『 行き場がない僕の腕 』



 寒い夜だった。
 身を切るような夜の冷気が毛布とシーツの隙間から忍び込んできて、ニールはまだ贅肉のほとんど無い痩せた身体を守るようにシーツの中で身を丸めた。毛布からはみ出す指先と肩が冷たくて、頭まですっぽりと被ってシーツの中で息を吐く。こんな夜は…ニールは同じ部屋の隣のベッドに眠る双子の弟の気配を探った。一卵性双生児の彼らの外見は顔立ちから肌の色や瞳の色、髪色や髪質に至るまで外見を形作る資質はほぼ同じだ。
 双子は一部屋をシェアしていた。部屋の中心に勉強机と本棚を置いて仕切り、壁沿いにベッドがある、完璧な左右対称の配置。だが細部を見ると、それぞれ僅かずつ違いはある。ライルのベッドカバーは淡い水色のチェックで、ニールは黄緑、ライルの本棚には本よりはCDが多く、逆にニールは余り音楽を聴かないらしく、本棚はほぼ本と雑誌で埋まっていた。かといってじゃあ外見はそっくりでも好みは違うのかと聞かれれば、ニールは「CDはライルから借りるからいい」と言うだろうし、ライルも「読みたい本はニールが持っているからいい」という。つまり二人の本棚は「ニールの本棚」と「ライルの本棚」ではなく「二人の本棚」なのだ。それで一向に差支えがないほど、二人は同じであることを楽しんでいた。
 だからこれまでは同じことが当然で、違う洋服を与えられると逆に不安になったりもしたのに。
 だけど最近、ニールはそのことが疎ましく思えるようになっていた。
(別々の部屋だったら良かったのに)
 こんな簡易的な仕切り程度じゃなくて、きちんとプライベートが守れる個室がほしい。それが最近のニールの一番の望みだった。
(そうすれば、こんな風に夜な夜な隣の気配に耳を澄まして眠れないこともないのに)

 父親にそれとなく願ったが「ライルがいいというなら」と言われて結局それっきりになっている。ニールのベッドからはライルのベッドを見ることは出来ないが、それでも別に壁で仕切っている訳ではないから物音は筒抜けだった。耳を澄ませるとせわしく寝返りを打つ音が聞こえる。眠れないのだろうか。
「…ん…」
 かすかなつぶやきが聞こえて、ニールは抱きこむようにしてギュッと手を握り締めて硬く目をつぶった。
(…聞くな、聞くな、聞くな…)
 しかし暗闇のなかで意識すれば擦るほど、聴覚は鋭敏になり、ニールの柔らかい髪が枕に擦れる音すら聞き取れるような気がする。双子以外の家族は皆寝静まっているのだろう、くわえて、外は雪で降り積もる雪片があたりの音を吸収して、僅かな物音すらも聞こえない。隣の気配だけが、この世で唯一の生きもののような、行き詰るような閉塞感がニールを襲った。しかし直にその緊張感を破るように空気が震えた。シーツをはぐ乾いた音がして、ぺたりと裸足が木の床に落ちる音、そして次には湿った裸足の足音が近づいてきて、ニールは目を瞠った。
 毛布が剥ぎ取られ、折角溜まっていた熱が一気に発散され、一気に夜気が身体を包み白い肌に鳥肌が立った。と同時に背中にさっきまでとは比べ物にならない温かいものが張り付いて、心臓がどきりと音を立てて暴れた。
「……ライル……」
「…寒い、から入れて…?」
 ニールが抵抗する間もなくライルは毛布に潜り込むと、元のようにすっぽりと覆ってしまった。驚いて声も出ない。というよりもまともな言葉が浮かばない。ぴったりと四肢を寄せて抱きつくようにくっつくと、体型もそっくりだからぴったりとあつらえたようにはまって、触れない部分など無くなってしまう。
 ライルの呼気が襟足に当たる。すんすんと匂いを嗅ぐような仕草で、鼻を寄せられ、少し湿った柔らかいものが触れた。きっと唇だ…それが分かった時、ニールはやっとの思いで呟いた。
「出てけよ」
「いやだ」
 完全に目覚めている訳ではないらしい、語尾が掠れて舌足らずな口調だった。むずがるように顔を擦り付ける幼い仕草に眩暈がした。閉ざされた毛布のなかにライルのミルクのような甘い香りが満ちていく。
(聞くな、聞くな、…聞いちゃダメだ)
「あったかいよ、ニール」
 胸元に腕が回され、きゅっと抱き締められて、囲い込まれた。身じろぐと更に拘束が強くなる
「ダメだって、本当に…」
「なんで?前は毎日一緒に寝てたのに」
 それはそうだけど、と言いかけて口をつぐんだ。ライルは知らないんだ。僕たちはもう14歳で、ガールフレンドがいる友達だって沢山いる。思春期真っ只中のニールにとって、同じベッドで寝るという行為は只単に寒さを避けるためだけでない、それ以上の意味を見出そうとしてしまう。実際、身体は正直だ。ニールの心臓はライルの熱を背中に感じて、早鐘のように強く早く脈打ってしかたない。

「こっちむいて、ニール。そのほうがずっとあったかいよ」
 優しいライル。
 彼は純粋にニールを暖めようとしてくれているのに、それなのに自分は…それ以上のことを考えてしまうから。だから触れない。自分からは触れられない。
 かといって、その腕を振り払うことも出来なくて。

 息を詰めて、身じろぎすらせずニールはライルが眠るまでそのままでいるしかなかった。
 だがやがてライルが寝息をたて始めると、ニールはそっとベッドを抜け出した。

 だが、ベッドから出たところでどうしようか…一瞬ライルのベッドに潜り込もうかと思ったが、傍らに立つと、そこにまだニールの匂いが、温もりが残っているような気がする。その痕跡の生々しさに、ニールは立ち尽くすことしかできない。かといって…寒くて自分のベッドに潜り込んできたライルを、放っておくことも出来ない。

 結局、その夜。ニールはライルが寝入る自分のベッドの傍らで、寝袋のようにライルの毛布に包まって眠った。



2009.1.2

初めて書いた00小説。
もう本当に、この双子のことを考えただけで泣けてくる。
…ニールはライルに下心はないと考えていますが…
無い訳が無い、です。