『 旦那様はテロリスト 』


§ 1 2 3 4

1


アメリカ東部時間 9月3日

「カタギリ。今時間はあるか」
 大きな音を立てて勢いよく扉が開くと、ビリーの十年来の親友であり、現在は開発中の新型モビルシーツのテストパイロットをしているグラハム・エーカーが現われた。
 ダークブラウンのスーツを着こなして、わがもの顔にソファーに形の良い長い脚を組んで腰をおろしている光景は、この部屋では別段珍しいことではない。しかし、今日は特にテストも無いはずだが…一体何事だろうかビリーは想像をめぐらした
 正式な連邦軍人でない彼が頻繁に機密事項だらけのビリーの研究室を訪れているのは、ひとつには彼がテストパイロットとして上層部に黙認されているためだ。連邦軍といっても未だに旧三国勢は軍内での実権を巡って派閥争いに忙しい。旧ユニオン勢はモビルスーツ開発競争で出遅れた分を取り返そうと躍起になっている。だからビリーは罪に問われることも無く、こうして連邦軍のモビルスーツ開発部に所属していた。彼らにとってアロウズでモビルスーツ開発を一手に担ったビリーの才能と経験は価値があり、他勢力に奪わることを危惧し、身内に囲い込むことにしたのだろう。ビリーはそんな上層部の思惑を利用して、グラハムを部外者のままでテストパイロットにすることができた。上層部としては開発中の技術的情報が他陣営に漏れることを嫌っており、そういう意味では連邦軍に属さず他陣営との関係が全くないグラハムという存在は都合がよかったのだろう。まぁ現状もいつまで続くか…実際、グラハムには連邦軍に復帰するよう圧力が懸っているらしい。彼は今のところその意思は全くなく、再三の要請も断り続けている。それがビリーには意外だった。
 グラハムが考えることと言えば…そう、大半は空を飛ぶこととモビルスーツだ。まるで十代の少年のような思考回路だが、しかし三十路を越えたいい大人なのに、グラハムが若草色の大きな瞳をきらきらさせてモビルスーツの飛行訓練プログラムについて語る様子は微笑ましくもあり、何故だかコチラも熱くさせるものもある。そんな彼の真剣さに巻き込まれてつい此処まで付き合って来てしまったという自覚がビリーにはある。というよりも、こうして再び彼と一緒にモビルスーツ開発に携われているという現実は信じられないほど幸運なことであるとも自覚していた。だからこそ、ビリーは連邦からの要請に、利用されていると知りつつ再びモビルスーツ開発の現場へ復帰したのだが…
 その親友が結婚したのは一カ月前、現在新婚ほやほや絶賛色ボケ中だ。
 ビリーはグラハムが持っている黒い柔らかそうな毛のついた物体と、白いレースがふんだんに使われている布切れをウンザリと見やった。
「なんだい、グラハム」
 カタギリは冷めかけのコーヒーを口に含むと、グラハムは手に持った二つの物体をビリーが見やすいように掲げて見せた。
「君に聞きたい…猫耳とエプロンのどっちが刹那の好みだと思う?」
 グラハムは真剣だ。真面目に悩んでいるらしい。グラハムが他人の好みに合わせようとするなんて…ビリーの背筋に戦慄が走った。
「…それは、直接彼に訊きなよ」
「彼は不在だ。いつ帰るかも分からん」
 グラハムは非常に不機嫌そうに、軽く眉を顰めて吐き捨てた。
「それはそれは…」
 なるほど、どうやらグラハムは新婚早々相手が家を開けてばかりなのが不安で、溜まりに溜まった鬱憤を晴らしに来たのだろう。本人に自覚があるかどうかは不明だが、表情にいつもの覇気がない。
「君たちのようなモビルスーツの好きな秋葉系男子はこういうものに燃えると聞いた」
 思わずビリーは机に肘をついた体勢から身を乗り出した。
「誰に聞いたのさ…」
 なんだか色々間違っているが、どこから突っ込めばいいのか分からず、ビリーは軽くため息をついただけで受け流すことにした。どうせ整備部の誰かだろう。こんなくだらない情報をグラハムに吹き込んだのは。しかし…鮮やかなハニーゴールドの癖毛に、黒い猫耳は生えるだろうな…ビリーは黒い猫耳を付けたグラハムと、白いレースのエプロンを付けたグラハムが可愛らしくポーズをとるのを想像してみてげんなりと肩を落とした。
 結構いけるかも。
 三十路男が猫耳エプロンなんて普通だったらあり得ないのに、グラハムに限っては、似合いそうだからやってられない。
 ビリーはそんな自分の想像力に呆れてため息をついたのだが、何か勘違いをしたらしいグラハムが小さな声で呟いた。
「…どちらも似合わないか…こんなキズものの私など」
「いやいや、そういう意味じゃないよ!君の場合むしろ似合いすぎるのが問題のような気がするけどね。うん、そうだね。猫耳の方がいいんじゃないかなっ、エプロンは場合によっては形にこだわりがある場合があるし、僕はちなみにフリフリよりシンプルでもっと身体のラインが目立つ方が好きだな…いや、僕のことはどうでもいいね。君ならきっと可愛いと思うよ、猫耳!」
 すると途端にグラハムの表情がぱっと明るくなった。
「ムラムラするか?」
「そりゃあもう、絶倫だよ」
 なんだろうこの会話は…ひょっとして僕惚気られている?と漸く思い至ったビリーは馬鹿馬鹿しくてなってきた。こんな会話さっさと切り上げてしまいたい。
「…そうだ、もうじき君の誕生日だよね。誕生日プレゼントに僕が作ってあげるよ」
 途端に、グラハムの沈んでいた表情が一変した。花でも飛びそうな満面の笑顔だ。
「本当か!」
「うん、約束するよ」
「感謝する、カタギリ」

 そしてグラハムは、来た時とは正反対の浮かれた足音を立てながら、研究室を後にした。


 一人になった研究室で、ビリーはソファーの上に置き去りにされた、猫耳とエプロンをぼんやりと眺めながらため息をついた。
 成り行きで、猫耳を作るはめになってしまった。
 まぁ、それはいい。誕生日プレゼントは何がいいか迷っていたところだし、何より本音を言えば嫌いではないし。ビリー的にはエプロンが大きな胸ではちきれんばかりになっているとか、そっちの方が好きだし、使わないならくれないかな…そんなことを思ったが、使う相手もいないのに、エプロンだけあっても虚しい…。

