※男性同士の露骨な生描写が見られます。18歳以下の方は閲覧しないで下さい。

『 ねこ日和・番外 ホワイトデー編 』

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 今日はグラハムの様子がおかしい。
 
 一仕事終えて漸く落ち着けた。ソファに座って愛猫を膝に乗せていると、ふと隣にいない気配が気になってきてニールはソファのクッションに頭を沈めて、寝室を窺った。グラハムは30分ほど前、風呂からあがると直ぐに寝室に閉じこもって、それきり出てこない。いつもなら煩いぐらいに纏わりついてくるのにそれがないだけで、たいして広くないリビングががらんとしていた。そういえば、今日はまだ全然触れていなかった。そのことに気付いたニールは、現在自分の中に居座っているぼんやりとした違和感の正体に思い当たって眉を顰めた。
「……べつに、寂しい訳じゃないけどさ」
 当たり前のことが、なくなると途端に心許なくなる。そういう心境だと思う。
 もう一つ、ニールはグラハムが寝室のサイドボードを見ないか、気になっていた。見ないという確信はある。ベッドわきのサイドボードは左右両側に一つずつあって、左側がニールで右側がグラハムという風に使い分けているからだ。グラハムには左のサイドボードの中身を見る必要性はない筈だし、ニールも見られて困ることも無い。入っているのは夜の必需品ばかりで、グラハムも目にするものだからだ。だが今夜は違った。それにグラハムが気づいたら――それでもいい。説明が省けるのだから歓迎するくらいだ。だけど、折角ならそれに気づいた時のグラハムの反応が気になる。
 驚くか、それとも恥ずかしがるか。
 少なくとも、自分は恥ずかしかった……だからおんなじ思いをすればいい。本当は食事の後にでも渡そうと思っていたのだが、思わぬアクシデントのせいで有耶無耶になったまま、グラハムは寝室に引っ込んでしまった。どうせ拗ねているのだろう。
 その時、にゃあと膝の上でグラが短く鳴いた。ふわふわの小さな頭に翡翠のような一対の瞳孔が細い弓状に絞られている。
「お前は悪くないけど、でもちょっと考えようなぁ」
 わかっている筈はないけれど、グラは僅かに首を傾げて無邪気な様子で再び鳴いた。指で額をくすぐると気持ち良さげに目を細めた。
 ニールが立ち上がると、不服そうな鋭い鳴き声を上げる愛猫を寝床へおしやる。
「今日はもうお休みだ」




 寝室は明かりが落とされて薄暗く、一見するとグラハムの姿は見えない。が、ベッドの膨らみに気づいたニールはそっと近付いた。そして膨らみを潰さないように注意して腰掛ける。
「グラハム」
 一人分の体重で枕元が沈むと、シーツとシーツの僅かな隙間から金髪が零れ落ちた。また、枕もしないで寝込みやがって。寝違えても知らないからな。そんなことを内心思いながらはみ出した髪を指に絡めた。猫とは違うが、毛足が長くて柔らかい。その時、金髪に埋もれるように何か見なれぬ異物が見えた。それに気づいた途端、固まってしまった。なんだ、これは?何か三角形で黒い毛に覆われたものだ。一気にシーツをはぎ取る。重い沈黙が流れる。がニールはシーツを捲った体勢のまま固まった。
 なんなんだこれは?
 一瞬、我が目を疑う。グラハムの頭に、何か見なれぬ物体が……いや正直に言おう。それが何なのかニールはわかっていた。ただ、それが一緒に暮らす恋人だからわかりたくないのだ。彼はニールより年上で、つまりもう三十路も超えた男で、世間では十分いい大人で、軍人なんてお堅い仕事をしていて部下もいる。そんな男が!ニールは重い溜息を吐いた。すると何を思ったかグラハムがころりと向きを変えて言った。
「……にゃぁ」
 ニールは捲っていたシーツを再びグラハムに被せた。
 暫く何をされたのか理解できなかったが、理解した途端グラハムが飛び起きた。
「何をするかっ」
「……それはコッチの台詞だ」」
 自然と重い溜息が零れ落ちた。がしがしと頭を掻いて、心底呆れたという表情でニールが言った。
「最初から、変態だ変態だと思ってたけど、根はまっとうだと信じてたのにな。まさか性根から変態だったとは……」
「なんとっっ、全て君のためにやったというのに!」
「こんなことで、俺が喜ぶと思ったのか?」
 俺まで変態にするな、とニールが首輪の隙間に指を押し込んで、引っ張った。グラハムは裸で、頭に猫耳のついたカチューシャをつけて、首には赤い革の首輪をつけている。良い革だ……赤い色が白い肌によく映える。そんなことを考えていたら力が入ってしまったらしい、顎が上り苦しげな呻き声が零れた。で、なんでこんなことしたの?と尋ねると、グラハムは緑色の目を猫みたいに光らせて、脹れっ面でいいたくないと拒否した。
「言わないなら、アンタの趣味ってことにするけど」
 そんな誤解は許容しがたいとグラハムは渋々重い口を開いた。
「……本当は君にプレゼントするつもりだった」
「じゃ、何でアンタがつけてるんだ?」
「いいたくない、いいたくないといった!」
 頬を膨らませてそっぽを向いたグラハムにニールは忍び笑いを零した。大方、俺が猫を構ってばかりだったから拗ねたんだろう。今朝出掛ける頃からどこかそわそわしていたのにニールは気づいていた。今日はホワイトデーだし……ニールはサイドボードに忍ばせた小さな箱のことを考えた。
「俺に猫耳っておかしいだろう?」
 ニールはグラハムの金髪から飛び出した黒い猫耳のカチューシャを撫でた。なるほど、これがグラハムからのプレゼントという訳か。しかし自分にプレゼントするとは理解しがたい。
「……つまりは、悪戯してお仕置きされたいってこと?」
 艶を含んだ微笑みを浮かべて、ニールはグラハムの顎を持ち上げた。グラハムは上体を起こしただけで、シーツに細い手を突いて上向いた。

