*死ネタ



裏切られても私は











長曽我部がこの地を去ってから一体何刻たっただろう
凪いだ空に浮かぶ白銀の月はもう随分と位置を変えた

重い体を動かし横たわる形部に手を伸ばした

冷たい体に触れ、それがもう命を宿していないことを知る

涙なんて出なかった
ただ呆然と、何も言わない形部を見つめた

どこからか風に飛ばされてきた花弁を拾い上げ
もう二度と元のように咲くことは無いのだと理解する

横たわる形部と、手のひらに乗った一つの死

戻ることの無い時間と覆ることの無い真実
揺ぎ無い過去と不確かな未来

長曽我部を騙し、貶めていた事実

それは同時に私への裏切りでもあると形部ならば気付いていただろう

手のひらの花弁を握りつぶし、形部の頬に手を添える

特徴的な瞳は閉じられ、いつも引きつった笑い声を漏らす口はつぐまれている
抱き寄せてくれる温かな腕は冷たく硬くもう動かない

裏切っていたことを許せない自分と
それでも事切れた形部から離れがたく思う自分

自業自得だと笑えたらどれだけ楽だろう

もう動くことも、言葉を紡ぐことも無いただの亡骸
それにすがり付いて動けずに居る自分

どうすれば良かったのか、いくら考えても分からない

長曽我部を止めれば形部は死なずに済んだだろう
だが、命を繋いで、その真偽を問いただして、
そして、それからは?

私の為にとしてくれたであろうことぐらい分かっている

嘘を吐かれたことも、裏切られていたことも、
心から私の為を思ってしてくれたのだろう

例え汚いやり方でも、長曽我部を西軍に引き入れ、
私の願いを叶える為の力にしようとしたのだろう

目に見えることの無い心でも、
形部が私を大切に思ってくれていたことは知っている
それが真実か否かは分からないが、
損得以上の感情が確かに存在していたと思う
最早それは確かめようの無いことだが、私が感じていた形部の温かさは真実だ
例えそれが嘘だったと言われても、私の中に確かなものとして残るのだ

どうしたら良かったのか分からない

許せない

許したい

何もかも、やりきれないことばかりだ

私の為を思ってくれるのは嬉しく思う
だが、こんなやり方は認められない

こんなやり方を認めてしまったら、私の全てが揺らいでしまう

ままならない心を抱え、ただ黙って形部の死に顔を見つめ続ける

もう開かれることが無いと分かりきっている瞳
もう響くことが無いと分かりきっている声
もう動くことが無いと分かりきっている体

理解している筈なのに、ここにうずくまったままの自分

形部を信じていた
卑怯なことはしないと言った言葉を盲目的に信じた
疑うことを知らなかった自分が招いた結果がこれだ

何を疑えばこうならなかった?
何を信じればこうならなかった?
何を望めば、何を思えば、形部はこんなことをせずに済んだのだろう?

どうすれば私は形部を見殺しにせずに済んだのだろう?

全ては手遅れで、取り返しの付かないことだ
何をすることも出来ずに終わったことだ

形部の冷たい手を握り締め、目を閉じれば一滴だけ涙が頬を伝った




(…まだ、こんなにも愛している)






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