10/30 僕ヒ2新刊『 ハロー・ディアー 』サンプル



「セックスしよう、虎徹」
 目の前にある至極無愛想な無表情な自分と同じ顔から発せられた台詞に、虎徹は口にしていたコーヒーを盛大に吹き出してしまった。
「え、エビちゃんっ??何言い出すの、いきなり……うぉっ、ヤベッ」
 動揺したせいでカップを落としそうになり、慌てて。幸い、中身はほとんど空で、お気に入りの大きなソファを汚さずに済んだ。
 落ち着け、鏑木虎徹……そう、心の中で言い聞かせて、緑色のマグカップの底に僅かに残ったコーヒーを飲み干した。ちなみに、このマグは虎徹の専用だ。同居する三人にはそれぞれ専用のマグカップを持っている。一人はワイルドタイガーの相棒であり恋人でもあるバーナビー・ブルックスJr。バーナビーのはピンクだ。そしてもう一人は……バーナビーと共に同居するようになった虎徹そっくりのアンドロイドHー01。目の前の仏頂面の男だ。元々はバーナビーの家にいたのだが、虎徹が二部リーグに復帰してからはバーナビーと一緒に居着いてしまった。ちなみにHー01のはワインレッドだ。
 と、カップのことはいい。それよりもコーヒーを吹きこぼしてしまったテーブルの惨状を何とかしないと、ひとまずコーヒーを拭こう……テーブルにぶちまけられたコーヒーはマグカップには戻らない。すると虎徹がティッシュを取って拭い取る前に、アンドロイドが白いふきんで拭き取ってしまった。いや、流石斎藤さん謹製家政婦ロボ……もとい介助用ロボットだけのことはある。身体にぴったりフィットする細身のベストとスラックスのどこに布巾を忍ばせていたのかは謎だが、役に立つロボットだ……時々、変なことを口走ったりしなければ……それもまぁ仕方がないことだ。
 これは元々ロトワングが制作し、バーナビーたちヒーローを襲った偽ワイルドタイガーの一体だ。調査のため司法局の管轄となっていたが、中身が特殊過ぎて司法局も持てあましたのだろう、ろくな調査もなく分解され廃棄処分が決まったのだ。その一体をアポロンメディアは入手した。そして斎藤に福祉目的の介助ロボットとして再生させたのだ。
 今は無害な介助用ロボに改造されているとはいえ、元が戦闘用だけあって、身体能力と耐久性は抜群だが、会話やら人の感情の機微を読み取る能力はからっきし駄目だった。
 虎徹とバーナビーと同居することを会社が容認しているのは、二人と常にコミュニケーションを取ることで、そういったことを学習させる、という斎藤の提案があったからだ。
 男やもめの二人暮らしでいいのか?という疑問はあるが、まぁ元が戦闘用だけに、誰にでも預ける訳にもいかないし、虎徹とバーナビーならばもし万が一にも暴走したときにも何とかなるだろう、と斎藤はいった。
 もとより、斎藤からの頼み事を断れる訳も無い。
 そんなことをしたら、あとでスーツに何をされるか分からない……想像しただけで背筋が凍る。
 斎藤の丸顔と頭頂部にだけちょこんと残った浮島のような毛髪を思い出した時だった。
「――――虎徹」
「へぁっ?!」
 いきなりソファに押さえつけられて変な声がでた。押さえつけているのは、自分と同じ顔……うわぁ、やっぱ無理……虎徹は慌てて抵抗した。
「んだっ、ちょっとタンマ、タンマって!……止まれエビ!!」
 エビというのは、H―01では呼びにくいからと、虎徹が勝手に付けたあだ名だ。バーナビーは頑なにH―01と呼んでいる。
 あだ名で呼ぶと、アンドロイドはぴたりと動きを止めた。
「どうしたんだよいきなり。お前、自分が何やろうとしてるのか解っているのか?」
 するとH―01は至極真面目な顔で答えた。
「理解している。俺は虎徹とセックスがしたい」
 真下からだと普段ハンチングの陰に隠れて見えない赤い瞳と目が合ってしまう。その目は怖いほど真剣だった。不覚にもどきりとしてしまう。
「――――ダッ、だからそのセッ……セックスがなんなのか解ってるのかって聞いてるんだよ。大体お前、出来るのかよ、ロボットなんだろ」
 まさかそんな機能まで付いているとか、想像したことも無かった。そういや一緒に風呂にも入ったけど、その時は普通だったな……思い出して、憂鬱になった。確かに、モノは付いていた。それも大変見覚えのあるサイズと形のモノが。こんなところまで自分に忠実に作らなくても良いと思った。
 アレがちゃんと機能するなら、やれないことも無いかもしれない……そんなことを考えて複雑な気分になっていると、いつの間にかネクタイが解かれ、ベストとシャツのボタンが外されていた。