「にゃぁ」
 Tシャツを脱ぐと、グラハムがニールをベッドに押し倒し、唇を塞いだ。そのまま舌を突っこんで乱暴に舌を掻きまわしてくるので、苦しくなって後ろ髪を掴んで無理やり引き離す。がしかし、グラハムは諦めなかった。強引にニールの下ばきに利き手を突っ込むと、下着の中で僅かに力を持ち始めたモノをいきなり握り締めてくる。軽く上下にするとそれは見る間に堅さを増していく。そしてまたがったままの体でニールの下履きをずらすと、僅かに濡れた堅く熱いモノが顔を出した。ごくりと思わず息を飲む気配が、喉仏から伝わってくる。
「どうした?」
 顔を上げて、ニールの表情を窺う。
 抵抗されないとみるや、恐る恐る舌を這わせた。最初は赤い舌先でちろちろと嬲る程度だったのが、ニールがやさしく髪をなでてやると、今度は根元から先端までを舐めあげる。自分の股間に蹲る金髪に背筋が震えた。
 確かに、扇情的ではある。
 金髪に覆われた小さな頭に、赤い革の首輪が着いた細い首からなだらかな起伏を作る背中のラインが続き、脚の間にぺたりと尻もちを突くようにして、蹲るグラハムの背中が微かに上下していた。その白い起伏がとても扇情的だった。
 グラハムは上目づかいにニールを窺ってから、薄く色づいた唇でニールの起立を迎え入れた。ずっぽりと咥えてくびれに舌を這わせる。熱い咥内に締め付けられて、ニールの背筋に快感が走った。
 その間にニールは背中から、尻へと指を這わせた。グラハムの肌はしっとりと湿って手のひらに吸いついてくる。ニールの細く長い指がとうとう終着点に到着すると、びくりとグラハムの腰が揺れた。ニールは戸惑うことなく割れ目に指を這わせると、そっとその奥に息づく入り口の巡りを撫でた。
「準備していたの?」
 そこは既に濡れていて、柔らかくほぐれていた。からかいながら指摘してやると、グラハムが眉を顰めて顔を上げた。
「ひょっとして、ホワイトデーだから?」
 荒い息をぬって、グラハムが意外そうな顔で呟いた。
「はっ……おぼえてたのか?」
 乱暴に指を抜く。
「当たり前だろ」
 もの欲しげに潤んだ緑色の双眸の前に、ニールは小さな箱を突きだした。
「……?」
 水色の包装紙に包まれた箱を不思議そうに見ている。ニールは自分で包装紙を破ると中の箱から、中身を取り出した。
 それは、金色のリングだった。
 見る間に、グラハムの顔が真っ赤に色ずき、唇がわなわなと震えだす。ニールはにやりと笑った。予想どおりの反応に胸のすく思いだった。
「ところで、俺はちゃんとホワイトデーのプレゼントを用意していたんだがなぁ、グラハム」
 お前ときたら……呆れた口調で言うと、グラハムが真っ赤な顔を更に赤くして反論した。
「だって、きみ。全然そんなそぶりを見せなかったじゃないか……今日だって帰っても私のことなど構いもしないし……」
「勝手に拗ねて部屋にこもってたのはお前だろう」
 そんなに態度を取るなら、コレはやらない、そう言ってリングを取り上げようとすると、グラハムが慌てて叫んだ。
「馬鹿なことをいうなっ、コレは私のだ、返せと言われても、絶対に返さんぞ」
 旗色が悪くなってきたのを察知したグラハムは、そのリングをさっさと左手に嵌めてから、再びニールの股間に顔を埋めた。こうなったら、気持ち良くして誤魔化そう、そんな魂胆なんぞはニールにはすっかりお見通しだったけれど、温かい口の中は気持ち良くて、
 一番奥まで飲み込まれると、気持ち良さに他のことはどうでもよくなる。


 そして、ニールはグラハムをベッドの押し倒すと、強引に彼の中に押し入った。

「あ、ああっ……ニール、ニール」

 温かい中にきつく締め付けられた快感で我を忘れて、熱い体内を夢中で突き上げた。指輪を贈るのが、独占欲の現われなら、猫耳なんて恥ずかしい格好を平気でするのも同じだろう。そう思うと愛しさが増して、自然とグラハムを抱き締める力も強くなる。隙間なく張り付いた胸を更に強く合わせるように抱きしめると、グラハムが首筋に強く噛みついてきた。本当に猫みたいだと思った。
 でももし、アンタが猫なら、絶対外には出さないけどな。そんなおふざけを半ば真面目に心の中で呟いたのを最後に、ニールの意識は快感と喜びに飲み込まれていった。

+ end +



2010.4.14