「とっても気になるですぅ!」
今日のミッション前の出来事を、何気なくミレイナに話すと、彼女は眼の色を変えて食いついてきた。
「セイエイさんに音楽の趣味があるとは……ちょっと予想外ですぅ。ガンダム以外にまったく関心を示さないセイエイさんが……ちょっと調べてみましょうか?」
地上待機中の今がチャンスです、そういうと、ミレイナはトレミーの通信記録を呼び出した。
刹那は現在ミッションのために地上へ下りている。爆弾テロの犯人の所在をベーダが予測したのだ。テロの実行を未然に防ぐミッションだ。
「トレミーに居るときにDLしたのなら記録が残っているはずですぅ」
「ちょっとミレイナ」
「曲名を調べるくらいならいいじゃないですか!フェルトさんだって気になっているんでしょう?」
悪いと思いつつ……その通りなので、結局折れたのはフェルトだった。ミレイナの呼び出す通信記録を注視すと、そのほとんどはベーダからの定期通信だ。あとはイアンからの報告。ここ最近はミッションもないので記録も比較的少ない。そうはいっても、膨大な量だ。
「一般サイトからのDLからだと足が付くかもしれないから、ベーダを通してDLしていると思う」
フェルトが指摘すると、すぐにミレイナが対応してるベーダとの通信の中で、刹那の端末との通信をピックアップする。
「そうですね……あれ、これ」
刹那の端末に、頻繁に地球からの電波を受信している形跡がある。とても小さなデータだが、何回も、時には数時間にわたって続いている。
「音声通信じゃないですね……何かの計測データを転送しているみたいです……」
「生体データね……心拍数?」
一番最近の受信歴は、昨日だった。つまりフラッグの試験飛行前、つまり問題の時間だ。
「個人の心拍数のデータですね。けっこう頻繁にアクセスしているです。……何しているんですかね、セイエイさん、それに相手は誰でしょう……調べてみるですか?」
首をひねるミレイナに、フェルトは強い口調でたしなめる。
「やめよう、ミレイナ」
「でも、気になるですよ!」
「ミッションかもしれないし、」
「ミッションなら私たちが知らないはずありません!」
「違うとしても、人のプライベートを勝手に探るのはよくないわ」
フェルトにしては珍しい強い口調にひるんだのか、ミレイナはやや不服そうに唇を尖らせながらも、検索をやめる。
「……はいです」
交代でミレイナを休憩に出してから、一人きりになったブリッジで、フェルトはもう一度刹那の端末の通信記録を呼び出した。
ミレイナにはあんな風にいったけれど……フェルトの心は乱れていた。
あのとき、イヤホンを耳に当てた刹那が微笑んでいるように見えた。横顔だったし、フェルトに気づいてからはいつもの無表情に戻ってしまったから、確かではないけれど。ただこっそりと覗き見ていた僅かの間だけだったけれど、あんな優しくて、寂しそうな頬笑みは見たことがない。刹那にあんな表情をさせる存在がいるなんて、考えただけで、胸が痛んだ。
いったい誰なのか。
……すくなくとも、それが自分でないことだけはわかる。
真っ先に思い浮かんだのは、長い黒髪をした女性だ。刹那がずっとずっと思いを寄せている女性、それが恋なのかどうかはわからないけれど、彼にとって彼女が特別であることは間違いない。
でも、今回のは、彼女ではない気がする。もし彼女なら刹那はもっと穏やかな表情をするのではないだろうか、まったく根拠はないけれど、彼女の勘はそう告げて、だからこそ余計に心が乱れる。
自分が酷く嫌な人間に思えた。しかしフェルトは意を決した。
この間の時間から検索し、次第に時間を遡っていく。一番ふるい記録を検索すると、それはアロウズとの最後の戦いを終えたあと、刹那が地上にある治療用の基地で療養を終えてトレミーに帰ってきた頃だった。あのとき、混乱した状況の中でトレミークルーも一時バラバラになった。刹那は一人地上にいたはず。それとなにか関係があるのだろうかと、その当時の治療記録を呼び出した。あった。電波の送信元であるマイクロチップの認証番号、そしてそれが誰に使われたのか。
「グラハム・エーカー」
元ユニオンのMSパイロット、オーバーフラッグス隊隊長。アロウズにも所属していたが詳細は不明……出てきたデータは、予想外に童顔の青年のような男性だった。僅かに赤みがかった金髪に緑色の大きな瞳、年齢よりずっと若く感じた。当時、オーバーフラッグスといえば、ユニオンのエース部隊だ。ガンダムも何度か戦い、苦戦したこともある。が、外見ではそんな強者の兵士には見えない。童顔で大きな緑色の意志の強そうな瞳が印象的だった。思わず呟く。
「きれいな人」
顔面に痛々しい傷跡があるが、それは男の整った容姿を隠すことはなかった。治療当時のデータだったので、フェルトは最新のデータを検索した。しかしパイロット登録者の名簿の中には同じ男は見つからなかった。パイロットをやめたのか?さらに検索範囲を広げてみる。すると技術部のデータベースにヒットした。試作機のテストパイロットの候補になっている。……だが、決定はこの一月ほど保留になっているようだ。機体の開発は決定しており主任技術者はビリー・カタギリ。この男には会ったことがあった。そう、スメラギの古い友人だというアロウズの技術者だった男だ。
どうやら、グラハム・エーカーは現在は軍を休職中という扱いになっているらしい。フェルトは画面を食い入るように見つめた。
……敵だったのに。
相手は、かつてモビルスーツを操り、刹那を殺そうとした兵士だった。そして今でこそ連邦軍とは戦闘状態ではないが、もし、情勢が変われば、的になる可能性は高い。連邦軍に属する人間と繋がりがあるなんて、その結果がもたらす衝撃にフェルトは息を飲んだ。
「何をしているの、刹那……」
……調べなければ良かった。相手がアザディスタンの姫君ならこれほど衝撃を受けたりはしなかっただろう。
刹那が微笑みが、胸につかえて、息苦がしい。重苦しい塊を抑えるように強く胸の前で手を握り締めた。そうしなければ、得体の知れない醜い塊が自分の中から吐き出されそうな気がした。
彼がもっと笑ってくれればいいのに、そう願っていたのに。
(私、すごく嫌な子になっている)
まったく嬉しくなかった。そして、刹那の幸せを喜べない自分が、酷く嫌だと思った。
++ continued...
2010.12.8