「おい、そんな所に手際の良さを発揮するな……てだから、止めろって」
「セックスとは好きあう人間同士が行うものと聞いた。俺は虎徹が好きだ。虎徹は俺のことが嫌いか?」
 コテンと小首を傾げて尋ねられると、う、と言葉に詰まってしまう。
「……嫌い……な、訳ねェだろ」
 実際、虎徹はこのアンドロイドに随分気を許していた。可愛いとも思う。家事は巧いし、お陰で酒瓶が転がり散らかり放題だった部屋が随分綺麗になった。それに素直だし、虎徹が注意すると、はい解りました、と素直に返事をしてくれる。どこかの糞生意気なエロ兎とは雲泥のさだ。まったくエビちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませたいものだ、と相棒からおじさんと冷たい視線を投げかけられるたびにそう思う。世の中の垢を一切知らない無垢な子供のような心をこのアンドロイドに感じているからこそ、ここまで気を許すのだ。
 確かに、彼は大きな形をした小さな子供だ。
 しかも自分と同じ顔で、でも全然違って、純粋で大人しい。そんな奴が、今みたいに戸惑ったような困ったような顔をすると、よしよしと頭を撫でて全て許してやりたくなる。親心を刺激されるというか、もういっそ大きな子供が出来たような気分だった。
 それが――――一体どうしてこうなった!!
 虎徹ぐいぐいと近づいてくるH―01の顔を何とか押しのけようとするが、元戦闘用アンドロイドだけあって力では到底叶わない。いつの間にか二人の顔の間には虎徹の手が挟まるだけになっていた。辛うじて触れることだけは免れている状況だ。
「――――セックスなんて何処で覚えてきたんだ、この不良アンドロイドは?」
 問い詰めると、H―01は無表情を崩さずに答えた。
「昨日、バスルームでで目撃した」
「はぁぁあああ!?」
「虎徹とバーナビーが全裸で抱き合っていた。鍵が掛かっていたので中には入れなかったので直接目視した訳では無いが、扉越しにサーモグラフィーで探知すると、二人の体温が通常よりも上昇し、心拍数も上がっていた。しかし激しく動いているし――――特にバーナビーは休まず下半身を虎徹の腰に擦りつけてしていた用だし、体調に異常があるなら止めさせなければならないと思い斎藤に相談したところ、それは“セックス”と言う行為で、好き合っている人間同士なら普通に行う行為だから心配いらないと教えられた。行為の最中はそっとしておいてやることがエチケットであるとも……虎徹?」
 大丈夫か、と問いかける優しいアンドロイドに、虎徹は視界が真っ暗になるような強烈な目眩を感じて、ソファに倒れ込んだ。
 つまり、昨日盛った兎に無理矢理バスルームに連れ込まれて行為になだれ込んでしまったのを、目撃され、その上一部始終を斎藤さんに報告されてしまったということか。
 せめて、斎藤さんに相談するまえに、一声掛けて欲しかった――――
 もう、斎藤さんと顔を合わせられない。
 ソファを涙で濡らしていた時、不意にのし掛かっていた重みがふっと消えて無くなった。
「何やっているんですか?」
「――――バニー!」
 バーナビーはH―01の襟首を掴んでコチラをものすごい形相で睨んでいた。
 そのハンサム面を見た途端、虎徹の中で言いようのない衝動が生まれた。そして左の拳をバーナビーの頭に降り下ろしていた。ぐえっ、と情けない悲鳴を上げてバーナビーがソファに倒れる。
「左手なのがせめてもの情けだと思えよ、この万年発情エロ兎!!お前のせいで、俺、もうアポロンメディアのラボで斎藤さんとお喋り出来ない……」
「……それは通常、会社ではサボりっていうんですよ、おじさん……」
 バーナビーは鼻血を垂らしながらも起き上がってきた。
「エビちゃん、目を覚ませ、この兎はただのエロ兎じゃない。むしろ狼だ!放っておくと何されるか解らないから、絶対にコイツだけは止めておけ。犠牲者は俺一人だけで十分だ」
「なんかよく解りませんけど、……嬉しいです、虎徹さん」
 不意にぎゅっと抱きつかれて、虎徹が叫んだ。
「なんでそうなる?!」
 バーナビーは頬をすりすりと擦りつけて言った。
「嫉妬されてる気がしたので」
「いやいやいや、それはお前の妄想だから、妄想で話を進めるんじゃありません。会話しようぜ、人間らしくさぁ!」
 後ろから抱きしめられながら、吠えた虎徹に冷静な声が降りかかる。