 静かになった研究室のソファーに寝そべって天井を見ながらつらつら考えた。あのグラハムが結婚とは…ビリーはいまだに信じられないところがある。
 グラハムの言動で今更驚くことなんてないと思っていた。大体が、常識の斜め上をいく存在だ。そんな彼とかれこれ十年近くも付き合っていれば、そうそうのことで驚くことなど無いと思っていたが、それが思い上がりであることを最近つくづく感じている。というより、まだそんな隠し玉を持っていたのかと呆れるというか…彼の結婚にビリーは驚きと同時に切なさを感じていた。一緒に独身男の悲哀を噛みしめつつ年を取っていくと約束したじゃないか(これはまぁ言葉で交わしたことは無いけれど、ビリーはそう思っていた)というより、グラハムよりは自分のほうが恋愛話があったのに…!それがまさか、あのグラハムに負けるとは…
 まったくもって寝耳に水だ。

 ふとビリーの脳裏に技術部員の言葉がよぎった。
『最近、隊長ちょっと変わったと思いませんか?』
 彼とはユニオン時代からの付き合いだ。当然、グラハムのこともよく知っている。だからこそ彼らは親しみを込めてグラハムのことを“隊長”と呼んでいた(本人の前では呼ばないけれど)。
『普通のグラハムのほうが僕は珍しいと思うけど』
 そう返すと、そうじゃなくて、と彼は考え込むと、ぼそぼそと話しだした。
『なんかこう…昔から顔は綺麗だし、キラキラしてて、強烈なカリスマがあって誰でも引きつけるオーラがありましたけど、それでいて人一倍努力して、モビルスーツのこととなると純粋で子供みたいにはしゃいで、俺はそんな隊長が好きで、別に変な意味じゃないですよ、ただ応援したくなるというか…だからどんな無理でも隊長の願いならって奮起したものでさぁ。それがね、最近の隊長を見ていると…時々空を見上げてため息をついてたり、この前のセンサーの反応速度の実験の時も終わった後、コックピットから出てくるときなんか腰のあたりをかばっていたような、足元がおぼつかない感じで、思わず手を出して支えてあげたんですよ。そしたら、ふって笑って…それがまぁ、なんというか…俺がこんなこというのも不謹慎ですが、こう…』
 そうして彼は僅かに顔を赤らめて俯いた。
『ともかく、色っぽいんですよ』

 今にして思えば、彼の指摘はまったくもって正しかった。細かく分析していくと、生々しいので避けるが、つまりそういうことだ。

「平和だなぁ…」

 ビリーは冷めきったコーヒーを一口啜ると、そこにオールドファッションドーナツを浸して食べた。

 仕事が暇なのも、グラハムが色ボケなのも、戦争が終わったからで。

 そんななか、親友が幸せになろうと努力する姿は微笑ましい。

 辛いことが多かったからこそ、グラハムにとって、モビルスーツや空よりも大切なものができたというのなら、とても嬉しいし、応援したいと思う。
 けれど、同時にビリーの心には置いて行かれたような一抹の寂しさも、ぼんやりとたゆたっていた。

