※1期でハムとニールが恋人同士だったという設定です。



『 誓 』


君の手のひらの感触をいまも鮮明に憶えている。




 午前11時、未だ買い物客もそれほど多くはない自宅近くの大型ショッピングセンターにて、グラハムエーカーはショッピングカートと格闘していた。
「買いすぎじゃない?」
「そんなことはない」
 ショッピングカートにジャガイモや野菜、果物のほか、ローストビーフ用の牛肉に、ワインに缶ビールなどのアルコール類や、クラッカーや何だが用途の分からないパーティーグッズまで種々雑多な商品が山積みされていた。その一つ一つを確認してグラハムは指折り数えた。やはり無駄なものなどなにもない。なにせ今日は一年に一度の特別な日なのだ。絶対に失敗は許されない。数ヶ月まえから計画をたて、世界中に散らばる友人たちに招待状を贈った。
 友人。
 そのなかには、かつては敵として戦った者もいる。
 ソレスタルビーング、ガンダム。愛して、憎んで、宿命とすら思った相手だ。
「お酒はクジョウが用意するから要らないって」
「彼女とマネキン女史がいるなら酒はいくらあっても足りないことはないだろう。それにマイスターズは皆若く呑み盛りだ」
「だから心配なんじゃないか…彼女たちならあればあるだけ呑みつづけるから…それで迷酲した彼女を介抱するのは僕なんだよ」
「いいではないか、今日ぐらい!それに彼女だって介抱してくれる君がいるからこそ安心して泥酔できるのだろう」
「…なんか複雑だなぁ……それより、メインのバースデーケーキはいいの?」
「抜かりはない。そちらは刹那と連絡済みだ」
 とそこでグラハムの通信機が鳴った。
 刹那からの通信だ。グラハムは直ぐに回線をオンにした。すると画面の中に刹那の顔が映し出された。
「はい…やぁ刹那。私はいまショッピングセンターだが、あと1時間ほどで帰るよ。ライルは5時には家につくから、それまでに全てのミッションを完遂せねばな!!」
 通信機の映像のなかで、刹那は頭に白い三角巾を巻いており、グラハムは首を傾げた。その表情は心持ちげっそりしているようにも見えなくもない。その背後でガチャガチャという雑音のなか白いボールが飛んだ。次は泡だて器だ。ティエリアがビーカーと計りを持って何か叫んでいる隣で、アレルヤが黒い髪を真っ白にして座り込んでいた。マリーは周囲の喧騒など我関せずでテーブルで懇々と何かを造っているようだ。
「ところで例の件だが、これは非常に重要なミッションだ。だからこそ君に任せたのだぞ。なにせ誕生日パーティにケーキがなくては刀を持たない武士と同じ、つまり竹光だ!締りがない……なに?自分で作る?…正気か?…………うむ、了解した。君のその心意気を良しとする!健闘を祈るぞ!!」
 通信を切ると、カタギリが不安そうな顔をしていた。
「今の会話…ひょっとして、バースデーケーキは刹那君たちの手作り?」
「ああ、急遽決まったらしい。なに、刹那のことだ何とかするさ」
「いやー…僕は今すぐ止めにいったほうがいいと思うけどね…」
 なんか急に不安になってきたと、泣き言をいうカタギリをよそに、グラハムは上機嫌でカートをレジへと運んでいく。
「あぁそうだここが終わったら、ラッセの酒屋へ行かなくては。とっておきのアイリッシュウィスキーを注文してある」
「え〜まだ買うの、グラハム…」
 カタギリの泣きごとをグラハムは鮮やかな笑顔一つで切り捨てた。
「当前だ。私は一切の妥協を拒絶する!なにせ今日は彼らの……」
 その時、向こうから背の高い青年と金髪の少女が手を振って此方に歩いてくるのが見えた。
「グラハムさん!」
 弾けるような笑顔に思わずグラハムの頬も弛む。
「やぁ、ルイス・ハレビィ、沙滋・クロスロード。相変わらず元気そうだな!」
「はい、ありがとうございます」
 グラハムが声を掛けると青年は丁寧に頭を下げた。沙滋は今時珍しい大変礼儀正しい好青年だ。グラハムも好感をもっている。グラハムは隣に立つルイスを見た。前に会った時よりまた髪が伸びただろうか。二年前同じ組織に属していた頃は短くしていた金髪が今では肩に届く程に伸びていた。とても優しくなったな…あの頃、思い詰めた石のような顔をしてモビルスーツに乗っていた少女はそこにはいない。柔らかな笑顔を浮かべた美しい女性がいるだけだ。どれほど性能の高いモビルスーツを与えられても安らがなかった彼女の心を溶かした。この青年の手柄だな、グラハムは素直にそう思う。本当の意味で人を変えうる力があるのは、愛なのかもしれない。彼らを見ていると素直にそう思えた。
「君たちも買い物かい?」
「はい…プレゼントを買いに来たんですけど…」
「本当に沙慈ってば優柔不断で…本当はここに来る前にちゃんと用意したかったのに」
「そんなぁ…それはルイスがあれは嫌、これはカッコ悪いって僕の提案をことごとく却下するから…」
「しょうがないでしょう、本当にセンスないんだから」
「で、グラハムさんは何がいいと思いますか?」
 沙滋に聞かれて、グラハムはふむと顎に手を当てて考えるポーズを作る。
「そうだな、気持ちが籠っていればどんなものでも喜ぶだろうが」
 在りきたりな答えに、ルイスは微妙につまらなそうな顔をする。恐らく、グラハムが普通のことを言ったのが意外だったのだろう。…まぁ、確かに彼女の同僚だった自分は大層奇抜な形をしていたからな…自業自得といわれれば否定はできんが、やりきれない。ささやかな意趣返しにと、グラハムは沙慈の買い物かごの中身を見てにやりと笑った。
「正し、アルコールはやめたまえ。私が用意したものには到底かなわないだろうからな!恥をかくだけだぞ」
 妙に堂々としたいい振りに、ルイスは軽く頬を膨らまして不満顔だ。
「えーーー。」
 そんなルイスを沙滋が宥めるように言った。
「ははは…分かりました」


