やさしいてのひら











家康に家に来ないかと誘われた

久しぶりに休みに一緒に居れるのかと思うと、
飛び上がりたくなるほど嬉しくなったのを覚えている

家康が就職してからめっきり会う時間が減った

仕方ないことだと分かっていても、寂しかった
だから、久々の誘いが本当に嬉しかったのだ

約束した時間に合わせて部屋のチャイムを鳴らす

だが、どれ程待っても一向に出てくる気配が無い
もう一度チャイムを鳴らすが、やはり出てこない

何かあったのかと思い、渡されてある合鍵を使い扉を開ける

「家康?」

部屋の中に入ってみればすやすやと寝息を立てる家康が目に入り、
呆れつつも何も無いことに安堵し、ほっと息を吐いた

目覚ましに伸ばされたまま力尽きた手に、
一度は起きようとした後が見て取れ何だか微笑ましい気分になる

いつもよりぼさぼさの頭に、幸せそうに弛む口元

「まるで子供だな」

ベッドの端に腰を下ろしゆっくりと頭を撫でる
むずがるように身じろぎし、寝返りをうったが起きる気配は無い

その姿に苦笑しつつ立ち上がる

部屋の隅に溜まった洗濯物に、
最近は忙しかったのだろうと容易く予想できた
それでも、眠る前には電話もしてくれるし
朝にはメールもしてくれる

自分のことを疎かにするのはどうかと思うが、
想われていることがよく分かる

久しぶりの休みで疲れているだろうに遊びに誘ってくれたこと
愚痴も弱音も吐かずに、いつだって笑顔でいてくれること
会えばいつも私の心配ばかりをすること
私は自分で思うよりも大切にされているのだと実感する

「…ふん」

家康の寝顔を一瞥し、温かい気持ちになる

「許すのは、今回だけだ」






目が覚めたのはもう夕日が沈む頃だった

最初、朝なのか夕方なのか分からずぼんやりとしたが
部屋の隅には畳まれた洗濯物があり、
テーブルの上にはオムライスが出来ているのを見て
寝過ごした!と慌てて跳ね起きた

