『 ねこ日和 』

※ “宿敵”と書いて“とも”と読む



 目の前の床で、ぴょんぴょんと跳ねる灰色の毛玉に対して私は意識を集中させ、息を殺し、上体を落としていつでも飛びかかれる体制を取り、向かい合った。毛玉には小さな耳と長い髭がついている。それは私がまだ野良猫だった頃、必死で追いかけたネズミや蜘蛛といった小動物に似ている。が今の私の目の前にあるモノはそのいずれでもなく、噛みついても食べることはできない。それはここ数日の戦闘を通し熟知している。がしかし、目の前で繰り広げられる挑発するような動きは、私を食べて、と誘っているようで、闘争本能が掻き立てられ、無視することなど到底できない。
 そして、私は知っていた。
 本当の敵は、目の前で跳ねる小さなネズミ状の玩具などではない。もっと強大な敵がその背後に存在することを。それはとてつもなく大きい存在で、私たちはネズミどころではない、もっと大きなモノを懸けて戦っている……私が全身全霊を掛けて挑む、まさしく宿敵ともいえる存在なのだ。
 
「ふっ……なかなかやるな、ならこれでどうだっ!!」
 すると、床をゆらゆらと這っていたネズミもどきが突然、私の身長より高くジャンプした。ぬっ、空中戦か、望むところ。私は全身の筋肉を張り詰め、上方へ向けて飛びあがり、はっしとばかり前足で宿敵に掴みかかった。
「まだまだぁ」
 私の前足が宿敵の長いひげに掛かろうかというとき、卑怯にも奴はさっと身をかわして横にそれてしまった。なんの、これしき……猫の反応速度を馬鹿にしないでもらいたい。私も負けじと身体を捻った。今度は首を伸ばして噛みついた。


 そうして長い戦いが終わった。
 私は床に落ちたネズミもどきを口に咥えて、ソファーに座って一部始終を眺めていたニールの元へ駆けていく。この勝利は君に捧げる。
 するとニールはいつもの優しい手つきで、よくやったとばかりに撫でてくれた。

「グラ……お前遊びたいときだけはグラハムのとこに行くのな」

 心外だな、ニール。コレは私とグラハムの真剣勝負だ。断固抗議するとばかりに一声たてると、ほぼ同時にグラハムが言った。
「遊びではないぞ、ニール。真剣勝負だ」
 その通りだ。コレに関しては私もグラハムと同意見だ。そう、私とグラハムの君を掛けた戦いなのだ。遊びなどではない、と抗議しようとしたが、当のニールは、はいはい、と適当に相槌を打ちながら流そうとする。そうではない、そうではないといった、とニールに主張すべく私は彼の膝に飛び乗った。がしかし、ニールの右手は非常に手ごわい。長い指で顎を撫でられると、全身の力が抜けてしまう。なんと、たまらなく、気持ちがいい……
「良かったなぁ、いっぱい遊んでもらって」
 遊びではない、断じて遊びではない。しかし目いっぱい身体を動かした後の疲労と爽快感には抗えなかった。私はナーオと鳴いて、温かい膝の上で円くなった。

+end...?+



2010.8.25 ※“宿敵”と書いて“とも”と読む 追加