※このお話はイ●リスっぽい国が舞台のなんちゃってパラレルです。オリキャラいたり好き勝手書いてますので、ご注意ください。
※この話は『空に報告すること』の続き(過去話)です。

『 執事募集中 』



 その新聞広告を目にしたのはほんの偶然のことだった。
 当てもなく裏路地を歩いていると、黒い石畳に新聞が落ちているのに気がついた。開いた面に、たまたま目に入ってきたのだ。特に目新しさもないありきたりな求人広告だ。だが、その中の一文に刹那の目は引きつけられた。
『経験不問、身長は170センチ以下で黒髪、エキゾチックな容姿、物静かな性格を好む』
 前半はともかく、後半は求人条件にしてはいささか変わっている。まぁ、執事という職業柄、主人と直に接することもあるだろうから、性格が合わなければ続かない。醜いよりは好みの容姿の方がいいだろう。だが態々広告にまでうたうとは……雇い主はよっぽど偏屈な性格なのかもしれない。
 だが、お世辞でも饒舌だとはいえない刹那にとっては都合のいい条件だ。容姿も条件から外れる部分はない。それに多少偏屈なくらいが、要らぬ接触を持たずに済んでいいかもしれない。
 まぁ、ダメでもともと、受けてみるか。
 仕事ならなんでもいい。
 刹那は新聞をもって、歩き出した。
 
 
 ゴミと下水の悪臭が漂う裏通りから、賑やかな大通りに出た。その広告を出したのは、大通りにある、職業斡旋所だった。正面に大きな鉄製の看板に上品な筆記体の金文字で店名が書かれている。予想外に立派な店だ。一瞬迷ったが、刹那は思い切って店内に入った。
 受付に訳を話すと、直ぐに奥の部屋へ通された。そこには眼鏡を掛けた初老の男がいて、二・三の簡単な質問を受けた。
「執事をやった経験は?」
「ありません」
「年は?」
「16です」
「結構、読み書きは?」
「できます」
 最初は不振そうだった面接官だが、刹那のその返答に僅かに驚いたのか、顔を上げてまじまじと刹那の顔を覗きこむ。
「……嘘じゃないだろうな」
「なら、何か読みましょうか?」
 刹那は手に持っていた新聞の一面の記事を見出しから読みあげた。すらすらと読みあげるのを聞いて、面接官は満足そうにうなずいて、もういいと手を上げた。
「この雇い主は由緒正しき貴族で、しかも少々特殊な、いや個性的な嗜好の持ち主でね、人選には色々細かな条件があるのだよ。お陰で、これまで10人以上紹介しても、決まらなくて往生したが……、まぁ君ならあらかたの条件は満たしている。大丈夫だ。あとは直接会って確かめてもらうよりほかはない」
 これを持っていけ、そういうと、面接官は自分のサインを入れた紹介状と屋敷への地図を刹那に手渡した。

