※一部に男性同士の露骨な生描写が見られます。18歳以下の方は閲覧しないで下さい。



『 Closed 』

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 人生における最大の失敗を繰り返さないために、この目隠しは必要なことだった。彼の瞳は強すぎて、いつも演じている「軽薄だが頼りになる世慣れた男」の仮面を容赦なく引きはがし、裏側に隠している不安や葛藤、どろどろと渦巻く欲望や憎しみを、全部見抜いてしまうだろから。だからニール・ディランディは彼、グラハム・エーカーの瞳が実は怖くて仕方が無かった。
 ニールが隠したいものの一つに、双子の弟との関係を破綻させた自分の行きすぎた愛情……独占欲がある。だからニールはこれまで誰かを束縛することを徹底的に避けてきた。好きになれば独占したいと思うのは当たり前だ。だが自分はそれが人より強すぎるらしい。強すぎる束縛は関係を破綻させるということを身を持って知ったニールは、それ以来、他人とは距離をきながら付き合ってきた。それに、もしもう一度本当の愛を知ったら、自分はこれまでと同じに容赦なく引き金を引くことが出来るかわからない。自分の人生の意義は家族の復讐を果たすことで、そのためには、不要なものは排除する。ドライで割り切った人間関係の方が良い。第一、なにもこんな破滅的な人生に他人を巻き込むことはない。
 それなのに、この男グラハム・エーカーが相手だとその自制心が上手く機能しないのだ。
 この時もそうだった。

 バーで待ち合わせをしていた。薄暗い店内で、ニールは細いスツールに腰掛ける黒いスーツの男を見つけて目を細めた。高い天井からカウンターを照らすダウンライトのオレンジ色の照明がその男の緩やかにカールした金髪を優雅に惹きたてている。キラキラと辺りに金粉をまき散らすような、古風な教会を飾るモザイク壁画の天使のような。ただ一つ男が天使と違うのはその背に羽根がないことだが、ニールは知っていた。実際の彼が普段は鳥の翼よりももっと強固で大きな翼、モビルスーツを操ることを生業としていることを。だからだろうか、いつもニールは一つの不安を抱えていた。
 いつか跡かたもなく、自分の前から飛んで消えてしまうのではないか、と。
 子供じみた妄想だと分かっているし、実際、二人は互いの家も知らないし、素性も隠して逢っていた。ニールが男の職業を知っているのは、調べたからだ。これでも一応用心のため、ベーダを使って経歴を調べたが、結果は無駄だったといえるだろう。ユニオンのフラッグファイターだとしってもこうして逢っているのだから。

 珍しくグラハムは人目を引く整った顔に憂鬱の陰を浮かべて、バーボンをロックで煽っていた。カウンターに肘をつきグラスを覗きこんだグラハムは、グラスを透かして、視線は遠くへ、カウンターの向こうで無言でグラスを拭うバーテンや、ぶ数々のグラスや酒瓶を通り越して、どこか別の時間に飛んでいる風情だった。その姿にいいようのない苛立ちを感じたニールは思わず足を止めた。
「珍しいなあんたがそんな強い酒」
「君があんまり遅いから、すっぽかされたのかと思って、酔いたい気分だったのだよ」
 確かに、約束の時間を30分以上過ぎていた。しかしニールは直感的にそれが嘘だと感じた。
「別の女か……男のことでも考えてたんだろう」
「君は鋭いが、詰めが甘いな」
 そういうとグラハムは残った酒を一気に煽った。まるで過去を振る切るように。
「この世にはいない人だ」
 自分のいない時間に今彼が思いをはせていることに、昔の記憶を呼び覚ました酒に、苛立ちが増していく。
 その時に、この計画を思いついた。
 グラハムを拘束して監禁する。そして有無を言わせず抱いて、自分だけしか考えられないようにしてやる。そうすれば少しはこの得体の知れない不安も紛れるかもしれない。
 間近に迫った誕生日の余興にはちょうど良いだろう、と。

