そんな気がしただけ











凶王石田三成

怒りをあらわにし、憎しみに塗れた怨嗟を紡ぐ
誰も彼もを睨みつけ、生きることに頓着しない

徳川に向けられる怒りと憎しみ
大谷に向けられる慈悲と友愛
亡き豊臣と竹中に向けられる敬愛と信頼

一体どれが真実なのか分からなかった

嘘を吐けぬ、冗談も言えぬ、軽口さえも叩けぬ男だ
そのどれもが真実で、全てなのだろう

我に向けられる無感情な瞳
裏切るなと口にする生真面目な声

ならば貴様は我を信じているのか、と問いかけたかった

問いかけた答えを聞くのが恐ろしいと、訊ねることは出来なかったが…




「石田、何をしている」

夜も更けた刻限に、寝付けずふらふらと城内を歩いていれば
広い中庭に石田が佇んでいるのが目に入り声をかけた

漆黒の闇の中を振り返り、月明かりで照らされる白い髪、白い肌、金緑色の鋭い瞳
儚く、気高く、神々しい姿に息を飲んだ

「…貴様こそ、こんなところに何の用だ」

普段よりも厳しさの削がれた、柔らかな声
訝しげに見つめてくる瞳

「…ただの散歩よ」

「…散歩ならば昼にしろ
中国と違い、大阪の夜はまだ冷える」

石田の言葉に目を見開く
まるで大谷にかけるような言葉にひどく驚いた

「…我を気にかけるような言葉を吐くとは、明日は雨か?
日輪を阻むことは我が許さぬぞ」

「日輪など知ったことか
体調を崩し足手まといになることは裏切りだ」

興味無さ気に逸らされた視線を名残惜しく思いながら、
石田の言葉に胸の内がじわりと温もっていくのが分かる

どうしたことだとうろたえながらも、気取られまいと平静を保つ

「…これしきで我が病になどかかるものか」

「そうか」

無数の星が瞬く夜空を見上げ、石田が薄く笑った
気付かないほど微かに、だが確かに口角を上げ、笑ったのだ

美しい、とそればかりが頭の中をぐるぐると回っていた

「…今宵は、月が美しいな」

自らの想いを乗せ、そう呟く
こんな言葉でこの鈍感な男が気付く筈も無いが、
この恋情が、焦がれる熱情が、伝わればいいと思った

「…ああ」

掠れた声で返事を返す横顔がほのかに赤く染まっていた

どくどくと高鳴る鼓動を抑えながら、空を見上げ言葉を紡ぐ

「…貴様ほどではないが、魅了される」

横目でちらりと石田を伺えば、先程の比ではなく頬を染め上げ、
眉を寄せ、恥ずかしそうにこちらを見つめていた

その白く細い手を握れば、強く強く握り返してくる

嬉しそうに綻んだ笑顔に見惚れた
蕩けるようなその笑顔につられて、自然と我の口角も上がる

「毛利…今夜は月が綺麗だな」

「…ああ」

石田の冷たい指先が少しずつ温まっていくのを感じながら、大きく輝く月を見上げる
冷たく、それでいてどこか優しさを孕んだ光が心地良い

臆病で、はっきりと口にすることも出来なかった我の想いの行く末は、
嘘も冗談も軽口すらも言えない石田の、この幸せそうな笑顔が全てを物語っている

想いを伝えることの何と容易く困難なことか

それでも確かにこの心は繋がったのだと思った
指先に触れる熱が、柔らかな笑みが、この心に流れ込む

これが夢ではないと確かめるように、どこにも行かないように、
更に指先に力を込めれば、また石田が笑ったような気がした






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