月
の 無 い 夜
いつもいつも喧しい、奴が、居ない
任務に出したのは俺だ
だというのにこの静けさが苦しいと感じる
「…ハッ、カスが」
あいつ一人居なくなったところで静かになるとは思わなかった
気色悪いオカマも、生意気な王子も、がめつい赤ん坊も、忠実な木偶の坊もいるというのに
あいつが居ない
ただそれだけで、この場所はこんなにも静かだ
どれだけ酒を飲んでも止める声はここには無い
物を投げつけても喚く声はここには無い
昨日と同じ場所な筈なのに
酷く寒々しい場所になったと思った
死んだ訳じゃない
眠っている訳でもない
たった一日居ないだけだ
カスなら間違いなく帰ってこれる任務だ
だがそこに絶対の保障は無い
いつだって、死は隣にある
あいつは、あいつらは、俺が眠っている間も待ち続けた
八年間
長い時間だと思う
世界が変わる程度には
目が覚めて、昨日とは違うもので溢れた世界
それでも変わらずに待ち続けたあいつら
どれだけの夜を越えたのだろう
どれだけの恐怖と生きてきたのだろう
そんな想いはおくびにも出すつもりも、訊ねるつもりも無い
笑って、泣いて、おかえりと言った
それが全てだ
それ以上でも、それ以下でもない
ここが、俺の帰る場所だ
「ねーボスー、カス鮫先輩もうすぐ着くってさ。ししっ」
ノックも無しに入って来た生意気な王子を睨み付ける
「…ノックぐらいしやがれ」
そう言ってやれば呆けたような顔で見つめられた
「…ボスがグラス投げないとか、めっずらし〜」
「フン」
「まぁいいけど〜。…先輩帰ってきたらまたうるさくなんね、あーあ」
嫌そうに言いながらも、楽しそうに笑う
ため息を吐きながらも、嬉しそうに笑う
「…いつも通りだろぉが」
「しししっ。じゃあ王子部屋戻るしー」
おやすみー、と笑いながら去っていく後姿を見送った
いつの間にか大きくなった体
俺の知らない、八年間
どれだけの変化を越えて今ここに居られるのだろう
それでも変わらずに待ち続けたあいつは、あいつらは、何を感じるんだろうか
あぁ、たまにはカスの名前でも呼んでやろうか
おかえり、と
あの日、俺がされたように
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