体、熱いよぅ……」 無意識なのだろうが、男の耳に声がかかる。誘うような仕草に、心が動いた。 性欲よりも吸血衝動の方が強いため、普段はここで解放するのだが、目の前でこれほど欲に溺れているのを見せられては、両方試してみたくなる。 「もうちょっとだけ、食べてもいい? そうしたら、熱いの治まるかもしれない」 少女は男の言う意味を本当に理解しているのか、ガクガクと首を縦に振った。 「う、熱くて苦しい、の……早く、冷ましてぇ」 「仰せのままに」 喉の奥で低く笑った男の背が、ぐぐっと盛り上がる。身につけたローブが左右に広がり、艶やかな翼へと変化した。 男は少女を腕に抱え、夜の空へと舞い上がった。 羽ばたく反動で散った幾枚かの羽は、地面に落ちる前に黒いもやとなって霧散した。 興奮の合間に少女が気づいたのは、背中に触れる柔らかい草の感触だった。どこかはわからないが、街から離れた場所へと連れてこられたらしい。 いつの間にか衣服は全て剥ぎ取られ、千切れた布がまわりに散乱していた。 草原に組み敷かれた少女に、男が覆いかぶさっている。まだ僅かに滲む血を舐めながら、男の手が少女のささやかな乳房を揺らしていた。 「ふ、ぅ……あぁ、ん、ああ、ぁ」 抑えることを忘れた喉が、絶え間なく嬌声を吐き出す。少女は為すすべなく、ただ身体を震わせた。 「感じやすいんだね。声も可愛いし、きみ気に入ったよ」 楽しげなささやきと共に、男の吐息が首に触れ、また震える。我慢できないとばかりに少女は足を絡め、付け根を男の太腿にすりつけた。 果たして吸血による催淫効果の為せるわざか、それとも元々の素質か、少女の秘部は月光を反射し煌くほどに濡れていた。 「あ、もっと。もっとして……」 足を巻きつけてしっかりと抱き、一番敏感な場所を自ら押しつける。欲望のままに腰を動かすと、男の硬い皮膚に押し潰された芽が内側で嬲られ、強い痺れを生んだ。 「積極的なコは好きだよ。ご褒美をあげるから、もうちょっと血を頂戴ね」 塞がりかけた首の傷に、また牙が突き立てられる。鋭い痛みに少女が息を呑んだ瞬間、無理矢理に足を開かれ、その中心へも男の一部が挿し込まれた。 「ひぃああぁぁっ!」 細い叫び声をあげ、少女の身体が痙攣する。見開かれた瞳から涙がこぼれ落ちた。首を吸われながら、中心を抉られたことで、快感の限度を超えたのだと少女は頭の隅で悟った。 男は温い息を吐き、ゆるゆると腰を使う。まるで別の生き物のように蠢く少女の内側が、男を甘く締めつけた。 「ああ、きみ、こっちもいいね。癖になりそう」 次第に速くなっていく律動に引き摺られ、少女も夢中で下半身を揺らす。地面に染みるほど溢れた雫が、互いの動きで混ぜられ卑猥な水音を立てた。 「はあ、あぁ、あ、あ、んあぁ……」 繋がる部分から生じる快感に全てを支配され、他に何も考えられない。打ちつけられる男の身体を受け止め、少女は喘ぎ続けた。 どれくらいそうしていたのか、何度高みを味わったのか、記憶が覚束なくなった頃、中に埋められた男の一部がぐっと大きさを増した。更に激しく穿たれ、少女が声もなく達したのと同時に、内側が弾けた。 「……っぁ、く」 余裕をなくした男が、小さく呻く。 放たれた精を体内に感じた少女は、つらそうに顔をしかめる男へうっとりと視線を送り、その幼い顔に不似合いな艶のある笑みを浮かべた。 何かおかしい。 交わりを解いた男は、突然、目の前がかしいだことに違和感を覚えた。情事の疲労からくるものとは明らかに違う脱力感。力を根こそぎ奪い取るような感覚に抗えず、その場に突っ伏した。 だらりと伸びた身体が、下からひっくり返される。草の上に仰向けに転がされた男は、すっきりした顔で立ち上がる少女を見上げた。 今、身動きが取れなくなっていることもだが、倒れかかる男を簡単に跳ねのける時点で、ただの娘ではない。美味しくいただいたつもりが、逆にはめられたのかと男は鼻白んだ。 「……きみ、何。退魔師?」 実際に見たことはないが、ごく稀にいるという魔族を退ける術に長けた人間だろうか。 