「そういえば、マリーさんとアレルヤさんも来るんですか?」
「ああ、もう家についている」
「双子も?」
「もちろんだとも、両親ににていて二人とも本当にかわいらしい子供たちだ。たしか…男の子がハレルヤで女の子がソーマだったかな。彼らに逢うのは初めてかい?」
「はい」
「もうじき二歳になるはずだ」
 沙滋が驚きで目を剥いた。
「えええ…もうそんなに……てことは、宇宙にいたころはもう…」
「そういうことになるな」
 しみじみとルイスが呟いた。
「マリーさんは本当に強い女性ですね」
 ルイスは優しく自分の腹を撫でている。その細い肩に沙滋の右手が覆うように置かれた。
「君だって…」
 カタギリが何か気付いたようだ。
「…ひょっとして君たち…」
 すると沙滋は満面の笑みを浮かべた。
「……はい、皆さんにはパーティでご報告しようかと」
「そうか、それはおめでとう!!」
 カタギリも満面の笑顔だ。
「何がめでたいのだ、カタギリ?話が全然見えんが、私だけのけ者にするのはやめたまえ」
「君は相変わらず鈍いね」
 頭半分ほど高い位置から、カタギリが見下ろしてくる。小ばかにしたような言い方にグラハムはむっとするが、ふとルイスの手が大切そうに自らの腹部におかれているのに、グラハムは気づいて瞠目する。
「なんと、おめでたか!」
 少し照れを滲ませて沙滋が告げる。
「三ヶ月なんです」
「…そうか……それはおめでとう、ルイス・ハレビィ。おめでとう」
 グラハムはぎゅっとルイスを抱き締めた。細い肩は、今はあの頃のように憎しみと傷みに震えてはいない。
「そんな素晴らしい報せを我が家のパーティで披露できるとは、心より礼を言わせてもらいたい。ニールも喜ぶ」
 ぎゅっと抱き締めると、ルイスはそっとグラハムの胸に頬を預けてくれた。二人分の重みか、そう思うとうれしくて目頭が熱くなる。沙滋を見た。彼の目にも涙が浮かんでいた。きっと彼らなら素晴らしい家族になるはずだ。グラハムは腕を伸ばして沙滋も一緒に抱き締めた。






