近くの彼方
あんなに綺麗に笑うなんて知らなかった
リンゴのように頬を赤らめて、
泣いてしまうのかと思うほど目を潤ませて、
あんなに切ない顔をするなんて
「…良い女だよなぁ」
「かすがちゃんのことかい?」
「他に誰がいんの」
楽しそうにへら、と笑う風来坊をちらりと眺めため息一つ
「哀愁漂ってるねぇ」
「……そりゃまぁ、あんな顔されちゃあね」
嬉しそうに上気した頬が、キラキラと輝く瞳が、上ずった声が、残酷に突き刺さる
厳しい視線で俺を見ていた
硬い声で名前を呼ばれた
俺の行動で一喜一憂することなんて、一度もなかった
ああ、なんてひどい間違い探し!
「かすがちゃん、良い顔してるねぇ
やっぱり女の子は恋しなきゃな!」
「…ねぇねぇ前田の風来坊さーん、
俺様の傷口に塩塗り込むの楽しいー?」
「悪い悪い!
大丈夫、あんたにもいつか好い人が現れるって!」
「それ慰めになってないからね!?」
軽口を叩きながら、追う視線を外せない
意識もせずに、そばだてる耳が憎らしい
幼かった頃から今までずっと見てきた
泣いた顔も、怒った顔も、誰よりも知っていると思う
それでも今まで、あんなに綺麗に笑うなんて知らなかった
俺にも、他の誰にも向けられることはない、
たった一人を想って溢れるまぶしい笑顔
たった一人の為だけにころころと変わるたくさんの表情
怒った顔も、泣き顔も、笑った顔も、今までたくさん見てきた
今まで、一番近くに居たのは俺だったのに
これからもそうであると思っていたのに!
一瞬で捕らわれてしまった
一瞬で全て分かってしまった
今まで一番近くに居たけれど、
遠くなった距離は今までと一つも変わらない
初めから心は近付いてなんかいなかった
知りたくなかった
分かりたくなかった
気付かないふりをしていたかった
そんなこと、俺が一番分かっていたんだよ
「……ほんと、良い女だよなぁ」
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