2


アメリカ東部時間 9月9日 00:00

 数日後。
 グラハムはベッドサイドのデジタル時計にゼロが四つ並んだのを確認して、シーツに向かってため息をついた。
 明日はいよいよグラハム誕生日だ。
 それなのに、刹那からの連絡はから一切無かった。いつ帰ってくるのか…せめて誕生日は一緒に過ごしたいのに、かといって刹那にはソレスタルビーングの活動が最優先なのだから、任務があれば帰れない。現在は機体整備に忙しく、刹那もマイスターとしての任務はほとんどないと言っていた。だから誕生日には帰れるだろう、そう言って新居を出ていったのが十日前、それから一切連絡がない。ガンダムで危険な任務にでているのか、怪我でもしているのではないか、心配しだせばきりがない。しかし、ビリーから聞くところによるとここ最近、ソレスタルビーングについての情報は全くないという。グラハムとて軍人だった手前、紛争やテロ活動といった破壊活動や武力衝突に関する情報には敏感だ。このところ、目立った武力衝突もなし、これではガンダムが武力介入を起こす必要はないのだろう。ソレスタルビーングは完璧に沈黙を守っていた。世間では既に組織自体が壊滅もしくは消滅しているのではないかという憶測も流れているが、誰も信じてはいなかった。特に軍は。情報部は彼らの消息を躍起になって探している。そんな状況のなか、彼らが虎の子のガンダムとパイロットをむざむざ危険に晒すとは思えない…だから、無事に決まっている。グラハムはそう確信していた。だから自分からは動かないのだ。
 が、しかしだ。
 そうはいっても心配なものは心配だ。仕事をしているうちはいい。カタギリたちとモビルスーツについて話し合っている時は、考えずにいられる。だがこうして、二人で選んだ大きなベッドに一人で横たわっていると、どうしても不安が首をもたげてグラハムの心を締め付ける。せめて声だけでも聞けたなら…そう思って端末を手に取るが、刹那にはコチラから連絡するまで、端末には掛けてくるなと念を押されている。それはそうだ、彼らはソレスタルビーング、世界を敵に回して戦う私設武装組織なのだ。二人の結婚していることが明るみに出れば、この生活は間違いなく終わりになる。
 そんなことはさせるものか。
 だからこそ我慢弱いグラハムが十日間も我慢したのだ。
 しかしそれももう限界に近い。
 思えば、結婚してから一カ月、二人で選んだダブルベッドドで刹那と二人で睦あったのは僅か五日だ。
 五日!
 勿論、その五日間はほとんどベッドの中で過ごしていたが…。
 それにしたってなんだ。結局は紆余曲折の末、結婚という形を取ることに決めたというのに、確かに結婚は形ではなく、家族とは共に過ごす時間の長さではないとは分かっていても。グラハムは洗いたてのシーツに頬を擦り付けて、ため息をついた。
「やはり一人寝は寂しいものだぞ」
 シーツとシャツはクリーニングに出している。これはグラハムのこだわりだった。シャツはパリッと折り目の出たものが好ましいし、同時にシーツはいつでも清潔でいたい。少し硬いくらいに糊のきいたほうが好みだ。堅いシーツに剥き出しの肌を擦り付ける。
再び長い溜息をついた。
「刹那」
 もぞもぞと動いていると、なんだか鬱々として気分が沈む。これではいかんと、グラハムはベッドから飛び起きて、別のことを考えてみる。
「…そういえば、ビリーからもらった誕生日プレゼントをまだ開いていなかったな!」
 明日、ビリーたち開発部で一日早い誕生日パーティをやると聞いている。それなら、明日でいいのにと思ったが、みんなの前で開けられると気まずいからね、とビリーは笑っていた。…皆に見られると気まずい物とはなんだろう?そう思うと好奇心がむくむくと湧いてきて、グラハムはおもむろにプレゼントの箱を取り出した。それは三十センチ程度の大きさの白い箱で、リボンひとつ付いていない。
カタギリの手作りだろうか、グラハムいそいそと紙の箱を開けた。
「なんと!」
 入っていたのは、この間カタギリの研究室に忘れた猫耳付きのカチューシャだった。ほんの冗談半分で持ち込んだのだが、そのまますっかり忘れていたのだ。
 他にもう一つ、同じような黒い毛でおおわれた細長い物が、入っている。握り締めてみると中心に弾力があってくねくねしている。
「猫耳といえば尻尾と言う訳だな…見事な対応だ」
 グラハムは満足げに頷いた。が取り出してよく見てみると、根元らしい部分に他とは違って毛が付いていない部分があった。よくよく見ると、先端がキノコのように張り出しがある。この形状…なにやら非常に馴染みがあるモノに似ている。思い当たったグラハムは思わず顔を赤くして叫んでしまった。
「は、破廉恥だぞカタギリ…」
 それは、いわゆる男のナニを模した大人のおもちゃバ○ブのようだ。
「しかしなるほど…これを尻に入れれば、本当に尻尾が生えたように見えるな…なるほど、よく考えられている…しかし…」
 口調は理性的だったが、グラハムの頬は赤く、目は爛々と輝いている。正直にいおう、興味津々だ。
 最後にセックスしたのは、十日前の朝方だ。それ以来自慰すらしてこなかったのだから、実を言うと非常に溜まっているのだ。思わず生唾を飲み込んで、尻尾のバイブをしげしげと見つめる。プラスチックの表面は滑らかでつるつるしており、色は尻尾に合わせて漆黒だ。大きさは…思わず刹那のナニと比べてしまう。ということは刹那のナニを思い出しているということで…どっちが大きいだろうか、咥えれば分かるだろうか。刹那は少年のような可憐な外見に見合わぬ立派なモノを持っていて、咥えると歯が当たりそうで怖いのだ。それに根元まで咥えこもうとすると喉奥につかえてとても苦しい。
 グラハムは黒い玩具に舌を這わせる。味はない。無機質なプラスチックの味だ。無味無臭。それでもグラハムは口を大きく開けて、おもちゃを口に含んだ。裏筋を舐めると、刹那は堪らないと言ったように、身体を震わせて、先走りを零す。何故か分からないが、刹那のは苦いのに甘さを感じる。唾液が溢れてくるせいか、または舌が痺れて味覚が麻痺してしまうのかは分からない。こぼれるほどに頬張ると、咥内でどくどくと力強く脈打つ熱に、夢中になるって、グラハムの身体も熱くなる。これが本物の刹那だったらいいのに…考えたら切なくなるので、グラハムは次第に盛り上がっていく快感に意識を集中した。寝巻のズボンをずり下げて下着の下で高ぶり始めた自身に指を絡めて、そっと握り締める。すると痺れるような快感が下半身を駆け抜ける。思わず、足のつま先まで引きつらせて、グラハムはシーツの上で跳ねた。
「……ぅん……はっ……」
 左手はシャツのボタンを外し、素肌に触れて、脇腹から腹筋をたどり、右手とは逆に上へ上へと這い上がる。そして見つけた胸の突起に、中指で触れる。グラハムは刹那に触られた時のことを思い出しながら、両手で両方の胸の突起を抓った。
 刹那は此処をきゅっと抓みながら反対を舌で撫でるのが好きだ。そうされると気持ちがよすぎて頭がぼうっとして、快感が胸から下半身へ澱のように溜まっていき、もっと強い刺激が欲しくて、はしたなくもねだってしまう。そんなぐずぐずに溶けたグラハムに、呆れもせず、刹那は優しく愛撫を施す。
「ん…ぁ…もっと、して…刹那ぁ」
 しかしいつもなら、グラハムの願いを叶えてくれる力強い手は今はない。誰も立ち上がり始めたグラハム自身を弄ってくれない。ふとその時、頭の横に投げ出した黒い棒が目に入った。それは先ほど口に含んだせいで唾液でてらてらと濡れている。自然と手が伸びるのは不可抗力だった。
 腰だけをあげた状態で四つん這いの体勢を取ると、前から手をまわして、唾液を絡ませた中指をを秘部に宛がった。つぷりと蕾がほころんだ隙間に指先を押し込む。すると待ちかねたように収縮する襞を感じて、思わず怖気づいて指を引いてしまうが、すぐに今度は触れられたせいで煽られた内部の疼きに堪らなくなって再び宛がい、一気に奥まで突いた。
「…う…はっ…」
 シーツに頬を擦りつけながら、自らの指で自身の奥の秘められた部分を嬲る。刹那の指は細くて長い。潔癖な彼らしく、円い爪はいつも綺麗に切りそろえられていて、その先端が襞を掻きわけ、内部の良い部分を擦り、引っ掻く。刹那の愛撫はいつも、グラハムがもういいと根をあげるまで続けられるから、イかされて、我慢弱いグラハムが泣きながら懇願する羽目になる。自分の指だと、第二関節のあたりまでしか入らなくて、刹那がするように奥まで届かずもどかしいばかりだ。仕方なく入口を広げるように日本の指で掻き分けた。下半身から聞こえるくちゅくちゅという濡れた音が、淫らで耳を塞ぎたい。一人ベッドでこんな風に自分を慰めるなんて、恥ずかしくてたまらないのに、早く、早くと、息が上がるにつれて、グラハムの理性も薄れていくのか、えぐる指の動きを止められない。むしろ激しくなるばかりだ。指に絡みついてくる粘膜の熱さと、誘い込むような蠕動に、グラハムは眼を堅く閉じて、息を呑む。こんな身体なのだ…刹那は、いつもこんな風に感じている。それと同時に中を刷られる痛みに近い快感に、侵される喜びも感じている。同時に二つの快感を得て、頭が真っ白だ。
「…刹那ぁ、せつな…」
 指だけでは足りない。もっと奥をもっと太い物で突いて欲しい。グラハムの指は自然と、枕元に投げ捨てた玩具に伸びて、開けっぱなしで端から唾液を零し続ける唇に、もう一度含み、舌を絡める。そしていよいよ刺激を求めて引きつる秘部に宛がった。
「…ぁ、ぁあっ…」
 ずっと、太くて堅いものが蕾を割って入ってくる。痛みと同時に、抑えようのない快感に襲われ、背筋が震えた。同時に、刹那のとは違う、と思った。冷たくて、堅い。思わず涙が零れおちた。