 目が見えない恐怖に、快感が優り始めたとき、また新たな違和感を感じてグラハムは腰を震わせた。ニールの手が淡い下生えの中を這い回り始めた。かと思うと乳首に噛みつかれて短い悲鳴を上げさせられる。どうせなら口も縛ってくれればいいものを、そうすればこんなみっともない声を聴かせることもない。しかしグラハムの反応に興が乗ったのかニールは執拗にいじましく膨れたそこを舐め続ける。
 目を塞がれたせいだろうか、いつもよりも敏感になったようで、舌のざらざらした感触やぺちゃぺちゃという唾液の音、それから自分が吐き出す乱れた呼吸など、普段なら聴き逃してしまう音が嫌に生々しく、はっきりと間近に迫ってくる。のたうつ背中に擦れるシーツの衣擦れの音までもが、映画のBGMのように誇張されて鼓膜を打つ。
 次に何をされるのかまったく見当がつかなくて、たとえばニールの肘が脇腹に触れるとか内腿に彼の髪が触れるだけで、過剰に反応してしまう。未だ前戯の段階だというのに、自分の欲望が限界に近く高ぶっているのは明らかだ。下生えを撫でられる指に合わせて、ねっとりとした水音が聞こえてくるのは、下腹部の淡いが既に先走りで零れてしとどに濡れているせいだ。
 それなのに、決定的な刺激を与えようとはしない。時々、下生えを撫でる指がそのさらに奥へと触れることはあっても、それ以上へは進もうとしない。今日のニールは徹底的に焦らして楽しむつもりらしい。グラハムは唇を噛んだ。そんな彼の意図を理解しても、突き跳ねることのできないことが悔しい。
「……今日の君はどこかおかしい」
「そんなこたぁねえさ……最初から普通じゃなかっただろ、俺たちは」
 そういうと、柔らかな髪が下腹を撫でて生温かい息が欲望の先端をくすぐった。濡れた皮膚に息が当たる生々しい感触に鳥肌が立った。
 無意識のうちに、グラハムの腰が仰け反る。まるで咥えて欲しいとねだるような仕草だ。まぁ間違った例えではないだろう。ニールは思い通りのグラハムの反応に笑みを零した。
 ソレは今すぐにでも咥えて欲しいとダラダラと先走りを零して泣いている。素直な身体にニールは褒美をやることにした。
「……ひっっ……」
 いきなり咥えられて、グラハムは鋭い叫び声を上げた。それまでの温い快感とは、全く違う。いきなり追い立てるように強く吸われて息が詰まった。ニールは全体を咥えこむと唇で挟んで上下に扱いた。目の前が真っ白になるような快感に、グラハムの我慢は限界に達した。
「ぅ…………ぁぁあああっ」
 勢いよくニールの口の中に吐き出してしまう。全てを吐き出すまで、ニールは口を放さなかった。
「……咥えただけでイクなよ」
 ニールは喉に絡まる重い液体を全て飲み込むと、サイドボードに置いておいた温くなったミネラルウォーターで口を濯いで、またベッドに戻った。シーツの上では雪にも負けない白い肌が、今はピンクに染まっていた。それを拘束する黒いリボンの異質さに目を奪われた。
 この身体が、黒いリボン一つで自由になるのが信じられなかった。
 まだ息が荒いグラハムの身体を裏返して、尻を上に突き出させた。すると突然の行動に戸惑ったのか、グラハムが曲げた腕の中に顔を隠してしまった。
「どうした?」
 やらしー穴だな……ニールのあからさまな言いように羞恥心で全身が火を噴いたように熱くなる。そこで、更に追い打ちを懸けるようにニールの指が尻を掴んだ。
 ニールは長い指で小さな尻を揉みこんだ。引き締まった筋肉が跳ね返そうと力むのを、負けじと無遠慮に押し返す。その感触を確かめた後で、ニールはさらなる行動へ移った。肉を割り裂き、最後に隠されていた場所まで顕わにしてしまう。
「こんなキツイのにな」
 恥骨の先に生温かい舌が触れた。それは徐々に割れ目の深く奥へと進んでいく。露骨な視線にグラハムは恐怖すら覚えて、足を激しくばたつかせて抵抗したが、しっかりとウェストを掴み抑えられていて叶わない。
「……まだ、全然触ってねぇのに、ひくついてるぜ」
 ついに舌が顕わになった秘所へ、そこへ到達した。チロチロと襞を辿るように舐められる。
「止めろ、そんなところはっ」
「馴らさないと、あんた文句言うだろう?」
「そうだとしてもっ、他に方法などいくらでもっ」
「たとえば?」
 折角希望を聞いてやっているのに、グラハムはイヤイヤと首を振るばかりで答えない。
 他の方法がないならしょうがねぇよな、とさらに奥へ奥へと容赦なく侵入させる。そしてついには長い指を添えて、きつく吸った。
「いやっっ……ぅ、ふぅぁああっ」
 唾液をすする音に耳を塞ぎたくなる。グラハムは舐められるのが恥ずかしくて、嫌がって悲鳴を上げるが、ニールは許さなかった。指で掻きまわすのと同時に舌で奥まで攻め立てる。前立腺を指で押し、ひたすらグラハムの性感を煽りたてて、喘がせる。ニールの長い指が、出入りするたびに引き裂かれる痛みと同時に快感がグラハムの理性を犯していく。舌と指と柔と剛とでばらばらに攻め立てられて、グラハムは啼いた。
 一本だった指が二本になり三本になりと増やされるたび、グラハムの声も高くなる。ニールは執拗にグラハムの内部を攻め立てる。感じる場所を、狙いすまして攻め立てた。
「っっぁああっ、あああ……や、もうっ、ニールゥ」
 背中をそらせ、金色の髪を振り乱し叫ぶ、その痴態に、思わずニールは息を飲んだ。そしてついに、堅く高ぶっていた自身を白い狭間に突きたてた。跡がつく程に尻の肉を開いて、奥へ奥へと侵攻し、締め付ける内部を割り裂いて進む。根元まで挿入した後、引き抜きまた再度突きたてた。その繰り返しに、堅かった内部も解れて迎え入れるような蠕動に変わった。激しく突きたてる動きに合わせて、グラハムの背中に、ニールの汗が一滴二滴としたたる。
 そして、あまりの激しさに、シーツに縋りついていたグラハムの顔から目隠しが外れて瞳が顕わになった。久しぶりに差し込んだ光に網膜が焼かれたのか、それとも過ぎた快感で感覚がおかしくなったのか分からないが、視界が上手く焦点を結ばない、見えるはずのものが見えない。
「……ール、ニール」
 ずれた黒い布の隙間から、緑色の瞳が覗いている。大きく見開いたそこから、涙が溢れた。ニールはそこに引きつけられるように首を伸ばして口づける。
 苦しい姿勢だったがグラハムは自分からニールの口づけを求めた。
 そして二人とも果てるまで貪り続けた。