 面接に訪れた屋敷は、郊外の静かな森の傍にあった。外周を堀に囲まれており、城壁のような石壁が聳え入口には跳ね橋が懸っている、物々しい外観だ。しかし、跳ね橋は下ろされており扉も開いたままで人がいる気配もない。コレでは、堅牢な城壁も意味がないな、そう首を傾げながらも、とりあえず中へ足を踏み入れた。案内する人間がいないため、勝手に入るよりしょうがない。ひょっとして空き家ではないか?そう疑問を持ちかけた。だが、中に入ると色とりどりのバラの花が甘い香りを漂わせ、広場は緑色が鮮やかな芝生が覆っており、庭は綺麗に手入れされていた。これなら無人ということはなさそうだ……刹那の心に希望が宿る。それにしても屋敷はさほど大きくはないが、古い建築らしく、傍らには屋根を越して覆いかぶさるようなオークの大木があった。街の雑踏が嘘のように、聞こえるのは木の葉が擦れる僅かな音と、もう一つ、カツンと乾いた高い音が聞こえる。規則的に繰り返される音に刹那は注意を引かれた。進んでいくと、芝生の上に、人がいた。
 白いシャツを肘まで捲り上げ、薪割りをしている。この家の人間だろうか、刹那は声を掛けた。
「すみません、求人広告をみてきたのですが」
 慣れた手つきで薪を割っていた男が顔を上げた。随分若い男だった。、タイツを履かず、グレーのブリーチズ履いているためえ、白い脛が剥き出しになっていた。童顔で、明るい金髪の前髪の下から、新緑のように鮮やかな緑色の瞳が光っている。男は品のいい顔に泥をつけたままで、白いシャツで汗をぬぐった。
「紹介状はあるかね?」
 刹那は先ほど手に入れた紙切れを差し出した。
 すると男は紹介状を一瞥しただけで目を離し、今度は刹那の顔をまじまじと見つめた。
 そのまま暫く黙って見つめた後、ぼそりと呟いた。
「……ふむ、不思議な目をしているな、少年」
 僅かに身をかがめると真正面から覗きこんでくる。刹那は思わず身構えてしまった。だがそんな刹那にもお構いなしに、暫くして男は恍惚として呟いた。
「まるで、焼けた鉄のようだ。美しい、そして実に力強い」
 ……帰ろうかな、思わずくじけそうになって時だった。唐突に、男が刹那の手を取った。
「ココで働きたくて来たのかい。そうか、それはいい。なんたる僥倖。君に決めた、今日からよろしく頼むよ、少年」
 何をいっているんだ、この男は?言葉の意味が分からなくて茫然としていると、男はさっさと話を進めていく。
「条件は、斡旋所で聞いているだろうね。衣食住は保障する、その他に月給を払う。とりあえずは執事見習いとして働いてもらう。もちろん、仕事を覚えればその分給料も上げよう。何せこの屋敷は今非常事態でね、猫の手でも借りたい状況といおうか……それで、まぁ私がこうして雑用をこなしているという訳さ、まぁ猫に負けたという汚名は御免こうむる」
「……ちょっと待て、俺は仕事の面接に……」
 確かに大きな屋敷では、主人ではなく家令や執事といった上級の使用人が採用の権限を持っていると聞いたが。この男がそうなのだろうか?だとしたら、直接の上司になるということか……
 帰ろう、刹那は直感的に決意した。この男はどこかおかしい……男の手が刹那の肩に触れた。悪寒を感じ、背中に鳥肌がたった。
 仕事なら他にもある。別に執事なんてやりたい訳じゃない。すいませんでした、場違いでした、と踵を返そうとしたときだった。
「そういえば、きみの名を聞いていなかった」
「刹那、刹那・F・セイエイ」
 勢いに負けて答えてしまった。
 男は短い唸り声を上げた。
「なんと、名前まで麗しいな……セツナ……なんとも東洋的な響きがする……私はずっと憧れているのだよ。いつかは実際に訪れてみたいものだ……それが、我が家へ迎えることが出来るとは。この出会い、まさしく運命」
「ちょっと、まて。俺は……」
 今すぐ帰る、そういって手を振り払おうとした時だ。
「そういえば自己紹介がまだだったな。大変失礼をした。私はグラハム・エーカーという。この屋敷の主だ」
 驚いて叫んだ。
「何で、主が薪割ってるんだ?!」
「しょうがあるまい、今の前の執事がぎっくり腰をやってしまって仕事が出来なくなったのだよ。それで急きょ新しい執事を探し始めたのだが……これがなかなか、思いにかなう人間がいなくてね。だがその問題も君のおかげで解決した、いやそれ以上だよ!」
 まさか、コイツが雇い主……童顔で、どうみても二十代前半にしか見えない。しかも由緒ある貴族の当主が薪割りなんて……ありえない。というかちょっとどころじゃなく、大いに変だろう、コイツ。内心で失礼にも程がある突っ込みを入れていた刹那だった。なにはともあれ、こんな変人貴族の下で働くのはまっぴらだ、と直ぐに帰ろうとした刹那の腕をグラハムが掴んで引き留める。
「……まぁ、そうはいっても、君も未経験ということなら不安もあるだろう。とりあえず試験雇用ということで初めてはどうだろうか?」
 人助けだと思って、そう言われると、断るに断れなくて、内心とは裏腹に、刹那は頷いていた。



