『 Love Letter 』



 これは、引き裂かれた恋人たちの昔話だ。
 ごく有り触れた恋の話。ただ一つ、普通の違うのは片方が分厚いコンクリの壁に囲まれた窓のない独房に繋がれた囚人だったと言うことだ。

 薄暗い部屋は、小さな照明が一つ灰色のコンクリートの壁を照らし出すだけで、窓はない。この部屋に入れられてから一度も太陽を見たことがなかった。青空も、星も月も。季節すら忘れてしまった。
 部屋には椅子のほかに、ベッドと便器が一つづつあるきりで、俺は一日の大半を小さなプラスチックの椅子の上で過ごしていた。逃亡防止のため、両手は30センチほどの鎖がついた手枷がはめられ、両足には一メートルほどの鎖がついた足枷が掛けられていた。

 連邦軍のフォーリンエンジェルス作戦の時、アリー・アル・サーシェスと差し違えて爆死したはずの俺なのに、その後どういう偶然か解らないが、連邦軍に救助されこうして今も生きている。だが、見慣れぬパイロットスーツ(しかも最新鋭の)に身を包んだ所属も身元も解らないパイロットを連邦は見逃しはしなかった。CBの関係者として尋問するため治療を受ける代わりに一切の自由を奪われ、拘束されることになった。看守たちの私語から、連邦の中にアロウズという治安維持組織ができたこと、CBが彼らに宣戦布告したこと戦争をしていたことを知った。世界は変わっていても俺の身柄は極秘裏に管理され、一切表に出ることはなく、CBもアロウズも知らなかったようだ。
 そして、今、連邦軍の再編に伴い、俺の処遇は宙に浮き、金も手間も掛かる最重要檻房から現在の房に移された訳だ。かといって自由になったわけではなく、相変わらず外出はおろか面会すら許されてはいなかったし、機密保持のためネットはおろか新聞も本も、カレンダー見ることが出来ない。今日の日付すら解らない状況で、年月を最初の1年くらいは数えていたが、それも止めてしまった。今では自分の年齢すらも解らない。ここへ幽閉されたとき、27歳だった自分は、今何歳になったのだろうか。

 だが、それももはやどうでもいいことだった。その時の俺にとって世界は自分がいる灰色の箱の中だけだった。毎日二食の食事をとる以外にやることのないし、年を数えても、死ぬまでの時間を計算するという作業に過ぎない。最初の頃は毎日のように行われていた尋問も最近ではほとんど行われなくなった。俺が口を閉ざし続けているから諦めたのか、それともたった一人の囚人に構っていられないほど世界情勢が逼迫しているのか。どちらにせよ俺には関係ないことだ。戦争のことも、ソレスタルビーングのことも今では遠い過去の思い出に過ぎない。ただ一つ、外に残してきた片割れは気に掛かるが、なに、あいつならきっと上手くやっている。俺には出来なかったまっとうな仕事についているし、俺よりもずっと生きるのに貪欲で、正直な男だから。出来ることなら俺の手でもっと生きやすい世界に変えてやりたかったけれど、それはもう仲間たちに託したことだ。使命より私情を優先した俺にはもうかつての仲間とともにある資格はない。あとは、何も話さず、ただ死を待つだけ。そう思っていた。

 そんな中、ある日一通の手紙が届いた。食事のトレイに無造作に置かれていた手紙は極シンプルな白い封筒に入れられており、開封されてはいたが、中身は弄られていないようだった。一体誰が……俺は、恐る恐る手紙を開いた。
 封筒の中には、びっしりと文字で埋まった数枚の便せんが入っていた。中身を読むと、その几帳面な細かな文字には見覚えがあった。ぼんやりと流し読みしていた俺の目に、最後尾に書かれた差出人の名が飛び込んだ。
 最初は信じられなかった。だから何度も何度も読み返すが、やはり同じ名前で、次には同姓同名の別人とか、自分の記憶違いとかいろいろ間違いだと信じる理由を探したが、食い入るように凝視しても、擦っても文字は変わらない。
 そこまでしてようやく俺は理解した。
 手紙の差出人は、グラハム・エーカー。かつて俺が愛した、ユニオンのエースパイロットだった男だった。




「前略
 私のことを覚えているだろうか。私の名はグラハム・エーカー。忘れているならこの手紙は読まずに破って捨ててくれ。意味はないから。でももし覚えているのなら、どうか呆れずに最後まで読んで欲しい。さて本題に入る前に、説明しておきたいことがある。私は君の現状は知っている。そこがどれほど厳しい環境か想像がつくから、敢えて今は元気かとは聞かない。できれば直接逢いたかったのだが、許されたのはこの手紙だけだった、すまない私の力不足だ。