 緑の多い墓地にグラハムは来ていた。
 目の前には、ニールと家族が葬られた墓がある。そこに白いユリの花束を置いて、グラハムは手を組んで膝を着いた。手を延ばして、石で出来た十字架に触れる。冷たくざらざらした感触だが、不思議と心が落ち着いた。
「誕生日おめでとう、ニール」
 グラハムは愛しい男に向けて言葉を紡いだ。彼の生前には一度も言えなかった言葉だ。
「今日はうちに君の大切な人たちと、私の大切な人たちをよんで君とライルの誕生日パーティを開くんだ。刹那やアレルヤ、ティエリアも来る。カタギリとクジョウくんも来る。ラッセやフェルト、イアン一家、マネキン女史とコーラサワーに、クラウスとシーリン、マリナ姫も来られるぞ。ああ、なかには君の知らない人間もいるかな。私やライルの友人だ。君たちの誕生祝だといったらこんなに沢山の人たちが集まってくれる。ケーキはマイスターズが用意してくれるそうだ。ティエリアが張り切って手作りしたいとキッチンを貸りている。どうなっているかちょっと怖いが…まぁマリナ姫がついててくれるそうだから修復不能な状態はさけられるんじゃないかな」
 刹那はマリナ姫と共に戦争で親を亡くした子供達の世話をしていた。アレルヤはマリーと子育ての真っ最中だし、ティエリアはもっと深く人間を知りたいと、世界中を旅しているらしい。ときどきグラハムの家にティエリアからライルに宛てて手紙が届く。それぞれがそれぞれの思いで別々の道を歩んでいる姿を見ることができて、それだけでもグラハムはライルと暮らしてよかったと思った。そう、今現在グラハムはライルと同じ家で暮らしていた。といっても別に付き合っているとかではなく…単なる共同生活だ。同じ一軒家を二人で分け合って暮らしているだけだ。三十路も過ぎた男二人住まいとは、カタギリなどは潤いがないと揶揄するが、しかしそれはそれで味わいがある。ワビサビだ。それに誰に気兼ねする必要もなく実に気楽なものだ。
 あの戦いの後、グラハムはガンダムとの宿命を失い、生きる意義を見出せずにいた。ライルは愛する女性を失ってやはり生きる甲斐をもてずにいた。欠けたもの同士うまが合うというか…何となく落ち着くのだ。彼の前では自分の傷を隠す必要もないし、無理をする必要もない。いくらニールを思っていても責められることもないし、忘れろといわれることもない。それが何より楽だった。
「元アロウズの軍人の家にガンダムマイスターたちが集まってケーキ作りとは…まったく傑作だと思わないか?」
 グラハムは少し困ったような笑みを浮かべた。