 その時だった。

 枕元に投げ出していた携帯の着信音が静かな寝室に響き渡った。
 端末を見る。と着信は刹那からだった。条件反射的に、端末を掴み取るが、ふと自分の今の格好に気付いて躊躇した。何せほぼ裸に近い状態で、顔は涙とよだれでぐちゃぐちゃだ。こんな顔を見せたら、刹那になんと思われるか分からない。第一恥ずかしすぎるではないか…訳を聞かれでもしたらどうしたらいいのか。我慢できずに一人でいたしていましたなどとは到底言えない。しかしながら、待ちに待った刹那からのコールに、心臓が躍る。無視することなどできるわけがないが、同時に今の状態を見せる訳にはいかない…迷った末、言い訳は後で考えることにする、と覚悟を決めて、グラハムは音声回線のみを開いた。
 すると、しばしの間の後、懐かしい声が端末から聞こえた。
「グラハムか」
 低く静かな調子で名を呼ばれる。聞きたかった声、刹那のだ。思わぬ事態に、緑色の瞳から涙が止めどなく落ちていく。感極まって、涙腺が決壊してしまったのかもしれない。
 言いたいことは沢山あるのに、しゃくりあげるだけで、言葉が出ない。すると、何も言わないグラハムに焦れたのか刹那が先ほどより幾分強い調子で名を呼んだ。
「泣いているのか?」
 心配そうに尋ねられ、グラハムは慌てた。
「すまない、いきなりで驚いてしまった…なに大丈夫、私は元気にしているよ。君の方はどんな調子だ?」
「問題ない」
 彼らしいぶっきらぼうな口調に、ああ、間違いなく刹那だと実感して、グラハムはようやく声を出して笑うことができた。

3

アメリカ東部時間 9月9日 00:30

 刹那がグラハム・エーカーの声を聞くのは、十日ぶりのことだった。

 トレミーは現在、太平洋上赤道付近の海上を航行中だ。見渡す限りの大海原と紺青に沈み始めた遮るもののない大空。日没直後の水平線には未だ微かに夕暮れの名残が残り、菫色に輝いていた。この境界の空の色を“菫色”と表現することを教えたのは、グラハムだった。彼と出会うまで刹那は空の色のことなど考えたことも無かった。空は単なるフィールドで、地上から成層圏までの限られた空間、重力があって大気がある地上の対概念。それだけだ。グラハムは驚くほど豊富な言葉でこの空の様々な色を表現する。曇り空は鈍色、鉛色。快晴はスカイブルーで、特に夏空の濃い青色をセルリアンといい、夕焼け空は茜色、さらに暗くなった地平線の茜と天頂の漆黒の間が群青色。彼のせいで空に対する見方が変わった。それだけではない。結婚してから、刹那にとって世界確かに大きく変わった。それが驚きでもあり嬉しくもある。
 トレミーは通常モードでGN粒子を散布しながら海上を航行中だ。
 秘匿義務のため、グラハムにも予定を話すわけにはいかなかったが、漸く任務が終わって今から48時間の休暇に入る。早速刹那は携帯電話を取り出した。
 時差があるためアメリカは午前零時ごろだから、ひょっとしているともう眠っているかもしれない。しかし刹那は戸惑うことなく回線を繋いだ。寝ているなら起こせばいい。我ながら自分勝手な行動だとは思うが…声を聞きたいただそれだけの欲求がこれほど強くなるなんて、正直、ずっと我慢していたのだ。実を言うと、任務中何度携帯を手に取ったか分からない。その都度、任務中だからと自制することがこれほど辛いとは、思ってもみなかった。本当はいつでも声を聞きたいし、顔がみたい。それだけのことがどうしてこんなに重要なのか…自分でも呆れてしまう。
 電話は数度のコールが鳴った。刹那ははやる心を抑えてグラハムが出るのを待つ。
 ふと違和感を覚えた。いつもなら最低でも三回目のコールで大抵通じるのに(そうでなければ通信不能か)、今日に限ってグラハムはなかなか応答しない。ひょっとすると本当に寝ているのだろうか。そう思って、僅かな申し訳なさが生まれるが、それでも切ることができなくてしつこくまった。が、いい加減そろそろ切ろうかとスイッチに指を伸ばした瞬間、回線が開いた。
 思わず顔を乗り出して画面を注視する。画面は暗い。ボイスモードのようだ。
「グラハムか」
 呼びかけるが、電話の向こうからは、軽くしゃくりあげるような音がするだけで応答がない。
 いつもなら真っ先に太陽のような笑顔が飛び込んでくるはずなのに…何かあったのだろうか。耳をすませると、グラハムの荒い息遣いが聞こえてきて、刹那は慌てた。
「泣いているのか?」
 なんとなく直感でそう思って尋ねると、漸く聞きたかった男の低い声が届いて、とりあえず安堵する。
「すまない、いきなりで驚いてしまった…なに大丈夫、私は元気にしているよ。君の方はどんな調子だ?」
 声にいつもの張りがない。刹那は自分の直感が正しかったと確信した。があえて触れずに質問への答えを返す。
「問題ない」
 問いただしたところで、きっと本当のことなど言わないだろう。「好きだ」とか「愛してる」とか刹那が軽々しく口にできない、そういう恥ずかしい言葉は臆面もなく口にするくせに、弱音を零すことは滅多にない。変なところで意地っ張りなのだ、グラハム・エーカーという男は。すると電話口から初めて彼の明るい笑い声が聞こえてきて、刹那の肩から力が抜ける。かなり緊張していたらしい。
「この前、帰る前に連絡しろと言っただろう」
 それは十日前の別れ際に交わした約束だった。
 前回帰宅した時のこと。その日は家に着いたのが十時頃で、刹那が鍵を使って中に入ると、グラハムがリビングのソファーで寛いでいた。が突然人の気配がして驚いたのだろう、いきなり振り返向いたグラハムは左手に銃を持っていた。さすがはもと軍人と言ったところか、銃を向ける目には本気の殺気が籠っており、背筋を冷たい汗が流れ落ちたのを憶えている。刹那だと分かってすぐに銃は下ろされたけれど、その瞬間、それまでの殺気だった視線がほどけて、ぽかんと無防備な表情になった。それが可愛くて、衝動的に背もたれに置いていた右手を取って引き寄せてしまった。ソファに膝立ちになった不自由な状態のまま、後頭を抑えつけ唇をむさぼる。一度触れてしまうともっともっとと衝動はエスカレートして、でそのあとはキスだけでは済まず、まぁ勢いに任せてという他ないのだが、結局なし崩しに最後までいたしてしまった…事後にベッドでグラハムが何やら怒りだしたのは、「折角なら新婚らしく出迎えたかった」というのだ。何か儀式があるのだろうか…刹那にはよく分からないが、習慣の違いだろうか。なんにせよ、まだし足りなかった刹那としてはグラハムに機嫌を損ねられても困るので、しぶしぶながら約束したのだ。
 そんな些細な約束でも、約束は約束だ。ないがしろには出来ない。
 が続くグラハムの言葉に、おろそかにしなくて良かったと刹那は心底思った。