あからさまにぶすったれた男の態度に、少女は眉を上げ、カラカラと笑った。 「まさか。そんなに怖ろしいもんじゃないわよ。どっちかっていうと、あなたに近いかな。私、半魔なの」 「え」 意外な答えに、男は瞳をまたたかせた。半魔というのは、魔族とそれ以外の種族の混血だ。見た目も、匂いも、人間のものと全く変わりがないのに、少女には魔族の血が流れているらしい。 「父が人間で、母が淫魔なの。と言っても、父は母にやり殺されそうになって、私が生まれる前に逃げたそうだから、会ったことはないけれどね」 「淫魔……」 思わず絶句した。 男に吸血衝動があるのと同様に、淫魔は精を体内に取り込む欲求が強い。性欲も過多で、魅入られた者は死ぬまで付き合わされることもあった。 ここに至るまでの少女の反応を思い返した男は、妙に納得した。彼女は最初こそ驚いていたが、逃げることも、泣き叫びもせず、交わることに乗り気だった。てっきり血を吸いすぎたせいと思い込んでいたが、そうではなかったらしい。 寝転がったまま、男は盛大に溜息をついた。彼女が半魔であることに全く気づかなかった自分の落ち度だが、実に情けない。 男の様子が可笑しかったのか、少女はクスクス笑いながら、傍らにペタンと座り込んだ。 彼女が淫魔の系統で、精を得るのが目的なのだとしたら、もう用はないはず。なぜここに留まるのかと、男は疑問の視線を投げかけた。 少女は男の方に身を乗り出し、持ち前の愛らしい顔でにっこりと微笑む。 「ねえ、お願いがあるんだけど……あなた、私の恋人になってよ」 「はあ?」 一瞬、何を言われたのかわからず、ぽかんとする。 男の驚きなど全く気にしていないらしい少女は、手を伸ばし、彼の下半身を撫でた。 「人間の男じゃ物足りなくてね。前にあなた、あの通りで女を襲ってたでしょう。それを見て決めたの、恋人になってもらおうって。魔族なら体力あるし、吸血系なら尚いいわ。私が精を貰った分、あなたに血を返せばいいんだもの」 名案だと喜ぶ少女に、男は蒼ざめる。対等な交換のように聞こえるが、現状を考えると、男の方が圧倒的に不利だ。毎度、動けなくなるほど搾り取られては敵わない。 冗談ではないと少女を見つめた男は、彼女の視線が、先ほどまで繋がっていた場所に注がれていることに気づいた。 「何を……」 「うん? 嫌だっていうなら、動けないうちに全部吸っちゃおうかなあって。私、口でするのも上手いよ。天上に昇る心地で逝かせてあげる」 「よ、よせっ!!」 全く冗談に聞こえない。腕の一本を動かす力も残っていないのに、これ以上奪われては消滅してしまう。 焦った男が顔を強張らせると、少女は極上の微笑みを返した。 「それじゃ、私と共に生きるって誓って。言霊と、あなたの名に」 「くっ」 魔族は人と違い、一度誓った約束を破ることができない。誓いを違えることは、心に綻びを生む。そのささくれのような傷から魔力が浸潤し、やがて精神の崩壊へと繋がるからだ。 人よりも遥かに強靭な肉体と、魔力を有するがゆえに、精神の不安定さを持つのが魔族の特徴だった。 「さ、どうする?」 底抜けに明るく、くったくのない残酷な笑顔。 男は奥歯を噛み締め、目をそらした。 「きみ、名前は」 「ミラディ」 「……我は淫魔ミラディと共に生きることを誓う。言霊と、我が名ヴィドルに」 しぶしぶといった体で誓いを立てた男に、少女が寄り添う。 「それじゃ、誓いの口づけを」 完全に面白がっている彼女が、人間の婚姻を真似て口を寄せる。触れる直前、ミラディは自らの唇に歯を立てた。 じわりと滲む血と、立ち昇る彼女独特の匂い。弱りきったヴィドルはその香りに酔い、夢中でミラディの唇と血液を貪った。 「好きよ、ヴィドル。ずうっと私を満たし続けてね?」 さてこれは、愛の誓いか。地獄の宣告か。 必死で舌を這わせ、喉を鳴らすヴィドルにはわからない。ただその身が囚われたことだけは確かだった。 End |
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