『 天使のうた 』

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 研修要項では、最初は相手に警戒されないよう、自然にさりげなく接触することが望ましいとある…さりげなく、かつ好印象を相手に植え付けるように。そんな出会いを実現するにはどうすればいいか、グラハムは考えた。しかし自他共に認める我慢弱い天使見習い、グラハム・エーカーは結局面倒くさくなって一番手っ取り早い手段を選んだ。つまり…
ピンポーン。
天使の情報網を駆使して、てっとり早く彼の自宅を割り出し、押しかけたのだ。

 それでもさすがに、いざ彼がすむマンションのドアを前にすると緊張が押し寄せてきた。なにせ、この守護天使新人研修で結果が出せなければグラハムは今の守護天使見習いなんていう人間でもなく、正天使でもない中途半端な立場から脱却し、正式な神の御使いとなれるかどうかが決まるのだ。グラハムは柄に無く緊張で震える指でインターフォンを押した。
 しかし、望む返事はない。
 どうしたことだろう?不在だろうか?いやそんなはずはない、実はグラハムは朝から一日このマンションの人の出入りを見張っていたのだが、グラハムのターゲットの出入りは確認できなかった。つまり彼は今この家にいる。
 もう一度、押す。
 また無反応。
 もう一度、もう一度、もう一度……。
 居留守を使うなど怪しからん…グラハムはすでに日付も替わろうかという時間であることを忘れていた。なにせ、天使は基本的に不死なる存在であるから、普段天上界にいると人間とは全く別次元の時間軸のなかに身を置いているのだ。人間に比べてはるかに時間というものに鈍感になってしまう。
 しかし、そのうちに次第に狭まっていく間隔に諦めたのか、数秒後漸くインターフォンごしに若い男の声が聞こえた。
「なんの用だ?」
 待ちに待った反応に、グラハムは満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「初めましてだな、ロックオン・ストラトス。私の名はグラハム・エーカー、今日から私が君の守護天使だ!」