「私の願いを憶えていてくれたとは…嬉しいぞ、刹那」
 声からは喜びが滲み出ていた。
 好きな相手から、そんなことを言われると刹那とて堪らない。もし目の前にグラハムがいたら思い切り抱きしめていただろう。
 けれど二人の間には太平洋とアメリカ大陸が横たわっている。せめて顔だけでもと、相変わらず真っ黒な画面を見て思った。





「お前の顔が見たい」
 そういうと、電話の向こうでグラハムが息を呑む気配がする。何を躊躇しているのか…顔を出せない理由でもあるのか、訝しく思っていると、脳裏にイアン・ヴァスティの言葉が浮かんだ。
『あんまり家に帰らんと“亭主元気で留守がいい”なんて言われて、仕舞いには“知らぬは亭主ばかりなり”なんてことにもなるからなぁ。気をつけろよ、刹那』
 訳知り顔で諭されても、その時はさっぱり意味が分からなかったのに、不意に浮かんだその言葉が何故だか重く圧し掛かる。なんなんだ一体…グラハムの態度も謎だが、そんな些細なことに神経を尖らせている自分自身も理解不能だ。
「ちょっと待ってくれ、今は手が離せな…」
「待てない」
 俺に見せられないようなことをしているのか!?疑問が確信に変わり、刹那の口調が強くなる。
 そこで漸く携帯の画面が変わった。
現われたのは薄暗い部屋の中で、グラハムの金髪がオレンジ色の照明の中浮かんで見える。刹那は眼を見開いた。画面の中で、グラハムは何故か切なげに眉を寄せて、顔を紅潮させて横を向いている。剥き出しの喉と鎖骨が見えて、刹那はかっと熱くなる。画面の中で、グラハムはかろうじてシャツが肩に引っ掛かっているだけで、ほとんど裸のような格好をしていた。 顔は紅潮して微かに泣いた跡がある。乱れた髪とうるんだ瞳。カメラの角度のせいか上目づかいに見つめられ、ガンと一気に心拍数が急上昇する。
「…あんた…何やってるんだ?」
 するとグラハムは恥ずかしそうにもじもじと身体を揺すって言った。

「君と最後に抱きあった時の事を思い出したら堪らなくなったのだ」

 あまりの光景に刹那は一瞬目眩を覚えた。
 もじもじってなんだ、三十過ぎたいい男が!?しかもなんだ、動揺するな俺、というか立ち上がるな俺!?信じがたいことに、俯き加減で頬を染めるグラハムという光景にかっとなった刹那自身も一気に元気になっている。別にいいじゃないか自慰くらい、刹那は自分自身に言い聞かせた。男として当然のことだ。だがしかし、グラハムは刹那といたしたとこのことを思い出していたという、つまり何だ、最後の時とは、十日前家を出る直前の朝のことか…あの時は大変だった、何がって深夜までさんざんヤったあげく、また起きぬけに一発…盛る自分も自分だが、付き合うグラハムも大概だと思う。動転した脳内で妄想が加速度的に暴走していく。刹那の脳裏に最後に抱き合った朝の、グラハムの淫らに溶けた表情やその他あんなところやこんなところが走馬灯のように駆け巡り…
 ぶちん。 
 刹那の中で何かが切れた。


「それで一人でヤってたのか」
 これでもかと紅潮していたグラハムの顔がさらに赤くなる。もはや耳まで真っ赤だ。
「どこを触った?あんたは体中性感帯だからな、どこを触った、胸か?それとも直接前を?」
 言葉にすると、グラハムは眉を寄せて悔しげに唇を噛みしめたが、しかし刹那にはお見通しだった。グラハムは興奮している。その証拠に瞳は先ほどより
「答えろ、グラハム」
「う…胸と……あと前も…」
「それだけか?それだけじゃあんたは満足しないだろう」
「……うしろも」
「今も容れているのか?」
 するとグラハムはフルフルと首を振る。が刹那は気づいていた。さっきからグラハムは頻り頬をぴくつかせ、頻りに舌で唇を舐めている。右手は携帯を持っているとして、開いているはずの利き腕が全く映らないということ不自然だ。しかも左肩は円い間接が飛び出していて、後ろ手に何か持っていることは一目瞭然。
「嘘だな、お前は俺に何か隠している」
 刹那は自分の直感に従いさらにグラハムを追い詰める。
「左手を出せ」
 言うとおりにグラハムが左手を差し出す。てっきり自分の指で後ろを弄っているのだと思ったが。
「そんなモノで遊んでたのか…」
 グラハムの白い手に握られたもの、それは黒くて太い。思いもかけないものだった。
「…違う、これはカタギリから貰ったもので…」
 あんのポニテ眼鏡がっ…刹那の頭に血が上る。普通男同士でそういうのを贈ったりするか…?!いやしかし、男同士だからこそ、軽いジョークのつもりで贈ったとも考えられる。刹那は冷静になろうと努めた。グラハムの手に握られている玩具は黒々として如何にもという形状を誇示し、濡れて光っている。それはまさに彼の中に侵入しようとする己自身と同じ様相で、携帯の画面を穴があくほど睨みつけると、怒りが一気に沸騰する。それを挿れたというのか、お前の中に?
「馬鹿か、お前は」
 他の男に貰った玩具で遊んでいたなんて…これはお仕置きが必要だな。ふつふつと怒りが沸き起こり、刹那が酷薄な笑みを浮かべて言った。
「なら、今容れてみろ、ただし俺に見えるようにな」
 え、とグラハムが驚いたように目を見開いた。あどけない表情に、しかし刹那の気持ちは萎えることはなく余計に煽られるだけだった。
「さっきまで容れてたんだろう?同じように俺の前でもやって見せろよ」
 しかしグラハムはいやいやと首を振るばかりで動かない。ちっと舌打ちをした刹那に、グラハムは顔をあげて言った。声が震えている。