 私は今、震えるほどの大きな喜びの中でこの手紙を書いている。文字通り右手が震えて文字が上手く書けないせいで、読みくいかもしれないから先に謝っておこう。
 君が生きていると知った今、心から久しぶりに重い霧がはれた心地だ。ずっと、君は死んだものだと思っていたから。最後にあったとき、君は自分の正体を明かした。真実を知った私は君に目の前から消えてくれと願った。それが最後だったね。あの時、もっと良く君の話を聞けばよかったと、今は後悔している。が過ぎた話は今はするまい。大事なのは未来のことだ。
 多くの友人や恩人を失い、戦場の鬼と化した自分だ。今更、愛や幸福など求めるべきではないと解っている。このように書くと、優しい君は罪悪感に苛まれるだろうと危惧しているが、それは的外れだと言わせて貰おう。私は君を恨んではいない。君の行動が正しいとは、正直今でも思えない。それでも、君にはそうせねばならない信念があったのだろう。空を飛びたいという私の情熱と君を現状に追いやったテロリズム情熱は、同じ物ではなかったが、真実であるには変わりない。私たちがこうなってしまったのは抗いようのない運命のようなものだったのだと今では思う。だから運命を恨みこそすれ、君のことは憎んではいない。だから私のために心を痛めるのは止めてくれ。そうでなければ、私はこれ以上書き進めることが出来なくなってしまうから。
 君が生きていると知ったとき、私は一つの発見をした。
 それまで灰色で重く苦しいばかりだった世界に、久しぶりに色が戻った。それはたぶん希望と言うやつなのだろう。君が生きている限り、私も希望を捨てずにいられる。いつかまた再び会える日が来ることを願うことが出来る。それがどれほど可能性が低くとも、未来に対する良い変化の可能性であることに変わりない。それがどんなに細い糸でしかないとしても、私たちを結ぶ運命の糸は未だ切れてはいなかったのだ。それだけですべてを失った私も生き続けることが出来る。
 今の私にとって、君はこの世に残された最後の希望なんだ。
 ありがとう、生きていてくれて。
 感謝を込めて、私は今この手紙を書いている。そしてもう一つ、どうしても伝えたいことがある。

 実はさる人に、この手紙を所定の日付に君に届けて貰うよう頼んでいるのだが、今は私の希望が叶ったことを祈っている(君も祈ってくれ!)

 今日がなんの日か知っているかい。
 世界でたった一日しかない、記念すべき日だ。
 
 誕生日おめでとう。
 今の私に許されているのは手紙だけだから、誕生日プレゼントに君の力になるような言葉を贈りたいと思った。しかしよい言葉が浮かばない……だから普段読まない恋愛小説やラブソングを聴いてみたりして、良い文句を探したりした。おかしいだろう、この私がラブソングなんて!でも不思議なことに、それまで陳腐だと思って聞き流していた歌なのに、君のことを考えただけで、胸に迫って涙が零れた。幸せな歌では、ともに過ごした日々を思いだし、別れの歌では現在までの離ればなれだった長い年月を思った。どんな歌を聴いても、涙が流れて止まらない。すべての言葉が私たちのもので、すべての言葉に心が震えた。
 だけど結局、伝えたい言葉はたった一つなんだ。本当に単純で、明快なこと。無数の言葉を吸い取って、私がたどり着いた結論はこうだ。


 ニール、君を愛している。


 私が言いたいのはこれだけだ。
 身勝手な男ですまない。何か力づけるような言葉といいながら、結局は自分の思いを君にぶつけることしかできない。君と別れてから随分と時が経っているのに、進歩のない男だと笑ってくれ。
 本当は、この手紙を書きながら、何度も何度も同じ言葉を叫んでいた。今日だけではない、毎日心の中で叫んでいるよ。君の名前を。何十回何百回と叫んでいる。
 この声が君に届けばいいのに!

 分厚い監獄の壁の外からいつでも私は叫んでいる。たとえ逢えなくてもそれだけは変わらないと信じて欲しい。
 そしていつか、また二人でこの世界を分かち合う日々が来ることを君も信じてくれ。
 
 君を愛している。
 」

 手紙にぽたぽたと水滴が落ちて、丸い染みを作っていた。染みの場所のインクが滲んでしまったが構わなかった。
 グラハムがどうやって自分のことを知ったのかは解らないが、これを自分に届けることは簡単では無かったはずだ。いくら軍属といえども、ここまでするために一体どれほど苦労したか。
「……馬鹿だな、あいつ……」
 馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だ。
 どうしてこんなに真っ直ぐなのだろう。
 本当に、馬鹿な男だ。俺なんかのためにこんなことするなんて。ついに嗚咽を漏らしながらニールは手紙を握りしめた。




 さて、冒頭でこの話は引き裂かれたある一組の恋人たちの物語だと書いた。だから、ここからは蛇足となる。
 読むのも読まないのも自由だ。
 
 この後、さほど経たずに、俺は釈放されることになった。新連邦政府樹立による恩赦が理由だが、俺は何も話さなかったし、具体的な証拠もなかった。そしてCBも活動を止めてしまった今、俺に時間を投資する必要がなくなったと言うことだろう。
 また、毎日のように押しかけてくる、元ユニオンの軍人に辟易した施設の担当者がノイローゼになったとか、上に強く直訴したからだとか、まぁ噂はいろいろある。
 本当のところは知らない。
 が少なくとも、グラハムが書いた手紙は、今も俺の手元にあって、今では時たま二人で読み返したりして、あの頃のことを思い出すことができるようになった。
 
 この話はこれで終わる。
 
 最初に言ったとおり、この話は有り触れた恋人たちの昔話だから、最後もやっぱり有り触れた文句で終わることにしようか。
 
 それはつまり。
 
 
 
 二人は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
 めでたし、めでたし。

+end+



2010.3.11

大変おそくなりましたが、一応双子の誕生日SSということで。
ニール&ライル、誕生日おめでとう!


しかし、思いつきで書いたら、どうにも恥ずかしい内容で、面白く無いので、
そのうちに下げるか、書き直すかするかもしれません。