 漸く返ってきた反応に、有頂天になったグラハムだったが、しかし相手はそれ以上行動を起こしてこなかった。 不審に思って聞いてみる。
「ドアを開けてくれないか?」
「なんで?」
 なんで?ときたか…さて、そう言われるとなぜだろう。不意に投げかけられた疑問符に、グラハムの思考が持って行かれそうになったが、しかし、すんでのところで押しとどまった。
「顔をみて話したい」
 しばしの沈黙。
「俺は変態に用はない」
 変態?それはつまり…
「君は私が変態だというのかい?」
「夜中に人の家にやってきたかと思ったら、自分は天使だ?家に入れろ?は、ふざけるのも大概にしろ。これが変態じゃなくて何だっていうんだよ。」
 言われてみればもっともだとグラハムは思った。ここにきてようやく、グラハムは自分の行為が如何に非常識極まりなく、到底好印象を与えるものではないという、ごく当たり前の事実に気が付いた。
「…すまなかった、確かに訪問するにはいささか遅い時間だったのは、反省している。しかしながら、この訪問は非常識だったかもしれないが…だが、私は断じて変態ではない、天使見習いだ」
 というや否や、ブチっとインターフォンの電源が切られる音。
 手厳しい拒絶のジェスチャーにグラハムは焦った、しかしグラハムはめげなかった。というよりも、グラハムとて好き好んで地上に降りてきた訳ではない。彼は彼の天使としての運命を掛けた重大な理由があったのだ。門前払いをくったとて、ではさようならとはいかないのだ。
「用はある、とても大事な用件だ……ただ、こんな機械ごしでは話せない。家に入れてくれ」
 しかし反応はない。ドアノブはぴくりとも動かない。次第にグラハムはイライラしてきた。こんなことでは仕事が先に進まない。
「開けないなら、大声で叫ぶぞ」
 というか既に叫んでいる。加えて、ドンドンとドアも叩いている。
「…おい、いい加減に…近所迷惑だろうが!!」
「そうだな、このままだと隣人が警察を呼ぶかもしれないぞ」
「好都合だ。そしたら不審者だってお前を捕まえてもらうさ」
「………」
 思ったよりも身持ちが固い、いや警戒心が強いな…グラハムは弱った。どうしたらいい?マニュアルを思い出すが、相手に家に入れてもらえない時の対処法など記載されていなかった。…そもそも、いきなり自宅を訪ねるなんて想定されていないから、書かれているわけがないのだが、自分の行動が突飛で常識から逸脱しているなんて夢にも思わないグラハムは、自分の非常識を棚にあげとりあえずマニュアルの不備を呪った。が、しかし。今はそんなことをしている場合ではない。教本にないなら、自分の力で何とかしなければ、予測不能な事態にも柔軟に対応できること、それが天使たる資質だと、彼は信じた。
「……開けないなら、壊しても入れてもらうぞ!!」
 グラハムはドアノブを両手で握ると、右足に全体重をかけて力いっぱい引っ張った。しかし案の定、しっかり施錠されているドアはがしゃんと耳障りな音が響いただけで、びくともしない。しかし慌てたのは相手の男だった。
「…おい、マジかよ…止めろって」
 慌てた声がした。グラハムはしめたとたたみかける。どうやら彼は押しに弱いタイプらしい…ならば、押して押して押しとおすのみ。
「なら、ドアを開けるんだ」
 金属のドアが軋んだ高い音を立てた。
「だーかーらー、あける理由がないって言ってんだろう!!」
「理由ならある。私は君の正体を知っている…言いふらされたくなかったらドアを開けたまえ!!」
 半ば脅迫だが仕方ない。我慢弱いグラハムはさっそく奥の手を使ってしまった。が気にしない。
「は?俺はしがないフリーライターだぜ…」
「表向きはそういうことにしているのか?だが違う君の本当の仕事は殺し屋だ。それもかなり腕のいい」
 最後だけわずかに声をひそめて言った。
「へんな言いがかりは止めろ、本当に警察呼ぶぞ」
「なら私はやって来た警官に、君の部屋のクローゼットを調べろと進言するまでだ」
 しばしの間、重い沈黙がドア越しに流れた。するとかちゃりとチェーンが外れる音がして、ドアが開いた。あらわれたのは、柔らかそうな栗色の癖毛に青緑の瞳をした背の高い青年だった。
「…あんた最悪だな」
「よく言われるよ。私は諦めが悪く強情な男だ」


 男は困ったような、不貞腐れたような笑みを浮かべていた。しかしその切れ長の青緑色の双眸は油断なくグラハムを見据えていた。そして、右手には本物の拳銃。銃口はまっすぐにグラハムの顔に向けられている。

「君は、丸腰の人間を撃てるのかい?」

 男が僅かに目を瞠り、グラハムの名前をやや掠れた声で呟いた。
「……グラハム・エーカー……それ本名?」
 グラハムも負けじと睨みかえす。すると男の瞳に吸い込まれそうになる。透明な視線だ。どこまでも果てしない、深い深い深淵を覗き込んだような、どこまでも落ちていける気がする…そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
「他の名前を私は持たない。天使として生を受けたときから、私の名はグラハム・エーカーただ一つ。」
 正確にはまだ見習いだが…そう続けようとした時だった。
 ロックオンという名の殺し屋がグラハムに向けた銃口を下ろした。
「こんなところで立ち話じゃ、近所迷惑だ」
 入れよ、という言葉に甘えてグラハムはロックオンの部屋に足を踏み入れた。

 肝心なのはこれからだ。彼の信頼を得ること。そして私の話を信じさせること。それが出来るかどうかで、自分の運命が決まるのだ。グラハムは腹を据えて先導する男の背中を睨んだ。




2009.02.11

うーん、色々微妙…
天使とか、適当ですいません。