「ところで、セックスの話はどうなったんだ?」

 口調は冷静だが、内容は飛んでいる。いっそ忘れて欲しかった……そんな虎徹の気も知らず、バーナビーが食いついた。
「そう、それですよ!大変興味深い展開になってきたので聞き耳を立てていたら、一向に話が進まなくていらいらして、つい、乱入してしまいました。本当は、虎徹さんが必死に抵抗しても叶わなくて絶望に打ちひしがれた頃に、颯爽と助けに入るか、とろとろに溶けて美味しそうになるところまでいってから乱入するか、迷ったんですけど……ひたい、ひたいです……冗談ですよ、虎徹さん」
 絶対に冗談では無い。コイツはそういう奴だ。だから虎徹も本気で頬を抓ってやった。せめてもの制裁だ。しかし、ハンサムは立ち直りも早い。気障な仕草で眼鏡をくいと持ち上げると、レンズをきらりと光らせて言った。
「状況はよく解りませんが、僕たちの行為を目撃したH―01が自分もやりたいと、そう言い出した訳ですよね」
「解ってるじゃねぇか、お前のせいで俺の可愛いエビちゃんが、変なこと覚えちまった。責任取れよ、責任」
「変なことではありません。愛を確かめ合う崇高な行為です」
「……お前、今自分で言って照れんなよ……」
 恥ずかしい奴だな。
 ふっとその場の空気が緩んだ。自然と顔が近づいて、そっと唇を触れあわせる。
 薄い皮膚越しにバーナビーの熱が虎徹の内側に浸透していく。触れるだけでは満足できなくて、虎徹は首を傾げて唇を開けた。もっと深く噛み付く。ぬるりと音を立てて相手の唇に舌を押し込めば、待ってましたとばかりに熱い舌が絡まってきた。バーナビーの長い舌が虎徹の歯列を割って口腔内に進入してくる。上顎の感じる部分をざらざらした先端でなぞられ、思わず高い声が漏れた。背中が柔らかいソファに押さえつけられる頃には、二人の間で唇が濡れた音を立てていた。いつしか虎徹はバーナビーとのキスに夢中になっていた。
「……ぁ……」
 何の予告も無く、バーナビーの右手が虎徹の下半身に伸ばされ、そっと股間をなぞられて思わずか細い声が漏れてしまった。
 器用で長い指がジッパーを下ろして出来た隙間から素肌へと進入を開始した。熱く籠もった隙間に、冷たい空気が入り込む。こうなればあとは無し崩しだった。バーナビーは慣れた手順で虎徹の下着の上から最も敏感な先端を擦った。布地の上から性器をなぞられ、虎徹の細腰がびくりと跳ねた。押し止めようと伸ばした右手も、震えていて、バーナビーを煽る効果しかなかった。
 その間もキスは休まず続けられている。それだけでは無い、左手は開きっぱなしになっていたシャツの袷を開いて、直に素肌に触れてきた。まったく器用なものだ。あっという間に露にされた胸の中心では、ふっくらと立ち上がり始めたばかりの乳首を遠慮無く抓られ全身が跳ねる。
「ふぁっ……」
 感じやすい反応を堪能しながら、バーナビーは嫌らしい笑みを浮かべた。
「虎徹さん、可愛い」
 チュッと可愛い音をたててキスしながら、覆い被さってくる男の肩越しに、無機質な声が降りかかる。