「……一人じゃいやだ……」

 そこでグラハムの瞳から涙が一筋ぽろりと落ちた。
「俺も一緒だグラハム」
 刹那は自室の寝台に腰を下ろしたまま、ズボンの中に右手を入れて熱くなった自身を握った。すると既に先走りで濡れていたところから濡れた音が響く。グラハムが息を呑む気配、同時に刹那の手の動きも激しくなり、息が上がった。グラハムが一度短いため気を突いた後、画面が変わる。仰向けに横たわったらしいグラハムの顔と乳首が見えた。目を閉じて息を呑む表情が見える。
「…ぅ…ん…ぁ…あ」
 グラハムは全身を震わせていた。
「入ってるか?」
「…うん…あ、…や、せつなぁ」
「俺も、…くっ」

 その時、部屋のドアが勢いよく開いた。

「おい、刹那。ミス・スメラギが呼んで……」
いきなり背後から声が聞こえて、刹那が叫んだ。
「うわあああああ…ろ、ロックオン?!」
 咄嗟に携帯の電源を切る。が、時すでに遅しだった。部屋は小さく、ドアを開ければ部屋中がは一目瞭然だ。当然、ズボンに右手を突っこんだまま、ばっちり目があった後、ロックオンは申し訳なさそうに笑うと、目をそらした。
「悪ぃな、取り込み中だったか…ミス・スメラギが呼んでるんだけど…」
 冷たい汗が背中を流れる。
「……分かった、すぐ行くと伝えてくれ」
 不幸中の幸いなのは、ナニを直接見られなかったことか…刹那はひとまず息を整えて答えた。
 用がすんだのか、立ち去ろうとする気配に思わずホッと息を撫でおろした瞬間、去り際のロックオンが振り返るとにやりと笑って言った。
「今度やるときはちゃんと鍵かけろよ」
 じゃ、と無駄に爽やかな笑顔を振りまいて彼は部屋を出ていった。
 残された刹那は茫然と見送るしかない。、
「明日帰ると伝えてなかったな…」
 まぁいい…刹那は気持ちを落ち着けるため、目を瞑って横たわった。が、すぐに先ほどのグラハムの痴態がちらついて、目を開ける。
「…クソっ…!」
 寸止めもいいとこだ。何ともやりきれない気持ちのまま、寝ていることもできず、刹那はすぐに部屋を飛び出した。




 戦術予報士スメラギ・李・ノリエガはトレミーのブリッジにいた。珍しく酒を飲んでいないらしい彼女は、刹那が来たことに気づくと、振り返って微笑んだ。
「御苦労さま。刹那、明日午前中にハワイ諸島へ到着します。あなたはボートで上陸して、その後は定期便に乗り換えアメリカへ行きなさい。準備はいいかしら…」
「スメラギ・李・ノリエガ、頼みがある」
「何?」
「ガンダムを出す許可をくれ」
「え?」
 驚いたのは隣にいたフェルト・グレイスだ。彼女も振り返って刹那を凝視している。
「俺は、今すぐガンダムで出る」
 スメラギは両手をあげて首を振る。
「ちょっ…馬鹿なこと言わないで、刹那…ひょっとして此処から直接ガンダムで帰るつもり?アメリカまで一体どれだけ離れていると思ってるの、無謀だわ。いくらGN粒子を散布していても視認されれば元も子もないのよ」
 しかし此処で諦める訳にはいかない。ともかく夜明けまでなんて待ってられるか。刹那とてこんな無理がすんなりと了承される訳がないのは分かっているが、そんな無理を押し通そうとするほど、切羽詰まっていたのだ。
「問題ない、海中を移動して、アメリカ沿岸に着くころにはもう夜になっている」
「…そういう問題じゃないのよ…」
 呆れたようにため息をついたスメラギだったが、刹那が一歩も引く気配を見せないので、諦めたらしい。
「しょうがないわね。いいわ、許可します。ただし、3時間の仮眠をとること、これは命令よ」
「すまない、では行く」
 すぐさまブリッジを出ていく刹那にスメラギが叫んだ。
「ちょっと聞いてるの、刹那」
「ダメだと思う」
 その時はもう刹那は完全に姿を消していて、スメラギは肩をすくめて、再び仕事に戻った。