 そしてニールに呼びかける。
「悔しいか。悔しいだろうな、…せいぜいあの世で悔しがるといい…君も生きていれば、同じ光景が見れたはずだったのにな。まったく……馬鹿な男だ……」
 私をおいて死んだ罰だ。今はあの世で目一杯悔しがるといい。
「私は君の友人たちに君の話をしようと思う。私たちの関係を、どんな風に出会って、どうやって惹かれあったのか。何を望んで、何を得られなかったのか。そして彼らから話してもらうよ。君がなぜ戦わなければならなかったのか、何を目指していたのか。私の知らない君の話をたくさん聞かせてもらうつもりだ」
 戦うことしかこの世界に自分を確立する方法を知らなかったグラハムだったが、今は別の方法を試してみようと思い始めていた。
「私の小さな世界今やずいぶん大きくなった。こうして世界は広がっていくんだな」
 世界にとってはほんの小さな変化だろう。だが、グラハムにとっては人生が180度変わるほどの大きな変化だ。
「愛を通して、ゆっくりと変わっていく。こんな世界を、君はどう思っているだろう?」
 本当は彼こそがこの場にいるべきだったのに、その思いは今でも消えない。彼は死ぬべきではなかった、彼こそが生きるべきだった。争いが沈静化していくなか、その思いはますます強くなるばかりだ。彼が生きていたなら…きっと誰よりも幸せに笑ってくれたはずなのに。穏やかな世界の中で、微笑む彼を想像する。それだけで、熱いものが込み上げて、グラハムはそっと墓石に口づけた。涙が頬を伝って冷たい石に流れ落ちた。




 しばらくそのままでいた後、立ち上がったグラハムの目にもう涙はなかった。
 緑色の双眸に空を映し真っ直ぐに前に向けて、しっかりと若草の大地を踏みしめ立っていた。
「君への誕生日プレゼントを何にしようかと考えた。しかし今の君には物は渡すことができない。だから言葉と心を贈ることにする」
 どうか聞いて欲しい、グラハムは青空を見上げて手を延ばした。
「人は二度死ぬという」
 グラハムは昔本で知った言葉を捧げた。言葉が朗々と墓地に響く。音にすると新たに胸に突き刺さる。
「一度目は肉体の死、二度目は友人に忘れられること。」
 緑色の芝生を温かい風が渡る時、力強い声が風に乗って青空に届かんばかりに伸びていく。抜けるばかりの青空。一度は手に入れたと思った大空だが、本当はその中で踊らされていただけだった。人間の身でできることはほんの僅かで、それが歯がゆく憎らしかった。
「ならば君には二度目の死はけっしてこない」
 しかし今ではそれもいいかと思えてきた。手が届かなくとも、空はいつも同じくそこにある。ならば自分は、ただの弱い人として出来ることをやろうと。
「私も、君の仲間たちも君のことを決して忘れることはないからだ」
 だけど、とグラハムは思う。もし神がいて、ニールを生き返らせる代わりに、戦場へ戻れといったら、ニールのいる修羅と彼がいない平穏と、どちらか選べと突きつけられたら。自分は迷わず修羅を選ぶ。だが。
「君は私たちの心の中で、永遠に生き続ける」
 そんな選択肢を強いる神など存在しない。
 願っても、願っても、叶わないことがある。叶ってはいけない望みがある。それを知り受け入れることでしか平和は訪れないのかもしれない。


だから私は決して忘れない。


背中を撫でる君の手のひらの感触を。
裸の胸の中で聴いた、君の心臓の音を。
二人きりで育んだ、あの温かかった空間を、君の息を、私の熱を。



「ニール、今でも君も愛している。だから、私はこの愛に誓う」

「私グラハム・エーカーは、たとえ君のいない世界でも最期まで生き続けると」


この胸に抱いて、分かち合い、生きていく。


君のいない、湿った春風の吹く平穏な世界で。



2009.03.08

ニール&ライル、誕生日おめでとう!!
のはずがなぜかハムが主役で…双子が出てこないという…
すいませんでした。
ライルとハムは一軒家をシェアしていますが、できてないという設定で。
三十路超えた男二人の共同生活も空しくていいかと(笑)
22話終了時点で書いていますので、
最終回後はパラレルになる可能性大ですね(泣)。
こんな都合良くいくはずがない…とは分かっているんですが。

文中の引用台詞は萩/尾/望/都「ト/ー/マの心/臓」です(少々アレンジしてありますが)
泣けます。

最初はニール生存説で書こうと思い…
いっそアニューも荒熊もクリスもリヒティの生きてる事にしようかとも思ったのですが、
彼らの死も皆が精一杯生きた結果だと思います。
なので今回はそのままで。

せめて今生きている人だけでも幸せになって欲しいと願って。