「起きたか」

「すまん、三成!ワシが誘ったのに…」

「次は無いぞ」

「ああ、本当にすまない」

「もういい、とりあえず顔を洗って来い
ひどい寝癖だぞ?」

優しく髪に触れる手に気恥ずかしくなりながら洗面所へと向かう

さんざん待たせてしまったというのに文句一つも言わずに笑う三成に、
これではどちらが年上かわからないなとため息を吐いた

部屋に戻るとコンソメのいい香りが鼻をくすぐった

「スープは温めておいたから自分でよそえ」

レンジからオムライスの乗った皿を取り出しながら、三成が鍋を指差す

「…何から何まですまない」

「気にするな」

テーブルに一通り食事の用意が出来る
一人分しか用意されていないそれに首を傾げれば

「私は夕飯は家で食べる
これは貴様の物だ、残さず食え」

と、見透かしたように笑われる

三成の前でくらい格好をつけたいのだが、
いつもいつもうまくいかない

「いただきます」

温かいスープを口に含めば優しい味にほっとする
オムライスの卵はふわふわで、なんだか嬉しくなった

「うん、どれもうまいな」

そう三成に笑いかけてやれば僅かに頬を染め、
早く食えとそっぽを向いてしまう

そんな姿を可愛いなぁと思いながら食事を進める

「三成は来年受験だよな?
もう志望校なんかは決めたのか?」

「ああ、県内の大学にいくつか目星をつけている」

「すごいなぁ…
ワシが進路を決めたのなんて三年の夏過ぎだったぞ」

「それは貴様が遅すぎるだけだ」

「そうだよなぁ
まぁ、高卒でも今の職場は悪くないし、満足しているからいいさ」

「…あまり無理はするな」

「大丈夫さ、ありがとう三成」

心配そうに眉を寄せる三成に笑いかけてやれば
不満げながらに笑みを返してくれる

幸せだなぁと思いながら、温かいオムライスを頬張った

「…私はまだ学生で、貴様の仕事のことも分からないし、
役に立てないのが歯がゆい」

ぼんやりと外を眺めながら、三成がひとり言のように話す
それはきっと今までも思っていたであろうことで、
切なそうな横顔になんだか苦しくなった

「…いつだって、家康の力になりたいと思っている」

困ったように笑う三成はやけに大人っぽく、
きりきりと胸が痛んだ

「頼りにならないかもしれないが、もう少し頼って欲しい」

真っ直ぐな迷いの無い瞳
憂いを帯びたその表情は、初めて見る知らない顔

「…ワシが頑張れるのは、三成がいてくれるからだ
こんなこと、気恥ずかしくて中々言えないが、いつもそう思っている
それにな、ワシだって男だ
好きな人の前でくらい格好を付けたいんだ
まぁそれで心配をかけていてはどうしようもないが…
いつもありがとうな、三成」

照れながらもそう伝えれば、
恥ずかしそうに頬を染め、困ったように微笑まれる

「もっと、愚痴でも不満でも何でもいいから言え
…私も言うように努力する」

「ああ、三成が望むならいくらでも言うさ」

どこまでも優しい願いに、三成への愛が一層募る

「とりあえず、自分で約束を取り付けたのならばきちんと起きていろ」

「う…、すまなかった」

厳しい目を向けられたじろぐが、
おかしそうに笑う三成につられて笑顔になった

「疲れているなら無理はするなということだ」

「三成には敵わないなぁ」

二人でクスクスと笑い合えるこの時間がたまらなく好きだ
三成の目が柔らかくなるのが、
硬い声が優しく響くのが、
心を許されているんだとよく分かる

「ふぅ、ごちそうさま」

「ああ」

「洗い物は自分でするから大丈夫だ」

食器に手を掛けようとする三成を制し、
自分で食器を重ねていく

「そうか、ならば私はそろそろ帰る」

「送っていくよ」

「過保護だな」

「いや、三成と一緒にいたいだけさ」



ガチャガチャと鍵を掛け、外で待つ三成の元へ駆ける

「行こうか」

「ああ」

手を差し出せば何か言いたそうな顔をするが、
躊躇った末に真っ赤な顔をしてぎゅっと手を握ってくれる

「暗いから大丈夫だ
誰も気にしやしないさ」

おどけたように言ってやれば小さくため息を吐かれる
それすらも愛おしく思えて冷たい手を強く握った

「もう大きな仕事も終わったし、
これからはもう少し遊べるようになるぞ」

「貴様は体を休めることを第一にしろ」

呆れたように言いながらも、嬉しそうな横顔に笑ってしまった

「それにしても、三成の手はいつも冷たいな」

「家康と一緒にするな
貴様の手は熱すぎる」

「はは、三成が冷たいんだから調度いいじゃないか
それに、知ってるか?
手が冷たい人は心が温かいらしいぞ?」

「それなら外れているな
家康の手は温かいじゃないか」

「…お前は本当に、もう」

「何だ」

不思議そうな顔をする三成に苦笑する

そんなことを言われたらくすぐったいじゃないか
なんて言うのは悔しいから言ってなんてやらないけれど

「それじゃあ、また電話するよ」

「ああ、あまり遅くまで起きているなよ」

「分かったよ、それじゃ」

「気をつけて帰れ」

別れの挨拶はしたのに、家に入る気配の無い三成に声をかけようとすれば
冷たい手が頬に触れる

「…好きだ、家康」

幸せそうに笑う三成に触れるだけの口付けを落とす

「愛している、三成」

二人で額を寄せ微笑み合う
本当になんて幸せなんだろう

「じゃあ、またな」

「ああ、形部によろしく」

「伝えておく」

離れる冷たい体温を名残惜しく思いながら
家に入る三成を見送って帰路に着く

頬に残るガサガサとした感触
不器用な三成が料理をすれば、指を切ったりもするだろう

自分の為にしてくれたそれらが嬉しくて仕方がない

夜空に浮かんだ月を見上げて温かい気持で微笑んだ













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