4

アメリカ東部時間 9月9日 12:50

 二人の家は郊外の住宅地から外れた海岸線沿いに建つ、木造の一軒家だ。グラハムが通っている基地までは車で一時間以上かかるし、中古でかなり傷んでいたので刹那はあまり賛成できなかったけれど、グラハムがとても気に入って「理想通りだ!」と喜んだから、即決した。切り立った岸壁の上にあり、崖の下は深い海で、ここなら海にガンダムを隠して、だれにも会わずに、家に帰れるのがいいという。その時は、そんな迂闊なことはしないと苦笑したけれど、グラハムは笑っていた。それ以上反論するのも大人げないと刹那が折れて、。結局グラハムの言うとおりになったわけだ。
 刹那はガンダムに乗って、新居まで帰ってきた。海中にガンダムを置いて、パイロットスーツのまま陸に上がり、崖を登るとそこはもう二人の家だ。椰子の木と背の低い灌木に覆われていて周りからは白い外壁の木造の小さな家はほとんど見えない。周囲は深緑色にペイントされた木の柵が巡っていて、庭には二坪ほどの芝生と花壇が見えた。芝生は家を出た十日前より短く刈り込まれていた。脇を見ると、オレンジ色の小さな芝刈り機が置いてある。そういえば、グラハは芝生をもっと増やして、来年の夏になったら、芝生の上でバーベキューをしようと言った。
 彼の計画は着々と実現に向けて進んでいるらしい。
 一人でマンションに住んでいた時は、いくら長い時間部屋に帰らなくても何も変わらなかった。読みかけの新聞はそのままだし、僅かな食器は、最期に使って後片付けをした時のまま、シーツの皺まで寸分たがわぬ状態にあって、僅かに、フローリングを覆った埃が、時間の経過を感じさせるだけだ。まるで時が止まったかのように、変わることのない部屋。それが当然だと思っていた。
 しかし今は違う。刹那がいなくても、この家にはグラハムがいる。彼の過ごした同じだけの時間の痕跡を反映し、少しずつ変わっている。初めての芝刈り機に悪戦苦闘しているグラハムの姿を思い描いてみると、温かいような切ないような感情が胸に満ちてきた。刹那は自分の知らない変化を好ましく思った。
 裏の勝手口のドアから家に入ると、明かりはない。そのままキッチンを抜けてリビングへと至るが、そこも真っ暗で、見渡しても人の気配はなく、しんと静まり返っている。月明かりが僅かにやけたフローリングに影を落としているだけだ。低く唸るような音は、台所の冷蔵庫の冷却ファンが稼働する音だろうか。窓を開けると、薄いレースのカーテンを月明かりが透けて芝生へと至るテラスを照らしていた。
「グラハム」
 呼びかけるが、返事はない。
 壁のアナログ時計はあと十分で十二時になる時刻を示している。普段朝の早いグラハムのこと、休んでいてもおかしくはない。闇夜に照らし出された室内は静まりかえってまるで人気のない遺跡のようだ。息を殺して気配をうかがうが、聞こえるのは潮騒と家電製品の音、時計の秒針を刻むカチカチという音だけだ。
 きっとグラハムは寝室で寝ているに違いない。そう思えば思うほど、訳もわからぬ焦燥感と苛立ちが襲って、背筋をざわざわと波立たせる。刹那はリビングを出てベッドルームへ向かった。部屋の中は小ざっぱりと整えられているが、慌てて出かけたのだろうか、シーツの上には紺色のネクタイが一本出しっぱなしになっていた。刹那は一度もネクタイを付けたことがない。息苦しくないのかとグラハムに聞いたら、慣れてしまって、これがないと締りがないといって笑われた。
 そこここに点在する彼の痕跡。
 それはグラハムの存在の証であり、同時に不在を色濃く印象付けている。
 刹那は、寝室の窓から外へ飛び出した。



 グラハムは、怒っていた。
 おかげで折角みんなが誕生日を祝ってくれているというのに、心底楽しめていなかったような気がする。原因は刹那の電話だ。
 さんざん言葉で嬲られた後、ここぞというときで信じられないことに電話は切られてしまった。あれは新手の嫌がらせか、それとも共に高ぶっていたのは演技で、君は一人で高ぶる私を見てせせら笑っていたのだろうか。だとしたら最悪だ。これ以上ない屈辱だ。私だって好きであんなことしていたわけじゃない、君がいないのが、寂しかっただけなのに。グラハムは電車を降り帰り道を歩いているととりとめもない思考が浮かんでは消える。
 9月にもなると夜風は寒いくらいだ。特に家は海沿いにあるため、帰りは海岸沿いの一本道で季節を問わずいつでも風が強い。普段は車で移動するのでさほど苦にはならないが、今日は呑んだので歩いていた。駅からは歩いて30分ほどかかる。が、晴れた空にはレモンのように膨らみかけた月があって、酔いで火照った身体には、冷たい風がちょうど良かった。
 頭を冷やせということか。潮騒の中に短い溜息が混じる。
「私たちが結婚なんてやはり無理だったのだろうか」
 口にしてみると、漠然とグラハムの心に影を落としていた不安の正体が分かってきたような気がした。そう私は不安なのだ。刹那と結婚して、自分だけが幸せになって、それで“彼ら”はいいのだろうか。今も空の上から私のことを恨んでいるのではないか。
「ハワード、ダリル、プロフェッサー…私は君たちに謝らなければならない。私は君らを失望させた」
 まったく酷い隊長だ。グラハムは自嘲した。自分勝手ですまないと思う、が、グラハムはもう決めたのだ。
「だが一番謝りたいのは、一切後悔していないことだ。恨み事なら私が君らの元へ行けた時はいくらでも聞く。だからもう少し待っていてほしい」

 悩んでいるのは性に合わない。
 待っているだけの男など、クソ喰らえだ。
 グラハムは携帯を取り出す。刹那に一言言ってやらねば気が済まない。だったら、言ってやればいい。我慢するなど、私らしくないことをするから欲求不満がたまるのだ。グラハムは刹那に電話を掛けた。

 無機質な呼び出し音が響く中、ふともう片方の耳に微かな電話のコール音が聞こえた。どうやらこの近くに人がいるらしい。ほぼ同時に電話が鳴るとは、まったく奇妙な偶然もあるものだ、とグラハムは一時電話を耳から離す。するとさらにはっきり聞こえた着信音は今時珍しいデフォルトの機械的なブザーだ。耳を澄ますと、それは刹那と同じ着信音だった。音は徐々に近づいてくる。グラハムの端末はだらりと下げられた右手の中で虚しくコールを続けている。
 気がつくと家のすぐそばまできていたらしい。すぐ脇に家のグリーンの塀がある。
 その時、いきなり強い力で肩を掴まれたグラハムは一気に塀に倒れ込んだ。がそこは丁度木戸になっていて、グラハムの身体を受け止めたのは壊れかけた古い木の塀ではなく、柔らかな緑の芝生だった。そのまま強い力で押さえつけられたグラハムに、何かが覆いかぶさってくる。黒い影の向こうにレモン色の月が見えた。グラハムに覆いかぶさる影、触れたのは温かい皮膚と濡れたゴムのような感触と海水の匂いだった。目を開ける前に、グラハムの口は塞がれてしまった。確かめるように唇を舐められる。
 それがキスだと気付いた時、グラハムは影に向かって腕を伸ばし引き寄せた。