「体温の上昇を確認」
 H―01の呟きが二人の淫靡な空気を引き裂き、虎徹の理性を引き戻した。
 かっと見開いた虎徹の視界に、二人とソファとテーブルの間の狭い隙間にちょこんと座って、アンドロイドが二人の顔を交互に見ている。まるでお預けを食らった犬だ。
 上がった熱が一気に冷めた。
「おい、止めろ、バニー!」
 虎徹は慌てて、バーナビーを引き離しにそうとした。本気で抵抗しだした相手に、バーナビーが舌打ちを打つ。いやいや、今はそんな場合じゃ無いでしょう、と言いたいが、言ったところで無駄な気もする。兎も角、一度ならずも二度までも他人に本番を見られてはたまらない。さっさとどけ、とバーナビーの腹を膝で押し返そうとするが、その拍子に股間に足が触れてしまった。
 そこはぎんぎんに立ち上がっていた。
「エビちゃんの前でなに押っ立ててるんだよ!!」
「先にキスを仕掛けてきたのはあなたでしょう」
 それに、とバーナビーの右手が再び動き出す。
「それに、あなただってココで止めたくは無いでしょう」
 濡れてますよ、ココ。悪魔のような囁きが耳に吹き込まれた。本当だけに質がわるい。と同時に、バーナビーの器用な指が虎徹の先端の割れ目を引っ掻いた。全身を急激な快感が駆け上る。止められるかと聞かれたら、止めたくないと答えるが、かといって続ける訳にもいなかい。そのくらいの常識と羞恥心は虎徹にもある。バーナビーには無いのかもしれないが。兎も角、とバーナビーがH―01に向き合った。
 その拍子にアンドロイドがびくりと仰け反る。
「虎徹さんは僕のものですから、いくらあなたが虎徹さんのことが好きでも、簡単にセックスさせる訳にはいきません」

「でも、責任を取れと言うのなら、取りますけど?」

 バーナビーが嫌らしい笑みを浮かべた。
 虎徹の背筋に寒気が走る。脳裏にベッドの上で恥ずかしいあんな行為やこんな行為を要求する、興奮し切ったバーナビーの顔が浮かんだ。そんな二人をアンドロイドは
 気がつくと、バーナビーの頭を掴んで力尽くで振り向かせていた。そして唇に噛み付いた。ソファの上に膝立ちになって、覆い被さるように口づける。
バーナビーが自分以外に触れるなんて絶対に嫌だ。想像しただけで腸が煮えくりかえって吐きそうだ。

「俺以外に触れてみろ、二度と使えないように、噛み付いて引きちぎってやるからな」

 キスしながら、バーナビーが笑った気配がした。無性に恥ずかしくて、さらにキスを深くする。きっと顔が真っ赤になっているはずだ。みっともないったら無い。こんな顔、H―01には絶対に見せられない。
 
「じゃあ、こうしましょう。僕は虎徹さんにしか触れない、その代わり、H―01が知りたいことは虎徹さんが教えてあげて下さい」

++ つづく ++



2011.10.26:サンプル掲載

発行:2011.10.30:僕のヒーロー2にて発行予定です。BukubukuFactoryで直参します。
上記のサンプルの他4編の短編を収録。兎虎+エビの本です。