 どれだけ時間が経ったのか、疲労と眠気でもうろうとする意識の中、グラハムは目を開けた。目隠しと手首を縛るの布はとっくの昔に外れてしまったのに、まだ身体の中に彼がいるような気がする。シャワーを浴びて眠りにつきたいが、もはや両手を上げることすら億劫だった。日が昇り、また夜が来た。その間抱き合っては眠り、目覚めればまた抱き合ってという繰り返しで、口にした食事と言えば、赤ワインと生クリームをたっぷりのせたホールケーキだけだ。なんともシュールな状況だ。
 ふと思い出したグラハムは、ベッドから起き上がるとサイドボードに置かれた赤ワインのボトルを手に取った。栓を抜いてから数時間が経ったので、最初のような鮮烈な香りは薄らいでいたが、代わりに口に含むと舌に絡まりまろやかで官能的な味わいになる。思ったよりも良いワインなのかもしれない、そんなことをしながらボトルから直接煽る。そこへバスルームからニールが戻った。
「……それ結構良いワインなんだぜ」
 腰に手を上げて呆れたように呟く彼に、見せつけるようにしてさらに煽ると、ボトルごと取り上げられてしまった。
「構うものか、グラスに入れても味など変わらん」
 あからさまに不満顔を作ると、ニールは人の悪い笑みを浮かべて、瓶からワインを煽った。そしてそのまま口づける。最初戸惑ったグラハムだったが、ニールが唇を離さないので仕方なく飲み込んだ。含んだ途端、先ほどよりも官能的で濃厚な味わいに、一口では満足できなかった。もう一度とねだると望んだとおり与えられる。アルコールと穏やかなキスの繰り返しに再び意識がとろんと微睡みだしたころ、いたずらな舌が再び絡みついてきた。明らかに官能を煽り立てるキスにグラハムは抵抗した。もう、そんな余力は残っていない。キスに応える代わりに、グラハムはのし掛かってくる恋人をみた。そっと引き締まった頬を撫でると穏やかな光をたたえた碧玉に口づけを送る。
 彼がどうしてこんな行動をとったのか分からない。が何らかの思いがあっるのだろうとは伺えた。だから、理由などどうでも良かった。なんにしろ自分は彼になら何をされても構わないのだから、こんなのは一風変わった愛の行為でマンネリ打破のスパイスになるなら悪くない。
 ふと、自分を縛っていた黒い紐の残骸に気がついて、グラハムはそれを手に取った。そして。
「手を繋がないか、ニール」
 そういって右手を差し出す。
「どうしたんだよ?」
 渋々と差し出された右手をがっちりと掴む。指を絡め合い、しっかりとつなぎ合わされた右手と左手の手首に黒い紐を巻き付ける。グラハムはリボンの片端を口にくわえた。そして右手で二人の手首を器用に括った。最後に蝶結びの片方の輪を口に咥えてきつく締める。
「何をしているんだ?」
 仕上げに、二人の手を結んだ紐を愛しげに口づけて幸せそうに微笑む。
「こうしていれば離れない」
 同じ繋がれるなら、こっちのが良い。
 そういうとニールはほっと頬を緩めた。

「あんたには叶わねぇな」

 それは、その日最初にニールがみせた心からの笑顔だったのではないだろうか。

「明日までは解放してやらないから――」
 グラハムはあいている左手をニールの首に巻き付けてベッドに引き倒す。
 寝入りばな、耳元でニールがささやいた。その言葉が真実なら、なんと無駄な時間を費やしていたことだろう、本当なのか確かめたかったが、猛烈な眠気に意識が朦朧として落ちる寸前でとても耐えられそうもない。
 ならせめて……最後の力を振り絞って告げる。
「誕生日、おめでとうだなぁ」
 真偽のほどは後で確かめれば良い。今は、二人で閉じられたこの暖かな檻の中で眠りたい。
 そして二人は身を寄せ合って眠りについた。

+ end +



2011.3.9

ハッピーバースデー ニール&ライル!!