 十日ぶりのキスは海水の味がした。
 チュッと音を立てて唇を吸い、刹那はグラハムから顔をあげた。
「君は、いつも唐突だな」
 グラハムは眼を丸くして刹那を凝視している。その額に口づけを落とす。ひとつ、ふたつ、額から鼻の頭と移動して、もう一度唇を啄ばむ。今度は先ほどより深く合わせて、自然と開いた合わせから舌を差し込むと、待ってましたとばかりに強く吸われて、思わずうめき声を上げてしまった。続いて仕返しとばかり少し強く唇を噛む。
「…っ…」



 突然の出来事に驚いたのは刹那だった。
彼を探して木戸から道路へ出ようと木戸へ手を掛けたとき、ポケットに入れていた携帯端末が着信を告げたのだ。驚いて取り出すと、着信はグラハムからで…出ようとしたその時、外に人の気配がある。咄嗟に塀に身を隠したが、現われた人物を見て、刹那は端末を落としていた。
 グラハムは酔っているようだった。顔は赤いし舌に触れるといつもより熱く、アルコールの匂いがした。なんとなくそれが気に入らなくて、刹那はグラハムの貝殻のような耳に噛みついた。


(相変わらず、男前だなぁ)
 こうして間近で鑑賞するのは久しぶりで、押し倒された格好で、思わずまじまじと見入ってしまう。赤みを帯びた切れ長の双眸に、引き締まった口元は先ほどのキスで少し濡れていた。思わず音を立てて唾を飲み込むと、開きっぱなし唇から零れた涎を刹那が拭ってくれた。
 そこでグラハムは刹那がパイロットスーツを着ていることに気づく。
「少年、その格好はまさか…」
「ああ、今さっき着いたばかりだ」
「信じられない…こんなところへガンダムで乗り付けたのか?」
「最初にそう言ったのはお前だろう」
 確かにそうだが…思わず黙り込んだグラハムの腹に刹那の冷たい手が触れた。気づかなかったが、いつの間にかベルトのバックルは開けられシャツがスラックスから抜き出されていた。そこから刹那の冷たい手がグラハムの肌を這う。首筋に顔を埋められ強く吸われた。まだかすかに潮の香りが残る髪が頬に触れる。
「まさか、その足で来たのか…着替えもせずに?」
 なんと軽はずみな…もし此処で通りかかったのがグラハムでなかったら、こんな住宅地にパイロットスーツの男など通報されてもおかしくない。そう言おうとしたグラハムは、刹那は無言で首筋から鎖骨へと舌を這わせていた刹那の髪を掴んで引き離す。すると恨みがましい目で睨まれた。正直、彼の冷然とした眼差しで睨まれるとぞくぞくする。
 冷たかった刹那の掌に熱がこもっていく。するとおもむろに刹那が身を起こした。
「なら、今着換える」
 刹那はパイロットスーツのファスナーを下ろした。顕わになるストイックに引き締まった浅黒い胸に息を呑む。
「…おい、さすがにちょっと待ちたまえ、せめて家の中で…」
「待てない」
 刹那の手が、スラックスを掻い潜り、グラハムの一番敏感な部分に触れた。と同時に性急にしごかれ、思わず悲鳴を上げてしまう。

「…がっついているな」
「うるさい」
 ぶっきら棒な反論に、しかし手の動きは止むことはない。

「そんな君も愛しいよ」

 そしたら急に膝を掴まれて思いっきり折り曲げられてしまった。
「あまり煽るな」
 あっという間に、下半身を覆う衣服が取り払われた。明かりは月明かりだけなのに、暗闇の中なのが幸いだ。あられもなく足を開かされ刹那の眼前に秘部を晒される。
「…まっ…ぁあっ」
 唐突に生温かい場所に包まれて、グラハムは喘いだ。乱暴な動きでカリに歯が当たる感触が堪らない。みる間に育った自身に歯を立てられ、裏筋を舐められる。そして喉の奥まで含まれて、グラハムは溜まらずに喘いだ。
「あ、ああっ、やぁっ」
 じゅるじゅると液体を啜る音が耳に着く。真っ暗闇の中視界が不自由な分、聴覚が増幅されてほんの些細な音までがはっきりきこえて居た堪れない。指で袋を揉まれながら、温かい咥内に包まれて竿を吸われて、グラハムは泣きそうな声で訴えた。
「…やだぁ、刹那…もうダメだ…」
 このままでは口の中に出してしまう、そんなことはできない、そう伝えたくて刹那の髪を掴むが、刹那は射に返さずさらに激しく愛撫する。
「ん、ぁあぁっ、あ、あ」
 遂にグラハムは溜まらずに下半身を痙攣させて、欲望を吐き出した。すると今度は後ろに指が這わされる。グラハムが出したモノで潤った指がゆっくりと中まで押し入ってくる。自分の指とは違う、刹那の指の感触だ。根元まで飲み込んで、その感触に思わず締め付けてしまって、余計に指の形を意識して息を呑む。思わず苦しくて刹那の首に抱きつくと、微かに笑う気配がした。
「…入れるぞ」
「…っ…ぁ…」
 宛がわれた熱く堅いモノがずっと勢いよく身体を割って入ってくる。引き裂かれるような恐怖に襲われるが、刹那の首に噛みついて耐えた。そのまま奥まで貫かれる。
「…うっぅっ…ぁ」
「グラハムっ」
 余裕がないのか、性急に奥を突かれて、堪え切れずに涙が零れた。揺すられて視界が揺れる。黄色い月が幾重にも重なって見えるのは、感極まって溢れた涙のせいか。そっと頬を拭われて、恐る恐る目を開けると、予想外に穏やかな赤茶色の瞳とぶつかって、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「一番に言いたかった」
 身体の奥を掻き混ぜられるそんなことがこんなに気持ちがいいなんて、朦朧とした意識の中、真綿に包まれたような息苦しさに喘いでいると、耳元に吹き込まれるようにして告げられる。
「誕生日おめでとう、グラハム」
 隙間なく熱い肌に覆われて、もう身体の芯から溶けそうだと思った。
 レモン色の月だけが明るい夜に、これ以上ないくらいくっついていられる。
 それだけで、何よりも幸せな誕生日だと、思ったけれど、すぐに堅い熱で身体の奥の奥を突かれて、訳が分からなくなってしまった、グラハムは,ただもう高い声で鳴くことしかできなかった。

+end+

2009.09.10

ハム誕!

2009.9.30 一部修正