 
「随分上手くなったな」
 薄曇りの午後だった。裏庭で薪割りをしていた刹那の耳に、歯切れのいい声が朗々と響いた。斧を構えたままで振り返ると、それはこの家の主、グラハム・エーカー侯爵だった。
 斧の重みが次第に二の腕の筋肉に負荷を掛けていく。細い腕が疲労を訴え始めた頃、刹那の腕から重みが消えた。
「だが、まだ私の方が上手い」
 刹那はチラリと目だけでグラハムを見た。が直ぐに視線を下げて、主人の手から奪われた斧を取り返す。
 カコーンと真っ直ぐ斧が薪に食い込んだ。いい薪だ。手のひらに僅かに残る痺れに刹那は思った。
 刹那としてはすぐに、屋敷を出ていこうと思っていたのだ。だが、何故だかわからないが、この屋敷の主人、今目の前でキラキラと大きな緑色の瞳を光らせている男に……強く引き留められ、気が付けば既に一月が経っていた。
 今の刹那には大事な使命がある。世界を変革するという大きな望みだ。ソレスタルビーングに加わったのはそのためだ。だからこそ、行動を起こす前のこの時期、行動は慎重にしなければならない。スメラギからも“決して目立つ行動はとるな”ときつく言い渡されている。貴族のくせに、グラハムはあまり社交的ではないらしい。刹那が来てからこの一月来客もほとんどいなかった。例外は親友らしい科学者の男が何度か訪れたくらいだ。屋敷自体、住んでいるのはグラハムと数人の使用人という、こじんまりしたものだ。目立たないといえば目立たないからいいが……なんの因果か……刹那は斧を置いてグラハムを見た。
 質素とはいっても、それは貴族の範疇においてであって、庶民には到底手が届きそうもない贅沢な暮しだ。ほとんどの人間が薄い毛布一枚で眠っているのに、この家には柔らかなマットレスといつも清潔なシーツで覆われたベッドがいくつもある。刹那が今寝ている部屋に小さいながらにベッドがある。朝目が覚めるといつもそのことに違和感を感じる。それなのに、夜横たわれば気持ち良く眠りに入ることが出来る。翌朝はすっきり爽快だ。つまり、理不尽に感じつつ、慣れ始めている自分がいるのだ。この状況の中で、最も危険なのは、慣れることだ、と刹那は自分を戒めた。ぬるぬると纏わりつく心地よい空気に、いくばくかでも憎しみが鈍るようなことがあってはならない。いや、そんなことはあろうはずはないのだ。そんな程度の覚悟なら、刹那は今ココにいない。だが、ありえないと断言できない自分がいるのもまた事実で。そんななんとも不確かな皮膚感覚を覚えながら、それでも居続けている自分が、一番気持ちが悪い、と思った。



 刹那の懊悩など露知らず、グラハムはしゃがみこんで顔を覗き込みながら言った。
「悩みごとかね」
 その言葉にぎょっとする。
 驚きが顔に出たのだろう。グラハムは宥めるような笑みを浮かべて説明し始めた。
「ああ、そう警戒しないでくれ。別に君のことを探りを入れている訳じゃない……ただ、その量なら一月は薪割りをしなくて済みそうだ、と思ったものでね」
 我に返ると、傍らには薪が山のように積み上がっている。明らかにやり過ぎだった。失敗した……それほど夢中になっていた。
「もやもやを吹き飛ばすには、身体を動かすのが一番だ」
 分かりきったような口調にむっとする。がグラハムはどこ吹く風だ。あくまでマイペースに話を進めていく。
「君の悩みごとの中に、私たちの問題が入っているなら嬉しいのだがね」
「……誤解を招くような言動は止めてくれ」
 刹那の口から長い溜息が零れた。
「で、決心はついたかね」
「……俺は最初から決めている。俺は……この屋敷の執事にはならない」
「その発言は無効だ。きみはこの家で働くために面接を受けに来た。そして主たる私はそれを了解したのだ。それで全て解決ではないか。君はこの家で働く運命なのだよ!」
「だから、アンタのそういう強引なところが俺は嫌なんだ!」
 このやり取り、一体何度繰り返したことか……毎日のように繰り返される不毛なやり取りに、刹那の気持ちが挫けそうだ。なんだか、そうまで言うなら働いてもいいような気がする……そんな弱気な気分になってくる。
 
