不器用で意地っ張り











天守から見える空には大きな月が昇っている
静寂の闇からはその光がより一層眩しく見える
月の回りにばら撒かれた星の光さえ、あの月の前では霞んでいる

美しい、と息を吐く
まるで三成のようだと思った

「形部、何をしている
漆黒では身を休めろと言った筈だ」

突然背後から掛けられた鋭い声に身をすくめた

「…三成か」

「なぜ起きている」

悪戯を叱られる子供のような気まずさを感じる
では真っ直ぐにこちらを見つめる三成はさながら母かと思うと僅かに笑いがこみ上げた

「いや何、急に目が覚めただけのこと」

「ならばすぐに部屋に戻れ」

「もう眠気など飛んでしまったわ、ヒヒッ
ぬしこそ、このような刻限に出歩くなど珍しい」

「形部を探していた」

「…はて、われに何用か」

次の進軍先はもう決まっているし、徳川への呪詛もしこたま聞いた
そもそも三成が夜にわれを訪ねるなどそうそう無いことだ
きちんと身を休めろと怒鳴りわれが部屋に戻らなければ睨み付ける
それが三成なりの優しさと知っておるゆえ
睨む姿も威嚇する仔猫のように見えて微笑ましい

「…部屋に戻るぞ、形部」

われの問い掛けには答えぬまま手を取られた

どれ程探し回ったのか氷のように冷たくなった手
冷たいその手は痛いほどに強く手を握る

まるで気に入りの玩具を手放さんとするようで、
三成の後ろで声を堪えて笑ってしまった




「三成、そのように見張らずともきちんと寝入るゆえ、
ぬしも部屋に戻りゆるりと休みやれ」

われを布団に押し込むと枕元に座り込んだ三成に声を掛ける
何を考えておるのか眉間にはしわが寄っている

「いらん、私は眠くない」

「そのような事ばかり申して、ろくに飯も食っておらぬのであろ?
肝心なときに体がもたぬぞ」

「私はそれ程やわではない」

屁理屈にしか聞こえぬが、頑固な三成はその言葉を違えようとしないから困りものだ
だがこれ以上言えば思いも寄らぬ反撃に出るゆえ口をつぐむ

きちんと食わねば徳川への負けは決まったも同然よなァ、
というようなことを回りくどく説いてやれば
私があのような者に負けるか!おのれ家康ううぅぅ!!
と見ているこちらが吐き気を催す程の飯を食らった
全て食い終え青い顔をした三成はそのまま三日間も寝入ってしまった

苦い記憶を思い出し苦笑する

「形部」

「なんぞ?」

苦しげにうんうんとうなっていた姿を頭から追い出し三成を見やる

眉間のしわは変わらぬまま微かに頬を赤らめてじっとこちらを見つめている

「…いや、何でもない」

金魚のようにパクパクと口を開いては閉じを繰り返した後
一層眉間のしわを深くして、目を伏せられた

即決即断の三成には珍しいことだと目を見開く

明日は槍でもふるやもしれぬ

「さようか
…三成、こちらへ来やれ」

体をずらし、布団の端を持ち上げる
温まった布団の中に冷気が入り込み身震いした

「…なっ、何を言っているっ!?」

先程とは比にもならぬ位に顔を赤くして三成が叫ぶ

「やれそのように大声を出すでないわ
城の者がみな起き出しよるぞ?」

「形部がおかしなことを言うからだっ!」

「強情なぬしのこと、われが寝入るまでそこにおるつもりであろ?
生憎われは眠くは無い
そこで待たせ風邪でもひかれれば困りものゆえ」

「私はっ、風邪などひかん!」

「だがもう氷のように冷え切っておるではないか」

膝の上で硬く握られた拳に手をやれば、
肩を震わせ耳まで赤く染め上げた

分かりやすい三成に笑みがこぼれる

「…まぁ全ては言い訳よ
ただ、われはぬしと眠ってみたいと思うてな」

そう言って見上げれば唇を噛み締め睨みつけてくる

「形部が、そこまで言うのなら…」

聞いてやらんことも無い、と尻すぼみに言葉を紡ぐ

真っ赤な顔で堪えきれずに弛んだ口元を愛おしく思う
そのように嬉しそうな顔をされては全てが可愛く見えて仕方が無い

「ならば早に来やれ、三成」

おずおずと布団に身を入れる三成を抱き寄せる
寒さはあまり好まぬが、三成の冷たい体は心地よい

腕の中で安堵したように体を預け、
見上げてくる顔はこれ以上無い程極上の笑みだ

「形部は温かいな」

「ぬしが冷え切っておるだけよ」

指通りのいい髪を撫でれば幸せそうに目を細める

ほんに、三成は愛らしい

「形部、手、…手を、繋げ」

目線を逸らし、口ごもりながらなんと可愛らしいことを言うのだろう
この表情も、言葉も、己に向けられていると思うと誰にとは無く優越感を覚える

「御意に」

指を絡めてやればしっかりと握り返される
その力の強さに愛情が見えるようでことさらに愛しさが募る

「…私はもう眠る
形部も早く眠れ」

気が抜けたのか、安心したのか、言い終えると同時に三成の瞼が閉じた

「良き夢を、三成」

眠る三成はいつもよりも幼い印象を受ける

呪詛を、怒りを吐き出す口は規則的な寝息をこぼしている
繋いだ手は温かく熱を持っている
安心しきった三成の寝顔を眺めているとひどく心が安らぐ

心地よいまどろみに身をゆだねゆっくりと瞼を下ろす
繋いだ手を強く握り返し、三成の香りを吸い込んだ


こんな夜もたまには悪くない、と頬が弛んだ






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