「ところで、君は読み書きができたな?」
 面接を受ける時、これまでは工場労働者として働いてきたと説明してある。労働者で読み書きができるのは珍しい……刹那の脳裏にスメラギの“絶対に目立たないように、気をつけてね”といわれていたから素性を疑われるようなことはしたくないが……グラハムは一見すると大雑把なようでいてときどき恐ろしく鋭い。些細な疑惑でも、厄介だ。
 しかし、下手な嘘をついても要らぬ不信を抱かれるだけだ。嘘が下手だという自覚はある。刹那は控えめに答えた。
「簡単なものなら」
 慎重に選んだ言葉は、そっけないものになったが、グラハムは気にも留めていないようだ。十分だ、と真剣に頷いている。真正面からの笑顔に僅かに心が波打った。刹那の前に立ったグラハムは頭一つ分以上背が高い。白い糊の効いたリネンのシャツに青のスカーフを巻いて、灰色のブリーチズを履いている。彼は何時もこんな感じだ。やや流行遅れの洋服だが、良く似合っていた。
 グラハムは真面目な表情で更に問いかける。
「何処で習ったのだね?」
 思わず表情が硬くなる。それを察したのだろう、グラハムは直ぐに笑って言い返した。
「君は本当に警戒心が強いな!まるで手負いの獣のようだ。……だが、そんなところも好ましいなぁ」
 不意にグラハムが真面目な顔になる。
「もし文字が読めるなら頼みがあるのだが」
 グラハムは刹那が斧を持っているにも関わらず、ずいっと身を寄せてくると、いつもの奇妙な言い回しで言った。
「とても良い方法を思いついたんだ!これは画期的だよ。私は毎朝新聞を読む。そして重要だと思った記事には印をつけて保存しておくのだが、これまで情報を集めはしたが整理する方法を知らなかった。お陰で新聞もたまる一方で知識にならない。その問題を解決する画期的方法を編み出したのだ。そして、それには君の協力が是が非でも必要だ!」
 これからそのインデックスを作ろうと思う、そういうとグラハムはおもむろに地面にしゃがみ込むと、木の枝でいくつかの単語を書きなぐった。「飛行機」「外交」という単語だ。
「これから私が表題を考えるから、君は毎日私が印をつけた記事を切りぬいて、当てはまるノートに張り付けてくれ。……これが結構手間がかかる作業でね。切り抜くのは面倒だし、これまではまとめて箱に入れておくだけだったんだ。後でもう一度読みたいと思っても、そう簡単に引き出すことが出来ない。君が協力してくれれば私の仕事も随分はかどる」
「内政」「外交」ここら辺はまさしくグラハムの仕事がらみだろうが、「飛行機」や「宇宙」といった単語が真っ先に出てくるのはユニークだ。グラハムらしさが現われている。彼は特に最近発明された飛行機に夢中だった。次々に書きだされる単語に刹那は眉を顰めた。最初からこんな多数の表題を着けていたら、大変だ。
「ちょっと待て……俺がアンタの趣味に付き合う謂われはない。……それに、俺はもう……」
 これ以上はいられない、そう意を決した。
「……助けてもらったのは感謝しているが……俺は、もう出ていかないと。第一アンタは貴族だろう。それが俺みたいな行きずりの人間を家に入れて……仕事までやらせるなんて、警戒心が薄すぎるっ」
 なぜ、自分がグラハムに説教めいた忠告をしなければならないのか……自分で自分が良く分からない。が、今は何より、この警戒心が欠如した男に現実を知らしめなければならない、という根拠がない強い思いに動かされていた。しかし、対するグラハムはのんきなものだ。
「君のその真正直さに、好意を抱いたのさ。これでも私は人を見る目はあるつもりだ。真人間と悪人の区別ぐらいつく。君はいい人間だ」
 きっぱりと言い切られた。
 なんだか妙な気分だ。別に大したことを言われた訳じゃないのに、顔が熱くなって、とても正気とは思えない。
「……断る」
「なんとっ……!?」
 刹那の簡潔な返答を受けて、グラハムは眼を見開いて、驚いている。断られるのが心底以外だという様子だ。
「そうか、ならば私は、君が私の提案を拒絶するなら、私は君が拒絶することを拒絶する。そう、断固として、そんな結論は受け入れがたい」
 一瞬の空白が二人の間に降りた。なんだ、その横暴な言い草は。刹那は怒りを覚えた。

「……刹那」

「敢えて言わせて貰おう、私は、君が欲しい」
 刹那の手のひらから力が抜けて、カタンと斧が倒れた。雲が割れ、木漏れ日が差し込む……訳はない。空は相変わらず重く、暗い。しかし陽射しは弱くとも、グラハムの金髪はそれ自体が光を発しているようだ。眩しい、刹那は目を細めた。
「君のその瑪瑙のような神秘的な瞳とこの繊細な手が、どうしても必要なのだ、少年!」
 自分の言葉に寄っているのか、次第に頬が紅潮してきたグラハムに、強い勢いで迫られて、刹那はたじろいで困惑した。両手を掴まれ、至近距離でグラハムの大きな緑の瞳に睨まれる。グラハムの白い手が刹那の泥だらけの手を握りしめていた。それを見たら羞恥心で顔が熱くなった。
 想像していたよりグラハムの手は大きくて堅く、そしてじんわりと温かい。貴族の手はもっと柔らかくて冷たいものだと思っていたのに。
 刹那は他人との接触が好きではなかった。それなのにグラハムの手は振り払う気にならなかった。


「頼む」
 コレはズルい、と刹那は思った。そんなふうに真っ直ぐ言われたら断れないじゃないか。

 はぁ、とため息を吐いた。
 
「……新しい執事が決まるまでだからな」

 薄曇りの空から木漏れ日が差す午後、こうして刹那はグラハム・エーカーの執事となったのだった。

+ end +



2010.7.28


前作以上にまたぐだぐだな内容でどうもスミマセン……
正直、もうちっとどうにかなるだろう……と思うんですが、どうにもならなかったので諦めてアップしました。
19世紀のイギリスメイド本などを買ってしまったので書いてしまいました。
でも続きではなくて、出会い編だという。
しかし、あんまりイギリスっぽくしすぎてもイカンと思いまして、そこらへんはかなり適当です。

本当に、ココまでお付き合いして下さいまして、ありがとうございました。